これは逮捕ではない、怪物退治だ
ゴッドオブウォーなら◯ボタンが頭上に出てるね
「何だ!?」
「ま、眩しいッ!」
強い光に犯人たちの目が眩む。手で視界を確保して見てみると、全方位を警察が囲んでおり、照度の高いライトが犯人たちを照らしていた。
「忍法・闇隠れの術〜〜〜」
「遊んでんなよアラサー」
「あら不敬」
逆光で見えにくくなっているコートの男・支倉が羽柴の隣に立つ。悪の探偵と正義の刑事が、夜の渋谷にシルエットだけを浮かばせていた。警察に囲まれ、目の前にはただならぬ雰囲気を纏った二人。何かされた訳でもないのに、ブギーマンたちに緊張が走った。
「さ〜てと・・・」
ダルそうに背伸びし、獲物を見つけた肉食獣のような鋭い視線を彼らに向けた。口は引き裂けそうまでに半月を描き、両手は脱力してゆらゆらと揺れていた。
「勘違いしてるみたいだから言っとくけど―――」
「そっちが挑戦者だから」
「いいのかその台詞?」
「中村◯一ボイスで言って欲しかったかな?」
人差し指を向けて挑発した羽柴は、高らかに狂気じみた笑い声を上げながら犯人たちに突撃していった。続いて支倉も捕縛要員兼羽柴のストッパーとして後を追った。警察に囲まれて為す術のないブギーマンたちは、せめての反抗として羽柴たちを殺そうと襲いかかった。
先頭にいた犯人が、助走をつけて振りかぶった羽柴の拳をもろに食らい、鼻に長方形の凹みができた。仲間が飛ばされた犯人が羽柴の右拳を注視すると、まるでメリケンサックのようにして手錠を装着していた。手錠には殴られた男の皮脂と血が付着している。
「さあ、24年ぶりにブサイクコロシアムのコーナーだよ!」
羽柴は戦術もクソもなく、ただ手錠で相手を殴ることしか考えていなかった。ステンレス製の即席拳鍔が、人の柔く脆い骨肉を砕く。支倉はオーソドックスに逮捕術を駆使して関節技や投げ技を中心に戦闘不能にして、その手に手錠を掛けていた。
捕えられた犯人が一人ずつ囲んでいた警察に確保されていき、終いには残り一人まで減ってしまった。疲労ではなく、緊張や恐怖で足が震える。
「クソがァァァ!!!」
窮鼠猫を噛む。追い詰められた男は捨て身に走った。危険度が低い支倉に狙いを定めた。
「ふんッ!」
袖と胸倉を掴んだ支倉は、男の突進力を利用して綺麗な一本背負いを決めた。これでアスファルトに投げられた方がまだマシだっただろうが、地獄の悪魔はそんなことを許してくれなかった。
「せいっ!」
「おぶぁ!!」
空中で逆さまになっていたブギーマンを、羽柴は真横から顔面目掛けて拳を振り抜いた。手錠にヒビが入るほどの打撃が横面に打ち込まれ、男は時計回りに回転しながら吹き飛んでいき、4回転ほどして地面に落下した。手錠の跡がくっきり残って気絶した顔に、興奮した羽柴がトドメとばかりにもう一度殴ろうと振りかぶったが、支倉が全力で彼を宥めた。
「待て待て待て。殺しはなしって仕事だろ今回は」
「そうなんだけどよぉ・・・10人も犯人いんだから4人くらいぶっ殺してもよくねっすか?」
「駄目だ」
「ちぇー」
仕方なく軽く靴先で蹴るくらいでやめた羽柴に代わって、支倉は気絶したブギーマンを見下ろした。確実に顔の骨が骨折しているであろう痛々しい殴打跡、折れた奥歯、ちろちろと流れる鼻血。どっちが犯人か分からなくなりそうな、毎度の犯人の姿を見慣れた自分が少し怖くなっていた。
「犯行動機は、結局何だったんだろうな」
「日本犯罪史が物語ってるだろ。ワルのグループが集まりゃリンチや誘拐くらい企むし、過去にコンクリート殺人まで起きてたやんか。動機に関しても筋もクソも無かったしよぉ」
一般のワルなグループが考える悪事に、大層な思想や動機など存在しない。その場の思いつきとか面白そうだからとか、そんな考えがグループ内に蔓延して同調する。それがグループ犯罪が始まる原因でもあるのだ。
「世の中、ドラマみたいな動機なんてそうそうねえってことよ。これくらいのクソ理由でやるから犯罪って呼ばれんだ」
「なんで刑事の俺より説得力あること言うんだよ」
「出番が欲しくて」
「あんなに殴り倒したのに!?」
支倉の叫びは届かず、何を思い出したのかポケットから小さい化粧品のようなものを取り出し、倒れている犯人の顔に塗りたくりはじめた。
「何してんの?」
「ブギーマンらしくしてやろうと思ってね」
一通り塗り終わり手を拭いた羽柴は、用が済んだと警官の壁の間を抜けていく。ニュース楽しみにしているという一言だけを言って、彼は家路についた。
数日後―――
朝から羽柴の家は五月蝿かった。
「ギャッハハハハハハハハ!!!」
「中世の晒し刑ですかこれ・・・・・・フフッ」
『笑いが漏れてますよ。それにしてもこれは・・・』
リビングでニュースを見ている三人は、数日前に逮捕されたブギーマンが初めてカメラの前に現れる瞬間を待っていた。
そしていざ10人の犯人が出てくると、最後の一人を見た瞬間に吹き出しそうになった。
顔が真っ黒なのである。
数日前、羽柴が気絶していた犯人に塗ったのは、黒いフェイスメイクだったのだ。闇の男なら顔も黒くしてやろうという、悪意100%の悪戯である。オチをキメにきたとしか思えないシリアス崩壊の顔面に、悲惨な事件に陰鬱としていたお茶の間に少しでも活気が戻ったことだろう。
それにしても黒すぎる。炭鉱夫や黒人の比じゃない。死神漫画に出てくる十二番隊隊長くらい黒く面白い。顔が黒いのに面白いとは、なんとも滑稽で皮肉であろうか。
「実写版BL◯ACHか!? ◯魂界編か!? ギャハハハハハ!!」
「ボイス中尾さんじゃないでしょう」
『リンチ殺人なのにコントみたいになっちゃってますね』
「ほんとは海外のカルテルみたいに顔タトゥーだらけにしたかったんだけどな」
二対十の大立ち回りに気分が良くなった羽柴。殺人ほどではないが次の依頼も溜まっているので、このままハイになった状態で臨もうと決めた。普段なら凶悪犯くらいしか殺さない羽柴も、今日は相手が誰だろうと死んでしまうかもしれない。たった3日だけ渋谷の夜で恐れられたブギーマンは、他の犯罪者の運すらも闇に引き摺り込んだようだった。
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