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【1万PV突破!】アンフェール〜探偵にネジは存在しない〜  作者: ディスマン
天使とパラディか、悪魔とアンフェールか
133/162

パリは青と陰の匂い

テムズ川を綺麗にしろー(デモ)

 そのうら若き女性は、怯えながらも目を閉じて祈りを捧げていた。無機質で電球の灯りと、小さな鉄格子の窓からの斜陽だけが照らすベッドとテーブルしかない正方形の部屋で、女性は今まさに孤独であった。錆びた箱庭のような空間でも、その美しく長い色素の薄い髪は電光と陽光に負けないほどに輝いていた。

 無言のままひたすら神に祈っている。そして、手の中のものを丁寧に包み込んでいた。だが、その祈りは決して自分を助けて欲しいという祈りではない。自分以降の被害者が現れないよう祈っていたのだ。悲劇に巻き込まれた己より、これから未来で起こるかもしれないことを憂いて悲しんでいた。

 ベッドの上で正座して祈っていた彼女の下に、一人の男が扉を開けて入ってきた。両手にはトレイがあり、食事を運んできたようだ。その献立には肉やカフェインの入った紅茶などは入っていない。キリスト教信者であり、()()と名高い彼女に最大限配慮した食事であった。

「おはようございます聖女様」

 聖女に挨拶した男はテーブルにトレイを置き、特に会話するでもなく部屋を出ていこうとした。その彼を、聖女は鈴が鳴るような清らかで愛らしい声で呼び止めた。

「やはり、止める気はないのですか?」

「・・・・・・えぇ。私はこの時を待っていましたから」

 男は40分後にトレイを取りに来ると言って扉を閉めた。聖女は、また今日も彼を救えなかったと後悔と自責の念に駆られていた。その心を少しでも整えるかのように、彼女は被害者と男に対して祈ったのであった。

 彼女の手に包まれていた白く小さい鳩は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、元気に鉄格子の外へ羽ばたいていった。





ー9時10分(パリ時間) フランス・パリ、シャルル・ド・ゴール国際空港ー


 成田国際空港からAF246便に乗って14時間弱の空旅を経て、羽柴たちはフランスに降り立った。目的は事件ではない、観光だ。前々からフランスのルーヴル美術館に行きたがっていた羽柴が、流歌たちを巻き込んで海外旅行を唐突に強行したのだ。

 長旅で軋んだ体を伸ばしてポキポキと音を立てる。入国審査でも、英語ではなく流暢なフランス語で会話を交わした。

「どうも、日本から来たよ〜」

 審査員は羽柴のあまりの軽さに面食らってしまう。

「これまた変わり者の入国者ですね。滞在日数と目的は?」

「後ろの二人と観光。日数は5日の予定」

 審査員は羽柴たちのパスポートを確認し、スタンプを押した。

「ようこそ花の都へ」

 審査員からパスポートを返され、彼はフランスらしく洒落たセリフを背中にかけた。

「ふぅ〜。いざ言葉にすると洒落てるねぇ」

 入国審査口を過ぎ、運ばれてきたキャリーケースをそれぞれ受け取って税関を通過した。エアポートを囲むように敷かれた車道に出て、事前に頼んだ小さい4人乗りのレンタカーに乗る。トランクに荷物を入れ、慣れない左ハンドルを操作する。ここはパリの都心から北東郊外にある。ホテル及び観光場所であるパリ市内に行くには、南西方向へと向かわなければならない。

 もちろん日本語なんて存在しないため、渋々英語のナビでホテルへと向かう。空港が近いため郊外にしては建物が目立つが、それに負けないほどに田園風景も広がっていた。緑と、その中にアクセントのように存在する人工の、白をメインとしたオレンジや薄い赤の外装がよく映えて見えた。

 車窓を開けているおかげで、顔を叩く風もまた心地いい。昔はパリは下水道が発達していないせいで臭気都市なんて不名誉な歴史があったが、少なくとも現時点ではそんな面影は漂ってこない。テムズ川が汚いことはパリオリンピックのニュースで耳にタコができるくらい日本で聞いた。なので、いくらパリの街並みが美しかろうとも川だけは気をつけておこうと流歌に言いつけられていた。羽柴なら、川に意味もなく飛び込んだりフランスの不良や犯罪者を道頓堀よろしく川に投げ落としたりしかねないだろう。

 海外とはいえ、平穏に日本に帰ることはないことを流歌は悟っていた。




 青と白の美しいコントラストと、フランスらしいゴシック様式の建物が、凱旋門を中心に放射状に立ち並んでいる。日本の都会のような大渋滞も特になく、かなり快適にパリの中を走っていた。

「ホテルのチェックインは14時でしたよね。残り4時間はどうしましょうか?」

 できることならホテルに荷物を預けたりしたいところだが、チェックインまでかなり時間がある。

「早めの飯に決まってるっしょ。・・・お前ら財布にいくら入ってる?」

「707ユーロです」

『738ユーロあります』

「結構あるやん。俺は・・・400ユーロくらいだ」

 羽柴は急に所持金の確認をし始めた。

「何でそんなに少ないんですか?」

「よく言うだろ。旅行は現地調達も醍醐味だって」

 羽柴はそう言って、車を路肩に停めて一人降りた。ポケットから財布を露骨に見えるようにはみ出させ、数十メートルの通りを歩く。流歌たちはその様子を車内から見ていた。

 30メートルほど歩いた頃、対向から歩いてきた一人のフランス人男性が羽柴と少し接触した。男性は「ごめん」と軽く謝って通り過ぎ、羽柴は少し歩いてから携帯を取り出して男性が消えていった方向へ引き返した。そこまでになって羽柴の考えに行き着いた二人は車から降りて羽柴の跡を追った。羽柴はちょうど裏路地へと入っていったところで、これに続くと行き止まりにさっきの男性の他に柄の悪い男が4人ほど集まっていた。

「なあにいちゃん、財布返してくれや」

「はぁ? 俺が財布をスッた証拠でもあるのかよ」

 羽柴はニヤニヤと携帯の画面を見せた。そこにはGPSの追跡画面が表示されており、まさかと思った男は懐から羽柴の財布を取り出して確認しようとした。

「ほら持ってるやん」

「なっ!?」

 羽柴は単に、それっぽい画面を出しただけでGPSなど面倒で財布に仕掛けてなんていない。だがこのブラフのせいで、スリの犯罪集団はボロを出してしまったのだ。

「お前ら知ってるか? フランスでは年に320万件の犯罪が起きてて、そのうちスリは4万件くらいだ。殺人係数は10万人あたり1.56と欧州じゃ最悪。なのに認知件数は低い。これの意味が分かるかな?」

 そこまで言って、羽柴は一番近くにいたスリを殴り、半回転したその男の首を真後ろから締め上げて、容易く首をへし折った。

 急に仲間が殺されたことに対して、スリたちは恐怖に慄いた。外国人観光客のいいカモと思っていたら、運悪く虎の尾を踏んでしまったのだ。

「ここでお前ら殺しても、バレない可能性の方が高いってことさ」

 死にたくない一心で、スリたちは羽柴へと向かっていく。この路地裏は比較的綺麗で武器になりそうなものは何もない。故に、どちらも素手だ。そう思っているスリたちだが、羽柴にとっては武器がないなんてとんでもない。此処には、人を二桁殺すに足る武器が眠っているのだ。

 まず先に殴りかかってきた男の拳を躱した瞬間に、ポケットから財布をスり中から瞬時にクレジットカードを取り出す。振り返って追撃してこようとした男の動作より速く、羽柴は男の喉をカードで切り裂いた。血がドバドバと地面に流れ、男はすぐに失血死した。

 そこに、折り畳みナイフを取り出した二人の男が同時に突き刺そうとしてくる。羽柴は今しがた死んだ男を起き上がらせ肉の盾にした。ナイフが刺さった死体から、水が溢れるように力無く血液が流れ出て男たちのナイフを伝う。羽柴はそのうちの一人の持ち手の親指を取って指を極めた。抜けずに死体に残ったナイフを奪った羽柴は、心臓目掛けてそのナイフを突き刺した。

 横から袈裟斬りの軌道で振られたナイフを直ぐ抜いて応戦する。金属音が何度か鳴った後、また刃を交差すると見せかけて手首の腱を切った。力の抜けた右腕が落ちるよりも早く、男の左目にナイフを刺して、彼は即死した。

 残った羽柴から財布を盗んだ男は隙を見て逃げようとしたが、行く手を流歌と巴が塞いでいた。女と舐めて突破しようと油断したところを、追いついた羽柴が背後から抱きついてジャーマンスープレックスを決めた。当たりどころが悪かったのか、彼はその勢いで首を折ってしまい、目を見開いたまま冷たくなった。

 五人の男を殺したあと、羽柴は彼らの財布を逆に漁って、現金のみを掠め取った。これが彼の言う「現地調達」の正体であった。


「久々に5人も殺せて最高! ヴィヴ・ラ・フランス! そこに海鮮の店が見えたからそこで昼にしよーぜー!」


 羽柴は唯一血で濡れた右手を死体の服で拭いながら、屈託のない笑顔でそう言った。ご丁寧に、立ち入り制限を意味する手頃な三角コーンを路地裏の入口に置いて。

聖女様と結婚した旦那さんってどんな加護が貰えんだろうね?

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