神の名の下に復讐せん
おっとぉ?
なんか予定より壮大になってきたぞ?
爆破事件から数時間も経っていないのに、新たな事件が発生してしまった。教会で聖職者殺しなど、普通の殺人よりも遥かに重罪である。信者でもある捜査員たちは急いで十字架の死体を丁寧に下ろした。その時にエマは、彼がこの教会の人間ではないことに気づいた。
「この人はここの聖職者じゃないようね」
『どうしてですか?』
エマは神父の首にある装飾品を指差した。それには、磔にされたキリストがあった。
「ネックレスよ。プロテスタントでは偶像崇拝はしないから、キリストが磔にされた十字架のネックレスなんて首から下げないわ。でもこの被害者の首には、キリストのネックレスがある」
「つまり、このジジイはカトリック側の人間ってことネ。胸にもイカしたマークつけちゃってまぁ」
死体を靴先で小突く羽柴。死体損壊や死者への冒涜の罪で拘束したいが、ここまで羽柴の奇行を見れば止めるだけ時間の無駄であることなど誰でも分かるため、エマを含めた全員は複雑な思いながらも阻止することはしなかった。
「何なんこのシャレオツなマーク?」
「それは、プロテスタントの象徴であるユグノー十字です」
エマの代わりに、別の捜査官がそう羽柴に教えてくれた。
「胸にはプロテスタントを示すマルタ十字に鳩の印がありました。カトリック教徒である被害者にその焼印がされているということは、犯人はプロテスタント派閥か罪を被せようとするカトリック信者のどちらかと思われます」
「なんだ、フランスにも優秀な奴っているんだね」
失礼なことを平気で言いながらも、羽柴はユグノー十字と、殺されたカトリックの神父の繋がりを考えていた。たかがメッセージのためだけに、こんな大それたことを実行するとは思いにくい。少なくとも犯人は何かしらの思想の狂信者であることは間違いない。狂っていなければ、もっと正当な手段をとっているはずなのだから。
「・・・・・・あ、エマ刑事! 被害者の口内に何かありました!」
「本当!?」
鑑識が被害者の口内に何か見つけたようだ。皆が遺体の口元に注目すると、何か白いものが飛び出ている。鑑識がピンでそれを摘んで引き抜くと、一枚の花弁が現れた。
「花の花弁?」
『形状と中心に緑の筋が通っていることから、これは白百合の花ですね』
「白百合? 俺NL派だからガールズラブはちょっと遠慮しとくわ」
「隠語の百合は関係ないですから」
羽柴の額に軽く手刀を入れ、花に全く興味のない羽柴に丁寧に教えた。
「前に東京でキリスト教会連続殺人事件がありましたよね。その時に一応予備知識で調べましたが、白百合の花は聖母マリアの象徴の一つです。この白は、彼女の純潔を表しています」
「でもおかしいわね。カトリックはともかくプロテスタントは偶像崇拝も聖人聖女信仰もしていないはずよ?」
プロテスタント教会でカトリック信徒が殺されたことで、犯人はプロテスタント派閥の人間だと推測されていたが、ここで少し立場が傾く証拠が出てきた。白百合の花はマリアの象徴。聖書とその内容を信仰するプロテスタントが、聖人を指すものを置いていくとは考えづらかったのだ。これでは、むしろカトリックの犯行に見えてきてしまう。
プロテスタントとカトリック。この二つの勢力を示すものが交わるこの場で、どちらが正しいのか決めあぐねていた。聖堂でそんな風に悩んでいる彼らを見て、羽柴は高みの見物を決め込もうと勝手に教会の席に腰掛けた。弱者の努力を嘲笑うかのような笑顔が数人の捜査官の勘に触る。
「ふふふふーん♩」
「ちょっと。キモい笑顔してないで考えてよ」
「答えを観光で来ていただけの探偵に求めることに対してプライドとかないんすかぁ?」
「プライドで事件が解決できればいいわね」
「クッソこいつリアリストかよぉ!」
「・・・・・・なんか、正爾さんが躱されているって新鮮ですね」
『ワインの葡萄くらいフレッシュです」
「お前らをフレッシュミートにしてやろうか? 神聖なる聖堂で酒池肉林シちゃうよ?」
「教会勢力に粛清されそうなのでやめてください」
世が世なら処刑ものの発言をした後に、羽柴はさも日常会話をするかのように気軽に話し出した。
「この手の事件は東京で童貞卒業済みなんだよね〜。なんだかんだ各地で事件を起こしておきながら、実際は最後の目的のための儀式でしかなかったってパターン」
「儀式? 美術館の罪もない人たちを爆死させてカトリックの神父を殺したのに儀式?」
エマは怒っていた。カルト教団すら可愛く思えてしまうような不可解で身勝手な犯人を、法律さえなければ見つけ次第射殺してやりたい。小さな黒い欲望が心の底で揺らめきそうだった。
「何にしろ、美術館の爆破は芸術というより評価や世論に価値観が変えられる哀れな民衆に対する攻撃。こっちのはカトリックに対する嫌がらせってとこかな。そんで、この二つは犯人の目的と何かしら関係している」
「・・・一見なんの関係もなさそうですけど、正爾さんが言うならそうなのでしょう」
流歌にさえ、まだ真相の欠片も掴めていないが、羽柴が言うならと全幅の信頼を寄せる。彼に盲信しているのではなく、あくまで経験則からそう考えただけだと、意味もなく自分に言い聞かせた。
「民衆、世間、カトリックとプロテスタント・・・。これらが関係する因縁が何かあるはずだ。それも最近とかじゃなく、遥か昔の因縁がな」
『そんな歴史フランスにありました?』
「おいおい、歴史バラエティも観とくもんだぞ? 今夜はヒ◯トリーとか」
「それ日本史の番組ですけど」
席から立ち上がった羽柴は、流歌と巴を連れて教会を出て行こうとした。
「ということで、フランスでの宗教関係の歴史的出来事とか調べといて〜。俺ァまた美術館に戻って観光させてもらうわ」
「そこ自分で調べないんだ・・・」
「だって俺らって助っ人外国人だろ? ホームの選手より目立ったら移籍とかさせられそうじゃん」
理由もなく野球で例えた羽柴たちは、未だ教会で捜査しているフランス市警を置いて再び美術館に戻った。今は爆破事件によって館内から観光客は一人も残っていない。羽柴は事件を利用して人混みを気にせず静かに鑑賞しようと考えていたのだ。
「結局どこまで分かってるんですか正爾さん?」
「ん〜〜〜・・・3割ぐらいかなぁ」
『というと?』
「犯人はプロテスタント系の誰か、もしくは組織。真の目的は何かまでは分からんが、カトリック系の関係者がこれからは狙われるだろうね。それも信者諸共」
「この国はカトリックが主な宗教ですから、もしそうなら死者数は100人じゃ済まないですね」
「良かったねぇ〜無宗教で! 日本人として生まれて生きたメリットが発揮されたよ! パッシブスキル超便利」
「死んだフランス人たちに聞かせたら呪われますよ」
「ウケるぅ〜。死んだ奴が生きてた時より強え訳ねえだろ!」
そう言って羽柴は吐き捨てるように道端の小石を蹴飛ばした。態度はどう見ても外国人の迷惑系YouTuberである。
再び捜査や封鎖中の美術館に入り、羽柴たちは廊下を行き交う警察官たちを無視して絵画や彫刻を見始めた。そうして事件のことをエマから連絡が来るまでほっぽり出していると、いつの間にか羽柴たちはドゥノン翼の二階にある、とある絵画の前に来ていた。
"民衆を導く自由の女神"
ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれた絵画で、1830年に起きたフランス7月革命を主題としている。旗を掲げる女性は自由の擬人化であって、実在の人物ではないことは、世間的にはあまり浸透していない情報でもある。その絵を見て、羽柴は何か思い出せそうな気がしていた。この自由の女神は、何と勘違いされやすかったのだろうか、と。
「流歌」
「はい?」
「この片乳出してる痴女ってよく何と間違われるっけ?」
「言い方に悪意が・・・・・・旗とかフランスとか戦争とか、
要素的にはジャンヌ・ダルクとかなり似ていると思います」
「そおおおれだあああ!!!」
「キャー!?」
流歌の言葉で何か謎が解けたのか、テンションが上がった羽柴は流歌の両腋に手を入れて持ち上げくるりと回り始めた。慕っている男性に腋を触られ高い高いされていることに羞恥の悲鳴を上げた流歌は、緊張で抵抗することすらできずに成すがままにされていた。
羽柴は正気を取り戻すと、流歌を下ろして近くにいた警察官にエマヘ電話を繋ぐよう指示した。繋がった電話を借りて、彼女に新たな指示を出す。
「もしもーし、エマくん。もう一つ調べ物ができたぞー」
『何について?』
「ここ最近で、カトリックの聖女が所在不明になっているかどうかだ」
ドラマの作家さんの気持ちが凄え分かるわー