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【1万PV突破!】アンフェール〜探偵にネジは存在しない〜  作者: ディスマン
天使とパラディか、悪魔とアンフェールか
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死が門を潜る

書いてるうちに別のミステリーも思いついちゃって頭の中で二つの脚本が混合しそうになってる

 翌朝、羽柴は備え付けのアラームでも鳩の鳴き声でもなく、携帯の着信音で目を覚ました。眠気に苛つきながらも電話に出る。エマからだ。

「あいもしもーし。オレオレ詐欺なら俺の口座に有り金ぜんぶブチ込みやがれクソが」

『寝言言ってる場合じゃないわよ。次の犠牲者が出たわ。すぐにエトワール凱旋門に来て!』

 疑問の声をあげる間もなく、彼女はそれだけ言って電話は切れてしまった。運がいいことに、ホテルから凱旋門までは近い。車で13分もあれば辿り着ける。かと言ってのんびりしてもいられない。故意に遅れて、朝から煩い説教を青空の下で聞くのはごめんだ。もし聞いてしまったら、イラついてレンタカーで警察を轢き殺してしまう可能性もなくはない。少なくとも、羽柴なら真顔でやりかねない。

 現場に向かうためにも、まずは珍しく寝ている流歌と巴を起こさなければならない。さて、どう起こしたものか。ラジオ体操か大日本帝国の軍歌を流そうか。それとも普通に体を弄るか。

 30秒ほど悩んだ末に、羽柴はスマホを操作して大音量である曲を流し始めた。ピアノのソとソ♯を中心とした不協和音が一定のリズムで奏でられる、青い鬼に追いかけられる例のホラーゲームのBGMである。あまりにも朝と目覚めにそぐわない音に、二人は強制的に目を覚まさせられた。

「不快です! 今すぐその音楽を止めてください!」

『・・・クラシックで中和しなければなりませんね』

「ギャハハハハハ! 俺より早く起きてりゃラジオ体操で済んだのによぉ!」

 悪ふざけ満載の寝起きを食らった二人は、いつもより怠そうにベッドから身を起こした。その二人に、羽柴はさっきの電話の内容を話した。

「お巡りさんから通報だ。凱旋門で()()()()()()が発見された。とっとと支度しな。でないとそうだなぁ・・・・・・お前らをノーブラノーパンで連れ出すことにしよう、そうしよう!」

 その言葉を聞いて、二人は迅速に最低限の支度を始めた。





 エトワール凱旋門ーーー。

 パリのシャンゼリゼ通りの西端、シャルル・ド・ゴール広場にある戦勝記念碑である。この門は、壮麗で甘美なロココ建築やバロック建築に反し、ギリシア・ローマの古典様式を模範した形式的な美、写実性を重視している新古典主義的建築がなされている。高さ50mもある巨大なアーチの下を、軍事的勝利をもたらした皇帝や将軍、国家元首や軍隊が凱旋式を行うために潜ってきた。

 そんな勝利に彩られた門は、今や屍が飾られていた。門の上から、修道服を着た若い女性が縛首にされて、門を吹き抜ける風に揺らされていたのだ。警察は遺体を引き上げようとしていて、それを道行く人々が携帯のカメラを上へと向けて撮っていた。死体が上に晒されていれば、誰もそれを遮ることなどできはしない。文字通り、晒し者にされていた。

 本来なら潔白と信仰を示す白めの修道服も、風化した晒し首を見させられているようだった。両手は細い縄で両手を無理やり組まさせられており、即死したのか苦悶の表情で死んではいなかった。

「うっひょ〜女性の死体だぁ!」

「不謹慎すぎますよ」

『まだ若いカトリックの修道女があんな晒し者に・・・』

「嘘つけよ〜。実は悲しくなんてないだろ?」

『流石マスター。ご明察です』

 現場に駆けつけた流歌と、不謹慎にじゃれ合う羽柴と巴は、門に吊られた女性の死体を見上げていた。視線を下に戻せば、エマがこちらに向かってきている。

「おはようさん。てるてる坊主のお陰で今日もいい天気だな」

「カトリックのまだ若い女性が殺されてるのによく言えたものね」

 羽柴は、彼女が不機嫌な理由がまるで分からなかった。昨日は羽柴の言動にここまで不快感を感じてはいなかったのに。その様子を見た流歌は被害者とエマの関係に気づいた。

「友人か何かだったんですね」

「・・・・・・ええ、そうよ。イレーヌ・ブノワ。大学時代の知り合いだった」

「なるほど」

 エマに共感して羽柴へのヘイトを鎮めている頃、羽柴と巴はちょっと離れたところでヒソヒソと会話をしていた。内容は事件のことではなく、彼らの欠陥した心に関する話であった。

「・・・・・・なぁ巴。なんでアイツあんな重い顔してんだ?」

『おそらく友人の死に心を痛めているんですよ。それも青春時代に深く関わりのあった者同士です』

「人間って面白いねぇ。俺も経験あるよ。ランボーがベトナムでの思い出語ってる時に泣いた覚えがある」

『マスターの涙を誘う映画ですか・・・・・・後で貸していただけませんか?』

「いいよ〜」

「・・・・・・ねぇ」

「はいなんでしょーーー」

 エマの声に振り返った羽柴が次に見たのは、彼女の全力のビンタだった。左頬の皮膚を伝う痛みの信号に、羽柴はそこで殴られたと自覚した。

「イッッッッテェ!?」

『マスター・・・!』

 主への突然の攻撃に、巴がエマを排除しようと動き出す。それを、エマを止め損なった流歌が前に出て止めた。

『何をするのです!?』

「正爾さんがビンタの一発くらいでどうにかなるとでも?」

『・・・』

 当の殴られた本人である羽柴は、頬を痛そうにさすっているが怒ってはいなかった。殺人現場で突然殴られたという状況を面白がっているのだ。その証拠に、理解できないといった惚けた表情で再びエマを見やっている。

「人の心とかないの!? 私の友達とか関係なく、人が殺されてるのよ!? なのに、なんでアンタはそんなに平気で笑ってられるのッ!」

 これが普通なのだ。羽柴らは人の心を知識で知ってはいても共感などは不可能な人間である。誰だって、親しい人を殺さられれば怒り憎んで当然なのだ。だが、己の規範やルールでしか動かない羽柴には決して届かないその叫びは、この異国フランスでもそうだった。

「殺人現場で遺族が跪いて泣いてるんだったら納得できるよ。お似合いの光景だし。でもお前マッポやろ? テメェの気持ちで事件が解決するの? もしそうなら逆に困るわー。俺らそーゆうアレとか全く無いからさあ〜」

「なっ!?」

 激情に駆られていたエマも、この羽柴の態度にはフリーズしてしまった。ここまで人間の精神が壊れている人を見るのは初めてだった。

「テムズ川の風で頭冷やせって。刑事なら刑事の自分でこの場に立てよ。そんな中途半端な状態で寝てた俺にもしもししてくるかね?」

 羽柴の舌戦は止まらない。エマを導く気も寄り添う気もない。ただ、半端な状態でいられると推理の邪魔になるから説教しているのである。彼の言葉は人の心を打つようなものではなく、ただ残酷に現実を突きつけるものだった。しかし、それが結局は一番効果的であることを流歌は知っている。自分もかつて、そうやって立ち上がらされたからだ。

「事件解決。お前はそれだけのためにここにいるしそれしか価値も意味もない。それでも自分の我を押し通したきゃ、俺らのように自力でなんとかしてみなさいや。無力に意味も価値もない。だったら力を見せてみろよ」

「・・・」

 エマは返事をすることはなくとも、小さく頷いてみせた。満足した羽柴は、あっけらかんとさっきまでの真面目な空気をぶち壊して現場に戻った。

「はいそんじゃ、美しき死体でも堪能するとしますかぁ!」

 るんるんとスキップしながら死体の場所へ向かう羽柴の後を追ったエマは、彼のその精神を"強さ"と受け止めた。

バタービシャがけのパンが食いてえです

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