策動
とある功利主義者は言いました。
「法律は利益があるから法律守ってんねん」と。
その通りだよ(迫真)
「半日?・・・てことはアンタは」
半日という時間に心当たりがあったが、その先を言おうとした日柄の口を、アンフェールは銃を突っ込んで黙らせた。ご丁寧に、装填された実弾を見せつけた上で。
「ノーノーノー。正体を口に出すなんて無粋な真似はやめなさい。そんなんじゃエンタメで金取れねえぞ?」
変声しているが、喋り方や言葉のチョイスが彼だと思考が告げていた。探偵は決して正義の味方ではない。犯罪者の弁護を行う弁護士のように、あくまで仕事や任務に忠実である生き物なのだ。アンフェールは日下部から先に依頼を受けていたから、例え調査の中で白黒が分かっても依頼を優先した。そもそも、気まぐれで犯人を嬲ったり殺すと噂のアンフェールが正義感で動くなどあり得なかった。期待した自分たちが馬鹿だったと、水越は自らに絶望した。
日柄の口から銃を離し、日下部に向き合う。
「依頼通り、岩井戸を目の前に連れて来たぜ。これで、仕事は終わりでいいかな?」
「あぁ、ご苦労だった」
そう言って、日下部は部下たちに水越たちを連行させようとした。これから彼らに何が起きるかは容易に想像できる。拷問され、盗んだ金や証拠の場所を吐かせて口封じするだろう。政治家の最終手段は、昔からプリセット化されたワンパターンな方法だ。
「あい毎度あり〜。てことで・・・・・・」
そう言った瞬間、アンフェールは日下部の部下の手足を撃ち抜いた。同時に、流歌と巴も動き出してスタンバトンとナイフで殺さない程度に無力化していった。雅だった和室が血や銃痕で破壊されていく。その光景を、ただ権力がある政治家でしかない日下部は呆然と眺めるしかなかった。
「き、貴様! 契約違反だぞ!」
「はぁ? オレァしっかり聞いたぜ。仕事は終わりかってな。アンタ確か"あぁ、ご苦労だった"つったよなぁ!?」
制圧しようとした護衛が障子もガラスも破って庭先に殴り飛ばされたのを見届け、羽柴は二人に指示を出して水越たちを解放させた。
「次はお前の依頼だな。悪いな、先約があって立て込んでてよ」
「探偵さん・・・・・・」
三人に羽柴が持ってきた銃を持たせ、日下部に向けさせた。日下部は流歌に手を縄で拘束され、大人しくその場に座り込んだ。巴はバッグの中から、水越宅から持ってきたロッキード事件の証拠を掲げてみせた。
『マスターが水越さんにメモを残して纏めさせました。これからこの証拠は警視庁とマスコミに岩井戸の名義で提出されます』
「おのれェ! それを後悔したらどれだけ政界にダメージがあると思ってる!?」
「いや知らんがな」
政治がどうの言ったところで、羽柴たちには無関係だ。誰がどうなろうと知ったことではなく、対岸の火事にすらならないのである。
「殺したら余計ややこしくなりそうだからな」
巴と流歌が日下部を連行しようと羽柴より前に出た時、羽柴の後頭部に冷たくも固い物が突きつけられた。
振り返るまでもない。
羽柴に銃を向けたのは日柄だった。
「日柄さん!?」
「いったい急に何の真似ですか!」
水越と蓮見が、信じられないと困惑の混じった糾弾をした。
「日下部さんではないが、私なりにこのまま事件を解決されると困るのでね」
撃鉄を起こす音がした。水越と蓮見は日柄に銃を向ける。頭数は水越たちの方が上だが、訓練もしたことのない素人と、元SPとでは質が遥かに違う。何より、日柄は羽柴を盾にするように立ち回っていた。
「俺からの要求は一つだけ。このまま、俺を逃して探さないでください。そうすれば、夜が来るたびに怯えることなく、枕を高くして寝れますよ」
日柄は逃走を企てていた。彼が昼に語ったあの想いは、全て嘘でしかなかったのだ。ロッキード事件の解明に興味がなかったわけではない。それよりももっと大きな人間的欲が、彼を動かす理由となっていた。
「・・・だから、証拠と一緒に盗んだ金を俺にくれってか?」
ここに来て、黙っていた羽柴が日柄の動機を言った。銃口を突きつけられているのに、声色はむしろ楽しそうに上擦っていた。
「ほぉ、流石アンフェール。いつからお気づきで?」
「お前とシェイクハンドした時ですが何か?」
事もなさげに言い放った羽柴。日柄邸を後にする時、彼は日柄と握手をした。普段の羽柴なら意味のない行動かも知れなかったが、時間となれば話は別だ。羽柴はこの時、日柄が他二人とは違う動機であったことと、盗んだ金をこっそり搾取していたことに気付いた。
「アンタん家、めっちゃ防犯に金掛けてたよなぁ。セコムかアルソックの本社と見間違えたぜ。だが家ん中はそこまで豪勢で高級な訳ではなかった。防犯に多くの金を費やしたからだろ。
しかし、アンタの腕時計はどう見ても高級だ。数十万じゃ下らない。数百万か、或いは数千万か。生活の羽振りが急に良くなれば他二人に怪しまれる。だから家具でも食でもなく、腕時計のみを買って隠した。あー言わなくてもいいよ。どうせ当たってる」
推理が当たって当然のように、澱みなく日柄が計画の裏で行っていたことを言い当てた。その証拠に、日柄の目線が左手首の腕時計に走ったのを、全員が見逃さなかった。
「・・・・・・だからどうする? この状況で貴方に何が出来ると?」
「何が出来るって? ん〜そうさなぁ・・・・・・お前を殺せる、とか?」
「面白い。どうやって殺す? お前が動いた瞬間、マスクごと脳漿が飛び散ることになるぞ」
「脳漿炸裂ってこと〜? あの曲好きだったなぁ。俺ガールじゃなくてボーイだけど。まだピチピチのお兄さんだけどぉ!?」
一人で日柄を置き去りにして盛り上がっているアンフェール。状況を全く理解できていないような言動に、日柄は薄寒さを感じたが気のせいだと引っ込め引き金に指をかけて浅く引いた。それを見た蓮見と水越は、巻き込まれた立場であるアンフェールの安全のために銃を床に捨てて遠くに蹴った。それを見てアンフェールは残念そうに「あーあ」と零した。そのまま撃ち抜いてくれたら流歌や巴の曇らせ顔が見れて白米3合は食べれたのにと、内心でガッカリした。
「(計画の)NTRなんて興奮する方が頭おかしいね」
「その減らず口を今すぐ黙らせてやろうか?」
より強く銃口が後頭部に押し込められる。水越たちは顔面蒼白だが、流歌たちは慌てる様子はない。それどころか、壁にもたれたりしてリラックスしていた。
更に、羽柴のデリカシーのない発言が事態を一気に動かす。
「ところでおじいちゃん、その歳で童貞ってマジィ? 家を見た感じ奥さんも子供もいないでしょ。公務員なのにモテない自分に劣等感を感じてたりしない? するよね? 金のためにここまでする自分を客観的に見た感想はいかがですかぁ? 浅ましくて小心者って感じ? ピーター・ペティグリューそっくりでウケるw」
挑発・侮蔑・愉悦・・・。それらが混沌と混ざり合った羽柴のマシンガントークに、さしもの日柄も静かにキレた。何も言わずに引き金を引き、この狂人を永遠に黙らせようとした。
パァン、と発砲音に似た炸裂音が和室の広間を駆け抜けた。血が飛び散り、肉を抉る音がして、同時に苦痛に満ちた絶叫が聞こえた。水越たちはグロテスクな瞬間から一瞬目を逸らしたが、その後に見えた光景は想像とは違っていた。
そこには、右手の指が数本吹き飛び右頬が抉れたた日柄と、水越たちにピースサインをする緊張感のないアンフェールの姿があった。
ブレットトレインかな?