Civil War
こーれヤヴァイね。
キリスト教の人からクレーム来ないかな?
ドキドキ、ワクワク
波乱しかない美術館を鑑賞し終わったあと、数時間ほど事件関係なくパリ市内を観光していた羽柴は、ノートルダム大聖堂の前に来ていた。左右対称の二箇所の塔が聳え立ち、細やかな彫刻、薔薇窓、ガーゴイルなどが壮麗な歴史と神の神秘を表していた。双塔の間には、シンプル故に際立つ十字架が建てられている。
ここに来たのは大聖堂を外から観る目的もあるが、半分は違う。エマから連絡があり、幾らかの歴史と聖女の所在について分かったことがあると、この大聖堂前にあるパリ警察本部にやって来たのだ。フランスだからなのか、警察署とは到底思えない外観をしている。寺院や教会と言われた方がまだ納得できるようなゴシック建築だ。
入口でエマが立って羽柴たちを待っていた。レンタカーを駐車した羽柴らは、そのまま先導されてオフィスの小さな会議室に入った。
「それで歴史のテストは何点だったかな?」
「まず、カトリックとプロテスタントが関係する歴史については、16世紀のユグノー戦争が当てはまる。カトリックとプロテスタントの宗教的内乱であるこの戦争は80年も続いたけど、最終的にはプロテスタントにカトリックと同等の信仰の権利を与えて終結したとあったわ」
「なるほどなるほど。そんで、カトリックの聖女に関する話は?」
「最初は渋って口を割らなかったけど、問い詰めたら数日前にノートルダム大聖堂から聖女が行方不明になっていたらしいの」
「薄々思ってたけど、はあ?だわ。言えよそれくらいサツに」
『でも聖女が行方不明なんて世間に知れたら大混乱になっちゃいますよ』
「そうか、ほな言えんか」
「ミルクボーイの漫才?」
2019年のM-1みたいな流れをやり、時間もそんなにないと分かっている羽柴は自分で茶番を始めながも本題に戻った。
「その聖女ってどんなヤツ?」
エマは羽柴たちに一枚の写真を見せた。煌めく艶やかな長い金髪と、白磁のように白い肌。そして、聖女の名に相応しい儚さと可愛らしさを備えた美貌。
「名前はアナスタシア。噂だけど、人の傷を癒す力を持っているとされているわ」
「なるほど、それで奇跡を起こして聖女に祀り上げられたと」
羽柴はわざと棘のある言い方をする。基本、神を信仰する人は己の足で立てない弱者と偏見を持っている羽柴にとって、教会含め信仰者は愚か者としか見えなかった。
「さあ、貴方の言った通り色々調べてきたわよ。これで何が分かるの?」
その言葉を待っていた。羽柴は舞台の終盤、曲でいうプレコーラスに差し掛かった気がした。脳内で勝手にミステリードラマのBGMが鳴り響く。
「犯人がなんでカトリックと民衆を狙ったかお分かり?」
カッコつけようと、さっきすれ違った警官からスッたタバコに火を点けた。そして吸うかと思えば、テーブルの上の灰皿に線香のように縦置きする。
「犯人の動機は、過激な思想が起こした15世紀のリベンジだ」
「15世紀の?」
思ってもみなかった犯人の動機は、怨恨でも宗教戦争でもなかった。まさかの、古い因縁による復讐だった。それも、全く自分には関係ない。
「当時、プロテスタントは存在せずカトリックだけだった。そんな時に神に導かれた聖女ジャンヌ・ダルクが国を救い、そして魔女として処刑された」
それはあまりにも有名な話だった。
ーーーフランスの偉人ジャンヌ・ダルク。世界的にも有名なフランス王国の軍人であり国民的ヒロインである。羽柴もソシャゲやアニメ、二次創作小説や同人誌で腐るほど楽しんできた。
「当時の異端審問はカトリックだ。その後にプロテスタントが台頭してきて内輪揉め。現代に潜むジャンヌ・ダルク過激派のユグノー派組織はこう思っただろうね。『聖女を火刑に処しておきながら、手のひらを返して自分たちの宗教の聖人に列聖するなど外道である』みたいな?」
「言ってて俺もそう思ったもん」と面白そうに羽柴はケラケラ笑う。どこの誰なのかは未だ不明だが、全く見えなかった犯人がボヤけつつも見えてきた。同時に、市警の士気が上がる空気を感じ取った。
「・・・でもまだ、どこの誰が犯人かまでは分からないよね?」
『はい。個人を指し示す証拠はまだ発見されていませんので』
ここまで推理できたはいいものの、未だ犯人の特定にまで手が伸びている訳ではない。ただ、犯人の思想や考えの仮説を見つけられただけである。浮かれるには時間も材料もまだ足りていないのだ。
「だとしたら、犯人は聖女を誘拐して何をするつもりなのでしょうか?」
「・・・・・・あぁぁぁぁダメだ。選択肢がありすぎてどれ選んだらバッドエンドに行けるか分かんねえや」
「なんでバッドエンドに進もうとしてるの? 自殺志願者?」
「安心してください。薬物でおかしくなってるわけではありません」
「それって要するに最悪ってことじゃない・・・」
とにかく、聖女の監禁場所を見つけることが事件解決への近道であることは判明した。捜査員たちが部屋を出て、それぞれ計画の準備に取り掛かる。それを見送りつつも、羽柴はもっと面白くなりそうな予感を感じていた。
「俺としては、もっと大事になるまで待ってたいんだけどね」
「それ誰が許すと?」
「ですよねぇ〜」
「ちなみに、これから何が起きるとお思いですか?」
流歌が羽柴の考えた"これから"を聞き出す。それは、できることなら起きてほしくないほど最悪な考えだった。
「昔はカトリックvsプロテスタントだったろ? 次はカトリックの失墜を狙って、市民vsカトリックの大内乱を引き起こすんじゃねえかってよ」
ー夜 ホテルにてー
客室に戻ってベッドに身を放り出した羽柴は、恨めしそうに言葉を溢した。
「どんなミステリー映画!? 海外旅行初日に爆風と血を浴びて、パリ市警と共同捜査ってなに!? 俺はいつから仕事人間になった!?」
「スイートだからって、防音には気を遣ってください」
流歌も流歌で疲れており、羽柴の隣のベッドに座って息を吐いた。羽柴は流歌を見て、首筋を流れた一粒の汗が色っぽいなぁと思っていた。
『ルームサービスはどうですか? 紅茶とかいかがです?』
「俺紅茶〜」
「私はコーヒーを」
巴は内線電話でルームサービスを頼んでいる。その後ろで流歌は聖女の行方について考えていた。現状、犯人の目的であるカトリックへの復讐以外に示す物は何一つとして存在しない。それについては、羽柴も例外ではなかった。
「明日からどうしますか?」
「どうするっつってもよぉ。新しい動きとか犯人がしてくれねえと困るんだよねぇ」
次の犯行を行なってくれないと材料が足りない。つまり、羽柴は次の犠牲者を見捨てようと考えていた。そこに良心の痛みなんて存在しない。そもそも目の前で大惨劇が起きようとも、その悲鳴に耳を澄ませて楽しむ男なのだ。しかし、それでも一つ、いや二つだけ羽柴は心配事があった。
「観光スポットとか壊されるのは勘弁だな。俺らまだまだフランスで遊ぶってのによぉ」
羽柴はこれ以上観光地が被害にあって欲しくなかった。まだまだ見ていないものや楽しめていないものがある。それを先に壊されては東の果てから来た甲斐がない。
「人の命の優先順位低すぎません?」
「人は生まれた時から無価値。その後、どう生きて何を成したかで価値が決まる」
『ニヒリズムですか。いい思想ですね』
羽柴はベッドから立ち上がり、窓の外、日の入りで少し橙が塗られた蒼いパリの街を見渡した。直で彼の顔が見えたわけじゃないが、窓に映る表情は明らかに悪意で歪んでいた。
「それに、ここで聖女様を救ったとなりゃ、今後海外で俺らのバックに天皇プラスカトリックがつく。そうなりゃ国内外で殺しまくりの壊しまくりだぜヒャッハー!!!」
「ルームサービスに鎮静剤も頼んでおいてください」
『打算的なところがマスターらしくて好き』
「忘れてました、二人とも破綻者でした・・・」
誰も分かんないと思いますが、今回の話でちょっとした伏線張ってみました。