電脳怪怪
今回はSF強め。
あと私欲満載。
「人工知能によって、我々は悪魔を召喚している」
―イーロン・マスク―
機械音が鳴り止まず、オーバーヒート防止のために真冬のように凍えきったサーバールーム。パソコンをケーブルで繋いでカタカタとキーボードを打つ音が、その人以外誰もいない部屋で変に鮮明だった。
何かがインストールされていく。パーセンテージが100%になるのを確認した操作者は、歪に口角が上がっていた。0と1の歯車は、静かにバグり始めたのだった。
今回は珍しく、羽柴と巴の二人で依頼先に赴いていた。依頼主は今をときめくIT企業イデア・ブレインの社長である篠塚拓真で、企業や政治家の幹部にありふれた脅迫状が届いたというものだった。それだけなら大した興味も特になかったのだが、その会社がAIやアンドロイドといったSFじみた技術の研究開発をしていると知り、少し興味が湧いたのだ。
上手くやれば、事務所のパソコンにAIを導入して今後の活動がよりやりやすくなるのではないか。現在の一般常識や技術の限界を一切考慮することなく、羽柴は依頼人よりもそんな身勝手な欲だけを考えていた。シンギュラリティの時が来てコンピューターが人間の上を行く時が来ると言うが、そんなものセーフティロックを掛けとけば簡単に対処できるのに、やれテレビや動画サイトの都市伝説テラーは「人間が支配される」とか「友好的とは限らない」とか陰謀じみたことしか言わない。全くもって滑稽だ。そう羽柴は急にぶつぶつと苦言を溢した。
「ったく・・・別に大手でもないたった三人の探偵事務所に、こんな大企業様が何で? 警察呼べよ」
『何か企業秘密が絡んでるんじゃないですか? 探偵事務所は弁護士と同じく守秘義務がありますから』
「いやワシら信用できますぅ? エドワード・スノーデンくらい暴露しそうだろウチ」
『マスターは面白くないと情報漏らさないと信じてますよ』
「部下に信頼されてる俺マジサイコー」
冗談と同時に研究室のような無機質かつ頑丈な扉の前に立つ。左上には円錐型の監視カメラが設置されていた。
「マrrrrrrrゲリータのお届けでーす!」
無駄に巻き舌を強調して巫山戯ると、スピーカーから男性の声がした。出入口の監視員の声だ。
『アポイントはお取りですか?』
「しゃっちょさんに呼ばれて俺、参上。羽柴探偵事務所でーす!」
『いえーい』
いつもの奇行で、巴と二人で監視カメラにダブルピースした。二人はスピーカーから引いた声が漏れたのを聞き逃さなかった。そして、十数秒の沈黙。社長に確認の電話をしているのだろう。やがて、渋々といった感じで声は告げた。
『・・・確認が取れました。どうぞお入りください』
「めっちゃ渋っててウケるw」
不遜に笑いながらゲートを通った二人は、道なりに進むと奥が深い長方形の部屋に着いた。中では技術チームのメンバー数十人、あるいは百数十人がデバイスを操作したり設計図やホワイトボードで会議していた。ここでSF技術が開発されているのか。へぇ〜と感心しながら中心に向けて歩いていると、チームと違いスーツを着ている50代の男がにこやかに歩いてきた。毛先が白く、前髪を掻き上げた髪型、少し細身の体型に優しげな印象を持たせる目尻のシワ。羽柴は名前を聞くまでもなく、彼が依頼した本人であると確信した。
「来てくれましたか羽柴探偵! 私が依頼人の篠塚拓真です」
差し伸べられた手を羽柴は握り返した。ただし、頭を下げながらも真下から覗き込むような体勢で。ここでも羽柴は礼儀知らずの病的行動をしてしまう。
「こんばんは、いい昼ですね。アタシが羽柴お兄さんです」
ユニーク過ぎて変人を見るような目で周囲の人が見ている。それでも、篠塚だけは一切動じることなく笑顔で普通に対応した。
「ハッハッハ! こんな珍しい人と出会えるとは、人生は生きていれば楽しいものですな」
『この肝の大きさ、侮れないです』
「あれもしかしてオレ物差し代わりにされた? ねえねえねえ?」
唐突に始まったコントみたいな流れもそこまでにして、篠塚は歩きながら奥へと羽柴たちを案内していく。篠塚は羽柴たちに開発している技術について紹介し始めた。
「ウチでは人工知能やアンドロイドといった、最先端かつ未来的な技術の開発に勤しんでいます。近年の情報化社会とIT化の加速と発展は凄まじく、競走も激しい。なので、そんな他社と一線を画そうと私達は人工知能を搭載したアンドロイドの開発に技術と資金を注いでいます」
篠塚の口から今回の依頼の詳細が話された。
「既に知っての通り、我が社に脅迫状が届いたんです。警察に頼ろうかとも思いましたが、丁度車内極秘の技術を開発していて、あまり大きな組織に立ち入らせることができなくなっていて・・・」
『それで、警察に話したら我が事務所を紹介された』
「その通りです。脅迫状はこんな感じです」
篠塚は巴に一枚のコピーを渡した。羽柴も顔を覗かせてみると、予想に反して面白そうな内容であった。
"過ぎた力に神は怒り、バベルの塔は人ではなく神に献上される。驕る人類は天を見上げ、地を這う己に絶望することだろう"
「旧約聖書か〜。怪文書みたいでテンション上がるねえ!」
羽柴はチンパンジーのように大袈裟に拍手し、巴は顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「内容的には、我が社の技術に対して何らかの攻撃をするということかと思います。ただ、これが何時行われるかが分からないですし、犯人も勿論不明です」
「脅迫状はポスト投函的な?」
「はい」
ふーんと言って、羽柴はそれきり言葉を続けなかった。そうしていると、一番奥に厚いガラスで限られたスペースが見えた。中では、厚着の技術員が数名ほど作業をしている。機械的な箱が何十個も並ぶ姿に、巴はサーバールームを想像した。
「スパイ映画でよくハッキングされてるヤツだ!」
子供みたいな感想を述べた羽柴の前で、篠塚は少し笑みを漏らした。探偵なのに、あまりにも少年のような言動を見たからだ。
「ここには会社の全てのデータが集約しています。人事記録から技術、外部とのやり取りまで」
「じゃあ例の極秘技術のデータもここに?」
「はい。ただし、それだけは厳重にセキュリティを施してあります。私が直接アクセスしないと、このサーバーは起動しません」
そこまで言って篠塚は口を閉ざした。いや、閉ざさるをえなかった。突如として、研究所に警報のアラームが鳴り響き、非常事態の赤ライトが点灯したのだ。ゾンビ映画の研究所のような異常さが伝染し、次いでアナウンスが鳴った。
『只今、サーバーに不正なアクセスがありました。繰り返します、サーバーに不正アクセスがありました』
タイミングとサーバーへの不正アクセス。羽柴らは何者かによるハッキングが行われた時推測した。篠塚が急遽主任らしき人に指令を飛ばす。
「直ぐに非常用に切り替えろ!」
「なんで?」
「システムを非常用に切り替えると直接以外のアクセスを遮断します!」
すぐにシステムは非常モードに切り替わり、少し暗くなったLEDが部屋を照らし出した。そして篠塚は急いでサーバールームに入り、極秘情報の入ったサーバー調べる。カタカタと瞬時に打ち込まれるキーボード。その結果、幸いにも情報はなにも盗まれてはいなかったようだった。羽柴は遠くからしか見ていないが、データは失くなってはいなかったのである。
「ふうぅぅぅ・・・!」
遅れて朝方ドッと出た篠塚はその場に座り込んだ。余程の緊張感だったようである。だが、まだ安心するには早かった。
「しゃっちょさん。多分だけどもうデータ盗まれてるで?」
前回からもう1ヶ月近く経っちゃってんじゃん!
早く書かなきゃ!
・・・職業作家でもないのに何で締め切りに追われてんの俺?