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足跡は闇の先まで

盗みを題材にした話はよく考えたら初めてじゃんね。

 逃走経路と断定されている、金庫のある部屋から近くの塀までの道のりを歩きながら確認していく。掃除がこまめにされているのか、廊下に不審な足跡は一つもない。犯人は侵入して屋敷に上がり込む時に靴など脱いでいないはずである。何故なら、人の家に侵入する時にそんな悠長なことなどやっていられないからだ。ならば犯人は土足で家に上がり込んだはずだが、足跡は一つもない。塀と屋敷の間には砂利だけでなく土もある。靴裏は汚れていたはずなのだ。雨が降っていたら外で靴裏を洗い流したりなどは可能だろうが、ここ一週間は快晴続きだ。

「足跡も残さない・・・。抜き足のク◯みたいだねっ」

「意味が違うと思います」

『集英社敵に回すのは怖いですよ?』

 ギリギリの発言に部下たちが怯えているのを横目に、羽柴は塀に寄りかかり屋敷を広い視野で見上げた。そして、離れて見たおかげで岩井戸の侵入経路が分かった。

「なあ、土足厳禁ってよぉ、あくまで屋内だけの話だよな?」

「?・・・当然ですよ」

「じゃあ()()はセーフ判定?」

 羽柴が指差したのは、屋敷の屋根だった。ディープグレーの瓦には、目視しづらいが確かに茶色い痕跡が残っていた。縁側の付近に跡が何も無いことから、縄と鉤爪を加工したフックを持参したと推察できる。

「ハシゴとかある?」

 日下部の部下に言って脚立を持って来させて屋根へ上がる。足跡を消さないように迂回して、その場にしゃがみ込んで注視した。足跡は下から見た時よりも濃く残っている。この濃さは女性の体重では考えにくい。つまり、犯人はある程度体重のある人間で、男性が妥当だろう。かといって重すぎるほどではない。男性の中でも身軽な方だ。そして、その足跡のルートには特徴があった。

「犯人は屋根伝いに部屋の近くまで行っている。しかも探したりとか寄り道することなく、真っ直ぐに金庫のあった部屋に向かってるな」

 足跡は迷いなく金庫までの道を示していた。この動きは、金庫の位置を侵入前から知っていなければあり得ない。だが、屋敷の見取り図なんてものはないし、外から観察して分かるものでもない。SPが常に屋敷内を警備しているから下見で乗り込むこともできない。

 そんな条件下で金庫の位置と侵入ルートを考えられる方法は、考える限り二つしかなかった。

「なぁ、金庫を買ってからこれまでの間にクビにした警備員とかSPとか、屋敷の使用人みたいな人はいねえの?」

 屋根から降りてきて羽柴が言ったのは、日下部の部下や使用人たちの人事に関する事だった。外部から侵入して知ることができない以上、金庫の位置を知るためには内部の協力者か元・側近である必要がある。ちなみに現在日下部のSPをしている人の中に岩井戸がいる可能性は低い。もしそうなら、他の政治家や社長を狙う時に不在となってしまい、後に怪しまれた際に証拠となってしまう恐れがあるからだ。これだけ連続で窃盗を繰り返してきた人物が、自分をそんなリスクのある立ち位置には置かない。

「あったぞ。これだ」

 日下部が差し出したのは、屋敷又は日下部本人の警護や使用人の名前が載っている名簿だった。これには現在だけではなく、この屋敷に住んでから今までの全ての人物が載っている。

 まず、協力者の線は消していいだろう。仮に協力者がいるとしたならば、その人間と岩井戸は電話やメール、直接会うなどのコンタクトが必要だ。そんな動きを、長年政界で生きてきた日下部が見逃すわけがない。故に、まだ単独で行う方がリスクが低いのである。

 名簿を開き、一人一人の身長や体重、そして技能などを見ていく。犯人は身軽で男性並みの体重があることが屋根の靴跡から分かっているのだから、体重と技能が条件に一致する人間を探していく。ペラペラと顔写真のついた履歴書を捲っていき、30分ほどで容疑者は3人に絞られた。

 最初の容疑者は蓮見仁(はすみしのぶ)という、2つ前の日下部の秘書だった男だ。妻と息子の3人家族で、身長は低くないが痩せ型で、日下部の政治資金を横領しようとして解雇されたらしい。秘書をやっていたので、金庫の仕組みも番号も知っていた。しかし、体力がない。

 二人目は最近まで家政婦をしていた水越裕香(みずこしゆうか)だ。家政婦をする前は映画専門学校でスタントをやっていて、身軽さで言えば最も可能性が高い。だが、彼女は高所恐怖症と記載がされていて、バレないようにするためとはいえ、屋根に上るとは考えにくい。

 最後は最近SPを辞めた日柄健人(ひがらたけと)。40歳のベテランだったが、一身上の都合と言って自主退職していた。

「この3人ですか。正爾さんは誰が怪しいと思いますか?」

 流歌が羽柴に、誰が最も怪しいのか意見を求めた。羽柴はページを捲ることなく一人の男を指した。

「オススメは日柄くんかなぁ。歴も長いしリピーターも多いし」

「ここをキャバクラ化するのやめてください」

「冗談はさておき、特に理由もなく辞めるのが不自然だ。政治家の内部事情を知ってる人間をホイホイ辞めさせれる訳がない。だからこの退職には裏があるとしか思えない。バカでも分かるように言ってみたけどどう?」

『読者にナイフを突き立てちゃってますよ』

 名簿で容疑者が絞れたところで、まずは住所の通り一人ずつ回って調査していく。先に最も羽柴が怪しいと並んでいる日柄の家へ行くことにした。

 羽柴たちは屋敷を出て車に乗り込む。門前で見送る日下部のやけに鋭い目線を感じながら―――。




 車が人と同じくらいに雑踏としているビル群の根本を走行しながら、後部座席で流歌と巴は犯人探しに努めていた。アンフェールである羽柴が日柄を最有力候補と言っているからと言って、それを鵜呑みにしてばっかではダメだ。流歌はいつか彼の後を継ぐため、特にその気持ちが強かった。巴は羽柴の従順な下僕扱いなので、むしろ従っている方が様になっている。

「犯人は身軽なのに、体重も身長もある日柄さんが犯人だとはやっぱり思いにくいですよ」

『かと言って他の候補も実行すると何かしらの欠点が出てきてしまいます。窃盗を計画する上で、自分の弱点をこんなあからさまに考慮しないことがありますか?』

 頭の後ろからあーでもないこーでもないと、有望株たちが真剣に悩んでいる。青春らしい甘酸っぱさは皆無だが、成長しているようで何よりだ。

「・・・あ?」

「どうしましたか?」

 ルームミラーを見た羽柴が怪訝な声を上げた。流歌もミラーに気付き後ろを見ると、黒い車が一定の距離で尾行している。敢えて二度寄り道をしてみても、その車が後ろから消えることはなかった。

「あの老獪(ろうかい)の仕業だな。俺らの監視かな? それともお前らのストーキングか?」

「やめてください鳥肌が立ちます」

『マスター以外の男性に興味を惹かれても嬉しくありません』

 二の腕を摩り気持ち悪そうにする二人を見て愉悦が高まる。今度治安の悪い地域に二人を放ってその様子を肴にしてみるのも悪くない。流歌はともかく、巴は殺しに躊躇がない。戦力的には申し分ないし、残党がいたら後で自分が殺せばいい。愉悦も得れて人も殺せる完璧な計画だ。

「尾行もつけるとは、この依頼やっぱり何か裏ありますよ」

「確かに、この俺を手のひらで踊らせようってんなら構わないが、そん時はアイツにも墓穴の上でタップダンス踊ってもらうぜ。ヒヒヒヒッ」

「シンプルに怖い笑い声やめてくださいます?」

『マスター。これから日柄の自宅へ?』

「いや蓮見の家だが?」

 羽柴は二人が考えていたことと全く違うプランを立てていた。今までの会話の流れからてっきり日柄の下へ行くかと思っていた。

「何で彼から先に?」

「そいつだけ唯一の家族持ちだったろ?」

 名簿を再確認すると、確かに容疑者の中では唯一の家族持ちだった。しかし、それが何の関係があるのだろう。

「96時間って映画観たことある? 俺あの映画好きなんだよね」

「96時間以内に誘拐された娘を救い出す映画でしたね」

『・・・・・・なるほど、マスターは素敵な悪魔ですね』

「よせやい。褒めても何も出ねえぞ」

「・・・?」

 意地悪もそこそこに、羽柴は流歌に悪魔的な計画を暴露した。


「作中にジャンクロードって男が登場してな。そいつは悪徳公務員みたいなやつで二児の父だったが、主人公が家に乗り込んできて自白させるために目の前で妻の腕を撃ったシーンがあるんだけど・・・・・・ここまで言えば分かるよねぇ?」

オートマタになりたい(病み)

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