白と黒、天と地、聖と邪
仮面ライダーガタックの必殺技カッケェですね。
羽柴にもいつかやらせたいと思います。
「―――――え、何考えてるの?」
最初に再起動したのはエマだ。羽柴は堂々と、今回の事件の最重要人物であるアナスタシアを見殺しにすると宣言したのだ。何もしようとせずその場に座っていることから、どうやら本気で何もする気が無いらしい。
「止めないのか・・・・・・?」
マルコですら面食らって羽柴に聞いてしまう。
「だからそう言ってんじゃーん! もう正午になるから早くしてくんね? ラタトゥイユ食いてーんだよオレァよぉ」
更には頬杖をついて不快そうに犯行を催促してきた。羽柴のことだから何か狙いがある。そう思いたい。少なくとも、どうやら考えがあるようで、ひっきりなしにマルコをイラつかせるマシンガントークを投げかけた。
「御大層な目標掲げてるけど実際の動機は何なの?信者にハゲをイジられたから? それともアサクリシャドウズが炎上しすぎて買ってたUBIの株が暴落したから?
何にせよきっかけはしょーもないだろどうせ。あ、教会で偉くなったのに歴史に名を残せないからデカいイベントでもしたくなったとかかなぁ?」
「若僧が喋りすぎだ!」
ニヤニヤしながら敢えて関係ない的外れなことを言い続ける。思想を動機にする犯罪者に一番効くのは、主張や思想に一切の関心を持たないことであることを、羽柴と流歌は知っていた。そんな犯人とは、何度も戦ってきたのだから。マルコはガミガミと罵詈雑言を羽柴に向けて言い放ち続けるが、本人には全く届いていない。羽柴の視線は、既にアナスタシアに移っていた。
「聖女ちゃん、アンタは誰に救いを求める?」
いきなりの質問がアナスタシアの耳に届いた。マルコの声で五月蝿いはずなのに、何故か彼の声だけは透き通って聞こえた。
「それはもちろん我が主に―――」
「スゲェ現実的なこと言うと神は助けねえぞ。ピンチの時にサークル回って英霊が助けてくれるみたいなFGO的展開はない。
それでも、もしお前を救うのが神だってんなら・・・・・・・・・俺を、アンフェールを求めな」
アナスタシアはその言葉に衝撃を受けた。ショックというより、感動の方が近いだろう。今まで自分は神に奉仕してきた。その活動の全ては決して無駄でも無意味でもない。だが、今この瞬間に自分を救おうとしているのは、神ではなく人なのだ。慈悲深い神が人を救うというのなら、例えそこにいる彼が地獄の王であろうと自分にとっては救世主に違いない。アナスタシアは、羽柴をしっかり見て彼を求めた。聖女という肩書きも立場も関係なく、犯罪の犠牲になろうとしている唯の少女として・・・。
「―――――お願いします。私を、助けて下さい・・・!」
「―――――悪魔と契約するとは、気に入ったよ嬢ちゃん」
「ええい、茶番はもううんざりだ!」
蚊帳の外にされて、怒りが溜まって火がついたマルコは、もう手遅れとばかりに右手のライターを点火した。マルコの目には、燃え盛る聖女とそれを見てカトリックを恐れ恨む民衆の幻覚が見えた。
その幻覚は、自身を覆う熱によってすぐに掻き消されてしまった。
「あ゛づい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い!!!」
火だるまになってフラフラと藻掻き苦しむマルコを、下品に高笑いして見ているアンフェールはとても楽しそうだ。燃えやすい素材の服であるため、等身大の火柱が立っていて、苦しむ様は小さなイフリートのようである。
エマとアナスタシアは彼が燃えている理由をすぐには理解できなかった。さっき掛けられた液体が原因なのは分かったが、無臭だったため気にもしていなかったのだ。
「宗教と科学は相容れないって言うが、科学って超面白いよな」
「科学博物館とかとても楽しいですよね」
『地球館とか特にお気に入りです』
燃える人間を前に雑談する三人を尻目に、エマは燃え移らないようアナスタシアの側に陣取った。羽柴は床から立ち上がり、さっき投げた瓶について説明した。
「プロピレングリコールって知ってる? 知らないよね。無臭のアルコールみたいなもんで、医薬用に使われてる。ここに来る前に薬局から盗んできた」
マルコは聞こえてはいるものの考える余裕なんてこれっぽっちもなかった。マルコに聞こえているかなんてどうでもよく、羽柴は言いたいことを言い続ける。
「お前がアナスタシアを火炙りにすることまで分かってた。そこでよく燃える液体をパクってお前に浴びせた。プロピレングリコールの引火点は99℃。ライターの点火温度は800℃以上。一瞬でSNSくらい大炎上するのは火を見るより明らか。
だからエマに時間を稼がせたし、俺らの茶番で風がアナスタシアじゃなくてお前の方に吐くのを待ったって作戦」
右手でVサインをして得意げに胸を張る羽柴。マルコは限界が来たのか燃えながらも膝をついた。羽柴はそんな灰になりかけのマルコの前にしゃがみ込む。
「ちなみに、お前の犯行は全員が目撃してるし、証言もアナスタシアのだけで事足りるから生かしておく意味ないよねっ」
「ーーーーーー!!!」
親指を立てて清々しいほどウザい笑顔で言った瞬間、最後の足掻きとしてマルコは羽柴に掴み掛かろうとした。火の奥からは、聖職者だったとは微塵も思えない獣の号哭が聞こえた。掴まれた左手首が焼ける音がし、嫌な異臭が微かにした。
「アハハハハハハハハ! アッチィなぁ〜!!!」
羽柴は手を振り解き、しゃがんだ状態で更に身を低くし、それと同時に体を捻ってマルコの顎を蹴り上げた。屋上から綺麗に蹴り飛ばされたマルコは、赤い流星のように綺麗な光条を残して大地へと落下した。民衆の耳には、ぐしゃりと肉が潰れ骨が砕ける音が、燃える音の中で確かに聞こえた。唯一の神の慈悲は、マルコが地面に落下する前に事切れていたことだった。
「ふぅ・・・・・・事件解決だな」
「新たな殺人事件起きてますよ」
「今更それ言うかね?」
―――――――――――――――
警察は事後処理で大忙しだった。衆人環視の中、犯人であったマルコの死体の処理や情報統制に奔走していた。記者会見の内容も、世間に言っていいのか分からないほどにボーダーラインすれすれだ。何と言っても、カトリックの大司教が実はプロテスタントで、ジャンヌ・ダルクの復讐と称して聖女を攫いカトリックを失墜させようとしたのだ。
しかし、市民や信者の混乱を防ぐためにアナスタシアは最低限必要な情報のみを証言した。最初は全て正直に言いたかったが、羽柴の説得に難なく応じるとあっさりと都合のいい証言をした。マルコ大司教を殺して成り代わった男が今回の事件を起こし、動機はジャンヌ・ダルクの復讐というイかれたものだった。これが、今回世間に刻まれるストーリーとなった。
ノートルダム大聖堂には後任が配属されるため、教会の運営には支障をきたすことはない。フランスの混乱は、数十名の市民と聖職者の犠牲のもとに防がれたのである。多くのフランス国民が追悼し、カトリック教徒もプロテスタント教徒も分け隔てなく祈りを捧げた。関係者で黙祷していないのは、神も仏も恐れない数名の無頼たちだけだった。
「殉教できてよかったね! 天に召される体験を一足早く体験できるなんて」
「すごい高純度の皮肉ですね」
『ルーヴル美術館のお土産買ってきました。チョコ数枚とモナ・リザの鉛筆、あとは青いカバのぬいぐるみです』
「鉛筆あんじゃん。これでジョン・ウィックごっこできるね」
「人を鉛筆で刺すことを"ジョン・ウィックごっこ"って言わないでください」
羽柴たちは事件解決後、何事もなかったかのように再びルーヴル美術館に来て土産を買っていた。京都の時とは違い、まだフランスに滞在する時間はある。羽柴の左手首には包帯が巻かれ、火傷を隠していた。火傷すら面白いと思った羽柴は、敢えて最低限の治療しか施さなかった。流歌たちは苦い顔をしていたが、羽柴はむしろそんな二人が見れて更に面白くなっていた。
次はどこに行こうかと考えながらガラスのピラミッドから出てくると、そこには迎賓館と間違いそうなほどの人々が列を作って羽柴たちを待っていた。右側はパリ市警、左側はカトリック教徒たちでそれぞれ列を作って道を開けている。それぞれが羽柴たちに向けて、敬礼したり頭を下げたりしていた。その道の奥からアナスタシアと、代表としてエマの二人が歩いてきた。石の地面が小気味いい音を鳴らし、羽柴たちの前で止まる。
「ボンジュ〜ル」
「Mr.アンフェール。貴方のおかげで聖女は無事救出され、犯人は死亡しましたが事件は終息しました」
「おいおいおい、ヒーローマスクしてない中の人に堂々とその名を言うんじゃあないよ」
「バレてしまえばと思ったからね」
「コイツ強かになりやがって」
そう言いながらも羽柴は愉快そうにエマと握手を交わした。短い時間だったが、彼らは一種の相棒だったし、羽柴も彼女が良い意味でまともじゃなくなって良かったと思っていた。
次いで、アナスタシアが羽柴の前に歩み出た。改めて見ると、やはり聖女がお似合いの美しい白といった印象だ。
「羽柴様、この度はありがとうございました」
「そりゃ依頼されたからねぇ」
半笑いで返した羽柴の左手を、アナスタシアは愛おしそうに両手で包んだ。そして、何かを念じるように目を閉じて集中すると、羽柴は自身の左手に何か奇妙な感じがした。念じ終えたアナスタシアが包帯を解くと、火傷があった羽柴の左手は綺麗に治っていた。羽柴は生で初めて見た聖女の奇跡に、年甲斐もなく興奮した。
「おースゲェ! クレイジー・ダイアモンドじゃん!」
治った左手を天に翳して、綺麗になった肌を見た。心なしか肌質まで良くなった気がする。
「私にできるお礼はこれくらいしかありません。そして、カトリック教会は今回の褒賞として羽柴様たちへの活動支援を決定しました」
「マジで!? よっしゃここまで来れば俺ら最強じゃん!」
「あ〜・・・・・・どんどん正爾さんが魔改造されていく」
『半ば魔王に片足突っ込んでますね』
「世界の半分くれてやろうかオイ」
減らず口のジョークが入り乱れているなか、アナスタシアは羽柴の頬に手を伸ばした。175cmの羽柴より17cmも低いアナスタシアは、そのまま羽柴の顔を引き寄せ
ちゅっ
「あらら?」
「!?」
『おー』
羽柴の頬に優しくキスした。柔らかく温かい感触が頬から広がる。白いベールがくすぐったくて、風に乗ってホワイトムスクの匂いがした。異国でも女性を引っ掛けて取り込むのかと、女性として羽柴が恐ろしくなった流歌と、主の器の大きさに感嘆の声を漏らした巴。列の警官や教徒、エマですらも思わぬサプライズに文字通り体が固まった。爆弾を投下した犯人であるアナスタシアは、唇を離して羽柴を見上げた。白い肌に、赤くなった頬が余計に目立つ。正直言って、この瞬間だけは可憐さより色っぽさが勝っていた。
「私からの祝福です、羽柴様」
「・・・・・・ハッ。神に祝福を授ける聖女がいるかよ」
「でも可愛い聖女に神様扱いされんのは悪くない」と、満更でもない様子でアナスタシアの頭を軽く撫でた。エマとアナスタシアの間を抜けて車までの道を歩く羽柴は、日光のコントラストと相まって現代衣装を身にまとった超常的存在に見えた。少なくとも、複数のカトリック教徒たちはそう幻視された。
「やあやあフランス諸君。日本の神の凱旋だよ〜!」
その不遜で大胆不敵な彼の有り様と狂気が、地獄から犯罪者を裁きに来るアンフェールを体現していた。ルーヴル美術館を去ってパリに向かう三人を、エマは苦笑いして、アナスタシアは艶っぽい表情で見送った。
事件で赤く穢されたパリは、既に空によって青く塗り替えられていた。
今回でアンフェールのフランス旅行はおしまいです。
安心してください、しっかり休暇を楽しみましたから。