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こんな事件もいいけどオカルトみたいな事件も書きたいね。
羽柴によるあっさりと言われた手遅れの宣言。最初、篠塚は素直に信じられなかった。せっかくの安心を手放したくなかったのである。しかし探偵という推理し結論を導き出すプロの言葉であるが故に、その発言を流すようなことはできなかった。
「何を言って・・・!」
「不正なアクセスつってたよな。外部とは一言も言ってなかった。どうせさっきのアナウンスとかもAI使ってんだろ。もし外からなら、そのAIが外部からのハッキングなのに詳細を一切言わなかったことになる。天下のIT企業がそんなポンコツ警備にしねえっしょ。
つまり、犯人はもっと近くからこのサーバーに入って細工している。遠隔でもできるのに敢えて内部から侵入する理由は、システムが切り替わるより早く情報をコピーできる方法があったから。ハイ以上」
日常会話レベルで淡々と推理した羽柴。その主張に納得するしかなかった篠塚は、急いでその時サーバールームにいた職員たちを集めさせた。篠塚は覚えていたが、事件発生時にサーバールームを出入りした人間はいなかった。
いそいそと容疑者を集めるイデア・ブレインの社員たち。そんな彼らを眺めながら、巴は違和感をずっと抱えていた。
結果、当時の室内カメラに映った情報から集められたのは三人の容疑者だった。若手のエンジニアである鈴樹優、最近配属された笹川橙子、近々異動予定である渡瀬賢治の三人だ。まず、それぞれのアリバイを聞いていく。ちなみに羽柴が聞き出すと埒が開かなそうということで、代理として巴が立候補した。羽柴は後方腕組み師匠面でそれを眺めていた。
『最初に鈴樹さん、貴方は事件当初サーバールームで何をしていましたか?』
まず、鈴樹から尋問が始まった。鈴樹は事態が事態なだけに戸惑いがちではあるが、疑われていることに対してはあまり動揺があるように見えなかった。
「僕はサーバールームの入口付近で作業をしていました。なので、それ以上奥のサーバーには一切触れていません」
アリバイ検証として、アクセス前後のカメラ映像と照らし合わせる。確かに、彼の供述通り入口に近いサーバーしか弄っていなかった。アリバイに矛盾は見られない。
『次は、笹川さん』
「私は奥のサーバー近くの機器メンテナンスをしていました。あ、でもだからって私は何も怪しいことはしていません!」
『分かってますよ。貴女は確かに奥のサーバーの近くにいましたが、あくまでメンテナンス程度の操作しかしていません』
笹川は確かにサーバーに近かったが、侵入するほどの操作を長時間行ってはいない。位置的には怪しいかもしれないが、言動に不審点はなかった。
『そして、渡瀬さん』
「俺は丁度この二人の間らへんの位置で作業してました。サーバールームから出ることはありませんでしたが、笹川さんより奥に行くこともありませんでした」
『・・・・・・なるほど』
三人のアリバイを確認した巴は、羽柴の横に戻り彼に現状の仮説を述べた。
『今のところ、あの人が一番怪しいと思うんですが、マスターは如何ですか?』
「そうね。今の情報だけならね。それでその推理なら未回答だぞ」
『やっぱり何か足りませんか』
「つーか、今日起きたことは全く使えないと言っておく」
「どういう意味ですか?」
篠塚が羽柴の言葉を疑問に思い会話に参加した。
「シャッチョさん。俺らが今日来ることを知っていたのは?」
「私だけですが・・・?」
「ここでクイズデース! 2019年で三番目に面白い芸人はだーれだ?」
テーブルの上に座った羽柴は、チクタクと擬音を口ずさんだ。お笑いにあまり興味がない巴はよく分からなかった。しかし、世間の情報に敏感な篠塚は知っていた。
「ぺこぱですね」
「正解!」
パチパチと拍手し、スッキリと書かれた花の絵を落書きした。それも研究用のファイルに。
それでようやく巴はある事に思い至った。さっきまで見ていた今日の監視カメラ映像を、昨日まで遡る。すると、夜の暗いサーバールームの奥に人影が見えた。拡大して画像を鮮明にすると、そこに居たのは若手エンジニアの鈴樹だった。
「鈴樹君・・・!」
「いやちょっと待ってくださいよ。そこの映像では僕が夜に奥のサーバールームにいたってだけじゃないですか。今日の事とは何も関係ないですよ」
『だから昨日、この時間に自動で不正アクセスされるプログラミングを仕込んでおいたんですよね』
心外とばかりに身振りしていた鈴樹の体が、巴の一言で凍りついた。羽柴の助力で、今日起きたことの真実に辿り着いたようである。
『セキュリティにわざと触れてアラームを鳴らせればよかったんです。そしてデータを守ろうと篠塚さんにサーバーを開かせれば事前に仕込んだウイルスがデータを回収する。そういう計画だったのですね?』
鈴樹は巴が言い終わる直前に逃げようとした。その出口に向かうまでの道中には、自分のPCが置かれていた。それを回収しようと、あと数センチで手が届きそうなところで、横から車に撥ねられたかのような衝撃が来て、吹き飛んだ体が近くのデスクや機材を薙ぎ倒した。羽柴が横からテーブルを乗り越える要領で鈴樹を蹴り飛ばしたのである。
「あーあ。大事な機材をこんなにしちゃって〜」
そう言って、先に確保した鈴樹のPCを煽るようにひけらかした。逃げると共に持って行こうとしたPCだ。恐らくこの中には、篠塚がサーバーを操作した瞬間に転送されたデータが中に入っている。羽柴はさりげなく鈴樹のPCを開いた。パスワードが必要だったが、巴がハッキングして開いてくれた。そこにはITや電気化学に関するファイルやフォルダが画面の半分を占めていたが、一つだけフォルダ名が初期設定のものを発見した。迷うことなく中を開き、勝手にデータを展開した。
「あ、ちょっと!」
篠塚を含めた技術員たちが制止の声を上げたがもう遅い。その中身を見た二人の反応は二者二様だった。イデア・ブレインが極秘に開発していたのは、クローン人間と同じくらい画期的で業の深いものだった。彼らは、従来のAIよりも更に革新的で人間的な存在を作っていた。完全自立型のAIを作っていたのだ。分かりやすく言うと、デバイスの中でのみ存在する電脳少女を想像してみてほしい。アニメやライトノベルとかに登場するあれだ。
ご丁寧にキャラクターの立ち絵イラストも添付されていて、それがまあ令和のオタクの心を掴むデザインだった。白髪のツインテールにくりっとした輝く水色の瞳、青いラインが所々に走っている際どい黒のレオタード型サイバースーツに白いミニスカート。靴は光沢感のある黒のニーハイブーツだった。社会のためというより、どこか私欲が否めないのは気のせいだろうか。なんとなく、イデア・ブレインが極秘にしたがる理由が二つの意味で分かった気がする。
そして、巴が見た限りだとこの技術は完成間近で、あとは試運転をするだけの状態まで到達していた。一瞬だけ冷めた目でイデア・ブレインの人達を見た巴が次に羽柴の顔を見ると、何かイタズラを思いついた子供のような悪どい笑顔になっていた。完全に良からぬことを企んでいるのは明白だった。
ともかく、犯人も取り押さえれたので警察なりに突き出して動機を洗ってもらおうと、篠塚は警備員達に連行させようとした。
そのタイミングで、また事件を着地させまいと言わんばかりに闖入者が部屋に入ってきた。
「警報の通知があったので来てみたら、これはどういうことですか!?」
「おお・・・! 遅かったな折本!」
その招かれざる客は、篠塚の右腕でもあり副社長を務める折本泰河だった。
ナユタン星人の歌がずっと鳴り響いています。