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21世紀の盗賊

必殺仕事人のBGMを流しな

 真夜中の月すら光を拒まれた暗黒の大都会、東京の趣ある和風の屋敷では、時間に似合わぬ騒ぎと怒号が鳴り響いていた。

「逃すな! 外に出る前に何としても窃盗犯を捕まえろ!」

 喉が潰れるくらいに声を荒げるのは、日下部義孝(くさかべよしたか)という参議院議員だ。政党内でもかなり権力のある人間であり、他の政党でも彼に意見するのは難しい。そんな彼が、どうしてここまで慌てているのか。

 本日、彼の屋敷に盗人が侵入して金品等を盗んでいったのである。彼は罪人を捕らえようと、SP達に指示を飛ばしていた。

 しかし、既にその意味は水泡に帰していた。件の盗人は、塀の上から外に着地し、闇夜に滲んで溶けていってしまったのである。




「あ? 泥棒?」

 朝から羽柴は気分が悪かった。基本的に、金のかかる依頼はメールか電話によるアポが必要なのである。飛び入りだと、羽柴が不機嫌になってしまうので流歌がそう設定した。しかし、今回は相手が相手だった。朝早くから直接事務所に訪れたのは、日本の政界の重鎮である日下部議員だったのである。

 正直、現代日本の一部政治家をあまり尊敬していない羽柴たちからしたら、金になる仕事というより厄介事という印象しかなかった。特に羽柴は、民主主義ではなく哲人政治思想が強い。故に、権力はあるがただそれだけである目の前の男を快くは思っていなかった。

「近頃、政治家や企業の社長などを狙った窃盗事件が多発していてな。今日の未明に、私の屋敷にも奴が現れた」

 それは羽柴たちにも初耳の事件だった。そんな情報はニュースでも、ましてや警察からも流れてはきていなかった。

「断定したってことは・・・」

 流歌が少し恐れ多くも会話に参入する。日下部は懐から一枚の紙を取り出してテーブルに広げた。


"我が手は見えざる手なり 令和俠盗(きょうとう)・岩井戸"


 紙には意味深な一言と、犯人の名前である署名までされていた。俠盗と名乗っている犯人は、自らを義賊の一種と主張しているらしい。

「ふぅ〜ん。石川五右衛門にあこがれてってか?」

「真面目な話をしているんだが?」

 政界を長年生き延びてきた男の威圧感が突き刺さる。羽柴にはなんのことはないが、巴と流歌には少し毒だった。一粒の冷や汗が額に浮かぶ。

「警察には?」

「誰も被害届は出していない。だから警察やマスコミはこのことを知らない」

「なんで」とは聞かなかった。政治家や社長などの有権者や金持ちばかり狙われれば、そのことを知った民衆は良くも悪くも考察する。そして噂が噂を呼び、常日頃からマスコミに見つからないよう隠れなければならない日々が暫く続いてしまう。こればかりは、有名税と割り切るほかないのだ。

「警察とは関係ない私的捜査だからな。報酬は60万前払いで」

「前払い?」

「仕事やっといて諸事情により払えないみたいな戯言を防止する正当な手法さね」

 一切物怖じしない羽柴に、若造と少し舐めていた日下部は認識を改めた。彼の存在は政界でも知れ渡っている。依頼達成率100%の彼に頼めば、政治家の悪事や裏金なんて、瞬く間に裸にされてしまう。故に、政治家の間でそういった疾しいことを誰かと共有することは仲間を作ることではなく弱みを握らせる愚行に等しい。界隈が健全になったと言えば聞こえはいいが、一部の人間からしたら抑止力で脅されているような気分だろう。

「・・・分かった」

 日下部は何処かに電話をして、短く話すと直ぐに電話を切った。流歌がアプリで口座を確認すると、きっちり60万円が振り込まれていた。

「これで契約は成立だな」

「そだね〜。依頼は岩井戸の捕獲でいいかしら?」

「あぁ、そうだ」

「じゃあ準備できたらお宅に行くんで宜しく〜」

 しっかり言質を取った羽柴は、一先ず日下部を帰らせてデスクの椅子に座り込んだ。だらんと全体重を背凭れに預けるその様は、仕事を受けたばかりの人間のそれではなかった。

「正爾さんたら、そんなに脱力しちゃって・・・。あの日下部議員がそんなに嫌でしたか?」

「いやもう陰謀がプンプンしてんだもん。だってさ? 岩井戸の標的は政治家や企業の社長だぜ? そのくせ自分を義賊とか言うってこたぁ、むしろ被害者側に後ろめたい何かがあるだろこれ」

 駄々をこねる子供の如く愚痴を溢す。あと数年で三十路になる男の所作とは信じられないだろう。

『もしそうなら口止め料としてもう少し色をつけるのでは? マスターが要求した価格を上乗せすることもしなければ値切ることもしませんでしたし』

 言われてみれば、隠し事があるなら媚を売るなり金で黙らせるなり、何らかの手段を講じてくるのが常套な筈である。しかしそれをして来ないのは、何も暗い背景がないのか、または分かっていて敢えてしてこないのか。何にしろ、岩井戸を捕縛することには変わりない。真実はその時に分かる。

「よーし、お前ら準備しなさーい」

「捜査開始ですね」

『今年初の事件ということですか』

「おいメタ発言は俺の専売特許だろ」


 今回は警察が絡んでいないため、支倉に頼んでも捜査資料は出てこない。よって、被害にあった現場に実際に赴いて自分の目で調査するしかないのである。証拠が最も残っている可能性が高いのは今日被害に遭った日下部邸だ。なので、羽柴はさっき日下部に「自宅に行く」というアポを取っておいたのである。

 荘厳な門を潜って石道を渡り、歴史ある瓦屋根の屋敷が羽柴たちの前に現れた。案内役に導かれ客間に辿り着くと、既に日下部が座っていて二本目のタバコに火を点けているところだった。

「おう来たか」

 重い腰を上げて立ち、早速と言わんばかりに羽柴たちを現場に案内する。30メートルほど廊下を進んだところにある和室に通された羽柴たちは、机や本などが置かれている私室のような部屋の中に、一つの金貨を発見した。その金庫は中身が既に空になっていて、根こそぎ持っていかれたことを物語っていた。

「これが俺の被害に遭った金庫だ」

 日下部と金庫に近づき、彼は金庫が破られた日の事情を話してくれた。

「私はこの時部屋を開けていて、ほんの5分足らずだがその間に金庫は開けられてしまっていたんだ。すぐにSPに岩井戸の捜索をさせたが、奴はとっくに外に脱出していた」

「へぇ・・・・・・金庫のセキュリティは?」

 日下部がダイヤルと鍵穴を指差した。巴が近寄ってみると、100万変換ダイヤル錠という文字通り100万通りの組み合わせが存在するダイヤルと、少し特殊な鍵穴があった。ライトで照らして中身を見てみると、本来開ける向きである左側に何かが仕掛けられている。

『鍵穴のコレは何ですか?』

「この金庫の防犯装置だ。普通は鍵を左にひねれば開くが、この鍵穴ではそうするとダイヤルの番号がリセットされる仕掛けとなっている」

 日下部の金庫は開錠手順が決まっている。先にダイヤルを開けてから鍵を回さなければ開かない。その最後の関門として、ダイヤルが振り出しに戻る鍵穴が施されているのだ。

 これを数分で破った岩井戸は、相当な腕前であることは言わずもがなであった。

「じゃあ次は逃走経路だな」

 羽柴たちは靴を履いて、手入れされた庭園に足を踏み入れた。

岸辺露伴の映画、楽しみですね(何も関係ない)

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