正体不明だった怪物
前回は実は台本にない展開なんですよ。
書いてる途中に伏線回収したくなっちゃって。てへ。
てな訳で、もう一個伏線回収しまーす。
「今の話、本当なのか?」
翌朝、羽柴は朝一で警視庁の支倉の所に来ていた。現在、捜査室で会議の真っ最中だったが扉を開けて平然と入ってきた。目的は簡単、昨夜の半グレから聞き出した証言を教えにきたのである。意外と警視庁に足を運ぶことが少ない羽柴を、職員たちは好奇心や崇拝の目で見ていた。彼がアンファールであることは機密扱いとは言え、内部の人間に広く知れ渡っている。アンファールの正体を知りたい人はいても、警察側にメリットがないため基本漏れることはない。だから羽柴も時々だが警視庁に堂々と出入りしているのだ。ちなみに昨日の死体については、ここに来るより先に通報済みである。
「おう。偶々知り合い(ボコった仲)に会ってな。ソイツが犯行を目撃してたっぽい」
「で、犯人はどんな容姿だったんだ?」
支倉より上の室長が羽柴に聞いてきた。
「目撃されたのは、なんと・・・。
なんと!
なんと!!」
「木曜夜の日テレか」
結果発表の時みたいに勿体ぶった羽柴は、手に入れた情報を軽い口調で言い放った。
「若い男女5人でしたー」
パチパチと態とらしく拍手する。捜査室はある程度可能性に気付いていたのか、そこまで驚くことはしなかった。羽柴が情報を得ると同じくして、鑑識による司法解剖で複数人きよる暴行跡が顔面の傷から検出されていたのである。
「けど、多分もっと居るだろうね」
「どういうことだ?」
しかし、それだけで終わらないのが羽柴だ。羽柴は最初目撃証言を聞いた時に思った。5人で規制線は貼れない、と。鑑識と羽柴が見て割り出したのは5人による異なる撲殺痕。つまり、犯行時に被害者の周りには5人いた。すると、二つの事件を誰にも見られず聞かれずにするには人手が足りなすぎる。だから羽柴は、少なくとも倍の人数は居るだろうと推測していた。
「5人でバレずに犯行なんて無理だろ。俺が見つけたビルのヤツならまだしも、路上で5人は足りねえでしょ」
「・・・・・・確かに、渋谷で目撃も悲鳴も聞いてないのはおかしいな」
「まあ、敵の動機も目的もどーでもいいからさ。さっそく今夜殺して・・・」
「警視庁で堂々と言うな。殺しはなしだ」
「ええええ? ぶーぶー!」
「幾つだよお前」
そんな茶番も交えながら、珍しく羽柴と警察での合同作戦会議が始まった。あーでもないこーでもないと考えながら、意見が出ては消えていく。窓から入る光が下向きになってきた。時刻は光の入射角から、午前9時頃になったことだろう。
そうしてぼーっとしていると、2人の捜査官が話している内容が耳に入った。
「次の被害者を特定できなければ罠も張れないよね?」
「それに、犯行現場も渋谷駅付近ってこと以外は一貫性がない。場所も標的も分からないとどうしようもないだろう」
羽柴は二人の会話から、渋谷駅の地理と被害者、そして人口密度を基に推理を構築していく。見た目は頬杖をついて寝ているように見えるが、その実高速で脳内処理がされていた。
最初の事件は夜中の路地、二回目はビルの中。しかし、被害者をあんな怪しくて危険な場所まで誘導なんてできない。ビルでは偶然だが目撃者もいた。そうせざるを得なかった理由は、偶然というか致し方ない何かがあったのだろう。そして、全員が撲殺されているという点。男だけなら分かるが、女性も混じっているのは何故か。女性もわざわざ殴ったのか。他の男たちで十分なはずなのに、そこまで残虐性の高い集団なのか。
考えれば考えるほどに深くなる。そして、狂った思考は大前提を覆すほどに義心の奥深くへと潜っていた。
(あの兄ちゃんは、どうやって男女5人と考えた? 顔か? でも顔の情報なんて聞いてない。とすれば・・・・・・!)
目覚ましで起き上がったように羽柴の顔が跳ねた。隣にいた支倉の体もビクリと跳ね上がる。
「ぎゃあああ!? 何だよいきなり!」
「今夜、渋谷の警官を分かりやすく一箇所に集めろ。残りで逆張りしてくれ」
それだけ言って、羽柴は会議室を飛び出した。誰も彼の考えを分かってはいなかったが、支倉だけは理解していた。
「・・・・・・室長。今夜、群れを釣りにいきませんか?」
―深夜 渋谷―
事件があったにも関わらず、人の往来は冷めることを知らない。ネオンの明かりも落ちることなく、悪く言えば呑気な生命が明るい道を跋扈していた。だが少し違うのは、警官たちが渋谷駅近くの一ヶ所に集まっていたことだ。密度が高くて、野次馬でさえも中でなにが起きているのか分からない。
一方、陰では三度目が決行されようとしていた。SNSによって警官が大集合する珍事が流れ、あり得ないくらいに閑散とした区画では、10人の人間が一人の女性を囲んで見下ろしていた。女性に意識はなく、胸が上下していることから眠っているだけであることは分かる。
四人が手足を抑えて、一人の男が弱い街頭に反射する金属のメリケンサックを掲げて殴る動作をした。このままでは、女性は知らぬうちに顔を潰されてしまうことだろう。そこに、場違いの笛が鳴り響いた。
ピーッピーッピーッ!
「はいはーい! こんな夜中に不純異性交遊ですかぁ? 発情期かコノヤロー」
間の抜けた真剣味のない声が、暗い渋谷の中きら聞こえてきた。徐々に彼らに見える場所まで歩いてきたのは、警官のコスプレをした羽柴だった。
「何の用だよお巡りさん」
「補導しに?」
「マジで言ってんのか? 俺らは警察相手でも怖くねえぞ」
大胆不敵に羽柴を嘲笑う10人の若者。それが逆に羽柴のボルテージを上げていくが、今回は殺しはなしと決められている。羽柴は"皆に聞こえるように"推理を話し出した。
「今回の事件はいやはやかなり難しかったよ。怨恨も金銭もない無差別殺人だったんだから。お前らは適当なターゲットを見つけて、周りに数人の見張りを展開して中心で残りがリンチをする」
ブギーマンたちは目を開いた。完全に推理が当たっていた。余裕が崩れたことに気を良くした羽柴は、さらに厭らしく攻めた。
「そりゃあ目撃者がいない訳だ。目撃者が介入する前に、共犯者たちが囲ってカモフラージュしてんだからよぉ」
ブギーマンたちの手口は、人を利用した壁を作るというシンプルなものだった。これは物理的というより、心理を利用した巧妙なものだ。どれだけ暗闇でも、殴る音などを聞いたり歩行者が通りがかる可能性はゼロではない。それを乗り越えるため、犯人は俗に言うサクラを使ったのだ。共犯者たちを近くに置いて何事もないように振る舞わさせれば、人はどれだけ殴打の音が聞こえても、周りが無反応なら大丈夫だろうと気にしなくなる。それを利用したのだ。そして、もう一つのトリックがある。
「おい、ヅラ取れよ。ニューハーフとして報道されたくなきゃあな」
そう言うと、犯人のうち長い髪をした女性らしき人たちがウィッグを取った。あの目撃者が見ていた女性とは、犯人が女装した姿だったのだ。理由としては、女性を拉致する時に警戒されにくいからだ。男が渋谷の暗い道で女性に近づけば警戒される。そこで、暗いことを利用して女装しか近づいた。こすい手を使う割にクレバーな手法である。
「だがそれも、犯人が複数であることが分かればなんてこたぁない。実行犯に女性が混じっている違和感、心理に長けた計画。そこまで考えられれば、罠にかけるのは簡単だ。あんだけ警官を露骨に集めれば、その真反対の位置が一番手薄だろうと考えるのは人間の単純な心理だ。人を騙し罠に嵌めるのは、お前らの専売特許じゃねえんだよ」
「ムカつく言い方するな? じゃあここで消せば問題ない。目撃者は一人だけだ」
「・・・・・・暗さを利用する割に、利用されると案外弱いのな」
「あ?」
「イッツショータイム!」
羽柴がそう言った瞬間、あたりを包んでいた黒は眩しい白に塗り替えられた。
筋肉で打つ拳って表面が痛いだけなんですよ。
ローコストで中に響かせるためには初動だけ筋肉使って、あとは脱力して骨で殴ると凄え痛いです(経験談)