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仇討ちで御座る

電話って怖いよね。

自分からかけるならまだしも、かかってきたらでら怖え。だって相手が何の用なのか分からないじゃない?

それくらい、分かっている・把握しているってのはアドバンテージなんですよ。

「粗茶ですが・・・」

「あらよござんすか?」

 口元を上品げに隠して雑な方言を言いつつも、少し湯気が立つ煎茶を口に含む。良い品質の茶葉を使っているようで、苦味に雑さが一切なかった。本当に来客用の茶を出してくれたようだ。それだけで人の良さが伺える。もし羽柴たちを怪しんで睡眠薬などを盛るのなら、良い茶葉をわざわざ用意して、ましてや飲ませたりなんてしないだろう。

「フゥ〜・・・さて、蓮見からは盗んだ物が何なのかは聞いた。次は、動機を教えてもらおうかね」

「・・・・・・蓮見さんから話を聞いているなら、大丈夫でしょう」

 真摯な表情となった水越は、部屋の本棚、その更に後ろの本の中から薄いファイルを取り出した。その用心深さが、並々ならぬ動機であることを目に訴えていた。

「動機・・・というより事の発端は私です」

 水越は案外あっさりと、原因は自分だと明かした。

「!・・・こりゃ驚いた。てっきり蓮見が主犯かと思ってたが、アンタ見かけによらず魔性の女かい?」

「正爾さんセクハラです」

「ぬぅわんでぇ?」

 水越は茶を一口だけ啜ると、小さく息を吐いて動機について話し出した。

「私の祖父は、田中角栄さんの第二秘書を務めていました」

「第二? 政治家の秘書ってそんなに人数いるの?」

『一人の議員につき、第一秘書、第二秘書、政策担当秘書と3人の公設秘書がいますね』

「へぇ〜。この小説を見ている学生の諸君、いい勉強になったねっ!」

「人様の家で奇行に走らないでください」

 流歌が羽柴を止めている隙に、巴は水越に続きを促した。

「その祖父はロッキード事件によって政界を追われ、父は未だに政治家を恨んでます。祖父は真相を知ってはいましたが、証明できる物証が乏しかったので泣く泣く泥を啜ったのです。

たまたま日下部議員の家政婦になった私は、そこで偶然ロッキード事件の真実と物証のありかを耳にしました。その時の私は、半ば衝動的にこの計画を思いついたんです」

 彼女の動機とは、祖父の汚名返上と復讐だった。三文小説のような陳腐な理由と思った。ロッキード事件の真相が含まれているため日本的には決して陳腐ではないのだが、心で人を理解することのできない羽柴には無理な話だった。

「金品まで盗んだのは?」

「金目当ての犯行に偽装するためです。証拠だけを綺麗に抜き取ってしまうと、より彼らの警備も厳しくなってしまいますから」

 なるほどよく考えられた計画だ。窃盗や強盗の目的の大半は金銭だ。復讐や正義で行われる犯罪は、ないとは言わないが限りなく少ない。よって、窃盗=金目当てという心理を突いて、事を出来るだけ大きくさせないよう時間稼ぎをしていたのだ。今後何か盗む機会があったら是非とも参考にさせていただきたい。

『マスター。顔がデスノートに触って記憶取り戻した夜神月みたいになってますよ』

「おっといかん」

 顔をグニグニと揉んで歪んだ笑みを正す。それでも愉悦に満ちた、それでいて全て見透かしているような憎たらしい笑顔だけは消えなかった。

「ちなみに、金品は何かに使ったり?」

「とんでもありません! 金品はあくまで偽造のために一時的にぬすんだだけです。証明と公表が終われば然るべきところに返すことを誓います」

 侠盗と名乗っていただけのことはあり、本当に義賊として犯行に及んでいたようだ。だが羽柴は日下部を裏切る気はこれっぽっちもなかった。永きに渡ってアンフェールとして依頼をこなしてきた彼にとって、依頼人が悪人だったからキャンセルするなんてことは出来ない。もし日下部が「事件を解決してくれ」と依頼していたら、羽柴は岩井戸たちと協力して秘密を全部ばら撒いていた。だが今回は「岩井戸を捕まえてこい」なのだ。だから、彼らから話を聞くことはできても日下部らの失墜に手は貸せない。

 しかしそれを話して仕舞えば彼らは話す気など失くなってしまうだろう。だから羽柴は、胸の内を明かすこともせず、あくまで日下部を裏切る()()()だけは匂わせていた。

「オーケイオーケイ、なら次は日柄の所に行って聞いてみるわ。内部情報と警備配置担当ってソイツだろ?」

「・・・流石探偵さんですね」

「舐めんなよぉ? こちとら日柄ほどじゃねえけどベテランなんだぞう?」

 そう言い残し、羽柴たちは水越に見送られながら最後の容疑者・・・と言うより仲間である日柄の自宅へと向かった。

 水越が湯呑みの下に挟まっていたメモを見つけたのは、羽柴たちが出ていってすぐのことだった。



 水越の家を出発して、文京区から近い豊島区に暮らす日柄の家を偵察する。家は一軒家で、独身にしては中々の邸宅だった。外壁は綺麗な白のままで、よく手入れされているのが伺える。軽く家の周りを一周しながらスマホのカメラで隠し撮りした。車に戻って巴が解析すると、かなり多くの防犯カメラを含めた防犯装置があることが分かった。SPだっただけあって自宅も厳重だ。

「どうしますか正爾さん。勢い任せにドアや窓を破ると吉田沙保里さんが駆けつけますよ」

「おぉアルソック怖い怖い(震え声)」

 二人が冗談混じりに言いながらも、巴は真剣に悩んでいた。どうやって警報などを鳴らさずに、事を穏便に進めようかと。そうこう悩んでいるうちに、彼らの車に向かってくる一人の壮年の男性がいた。歳に合わないガタイの良い体格。日柄本人である。まさかバレてしまったかと身構えたが、羽柴は運転席の窓を開けて平然と挨拶した。

「はじめまして。アンタが羽柴さんでいいかい?」

 その声は周りを気遣ってか、かなり小さい声だった。

「ないすとぅーみーちゅー日柄さん。詳しい話は家ん中でしたいんだけど、よろしおすか?」

 日柄は何を言うでもなく、ドアから離れて手を自宅へと向けた。了承と受け取った羽柴たちは車から降りて日柄の後ろを着いていく。玄関の鍵を開けてもらい中に入り、奥まで導かれる。内装は外の丁寧さと少しギャップがあって、何というか少し質素というか控えめな印象を受けた。防犯設備に金をかけ過ぎたのだろうか。

 そう流歌が思っていた道中で、巴は羽柴に小さく耳打ちした。

『マスター。なぜ日柄さんは私たちを簡単に通してくれたのですか?』

「あー・・・ちょっと政治家っぽい手法をな」

 そう言っただけで詳しく教えてはくれなかった。何か言えない事情があるのか、悩む巴たちを見て面白がっているのか。もしくはその両方だろう。

学生時代に戻りたい。

具体的には中学1年くらいでよろしく。

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