過去から忍び寄る日陰
今回は短めです
暗くて互いの顔しか明瞭に認識できないが、三宝分小学校の最後の四年生たちは脅威に対抗しようと作戦会議を始めていた。こんな真剣に五人で集まって話し合うのは、文化祭で流木を使った木造建築をした時以来だった。
圭「じゃあ、どうする?」
リーダーの圭が場を取り仕切り、問題児たちに意見を求めた。
春樹「もしやってもいいなら、どっかで武器でも調達して闇討ちしたいんだが」
瑞樹「春樹に一票。幸いここは小山の上にある。死体処理なら簡単だねっ」
勇人「怖えって・・・」
沙也加「でも生命の危機なら仕方ないよね。命を守る行動に善悪はないもの」
圭「過激派が三人いるんだが? まとまるもんも何もないんだが?」
作戦会議は難航、いや破綻していた。自らの安全を脅かされていると認知した春樹・瑞樹・沙也加の三人が、道徳を度外視した強硬手段に出ようと考えていた。圭と勇人は、まだ人としての理性が残っていた。相手は誘拐犯ではあるが、殺人犯とは限らない。罠で危害を加えられたわけでも、凶器で追い回されたわけでもないのだ。可能性としては、カメラでこの異常な状況に慌てふためき怯える自分達を、どこかで見て楽しんでいる悪趣味な人間たちがいるという可能性がある。だが、それも可能性は低いだろう。まず場所が変だ。もしそんなデスゲームのようなことがしたいなら、もっと相応しい場所なんていくらでもあるはずだ。2階のベランダから外に出れる点から見ても、どうやら犯人は自分たちに何かしようということでもないかもしれない。圭はそう考えた。
それを確かめるためにも、まずはこの同級生たちを制御しなくてはならない。
圭「待て待て待て。取り敢えず、俺たちができる作戦は二つある」
勇人「二つ?」
圭「一つは当初通り、外に出てあの小屋まで行く。だけど、そもそもあの場所に行っても何もない可能性もある。だからこの作戦はあまり効果的じゃない気がするんだ」
最初の作戦を否定して、次に圭は二つ目の作戦を提示した。その作戦は、この訳の分からない状況を文字通り破壊する作戦だった。
当然、問題児たちはノリノリで後者の作戦に乗った。
コツン、コツン。態とらしく足音を立てながら、正体不明の人物は食堂へと向かっていった。何か動く影をその方向で見たからだ。食堂に入り、長テーブルの上に並ぶ丸椅子の隊列を見る。そして、そのテーブルの波の向こうに動く物体を見た。それを静かに追おうと近づいた時、大きな音と共にテーブルが飛んできて、丸椅子が床に崩れ落ちた。
声の出せないその人物が驚愕していると、後ろから羽交締めにされ隠れていたもう一人も出てきた。一人の女性と、短髪の男性、沙也加と春樹だ。
春樹「逮捕ー!」
沙也加「気をつけてよ春樹!」
特に抵抗することもなく拘束されたその人物は、少し目を見開いて感嘆の意を心中に浮かばせた。凝った作戦ではないが、中々どうして、暗闇を有効活用したアイデアだった。
春樹「さあ答えろ。お前は誰だ!? 腹割って話そうじゃねえか」
沙也加「悪役すぎ」
手足を抑えられた人物は、作戦が成功して一喜一憂している彼らを見て、ただ薄く微笑むだけだった。
ところ変わって、三階の図書室にも食堂で拘束されたのとはまた別の影が来ていた。人の足音がこの部屋から聞こえてきたのである。その影は、注意深く持っていた小さなライトで室内を照らした。扉の鍵を閉めて、決して近寄ることはなく、それでも慎重に本棚やテーブルを見て回る。
折り返し地点まで歩き、引き返そうと踵を返した時に、本棚の向こうから二人の人間が立ち上がって本を投げつけてきた。
勇人「おらぁ!」
圭「逃げんじゃねえぞ!」
圭と勇人は、五人もの人間を一人で拉致できるはずはないと複数犯の可能性を考慮して待ち伏せていたのだ。そして、複数班ということは個々の戦力が小さいのが定石だ。
逃げることはできない。不覚にも、図書室に入った時に自ら鍵を閉めてしまったのだ。
ハードカバーの硬い本を選んで投擲する。背表紙や角が当たって怯んだその人は、手からライトを零れ落とした。その瞬間を狙って接近した圭が腰回りにタックルして地面に押さえつけた。勇人は片手に本を持ち、不審な動きをしたら脳天に振り下ろせるように構えた。
圭「よし、捕まえたぞ誘拐犯!」
勇人「どういうことか説明してもらおうか・・・って、アンタは・・・・・・」
転がったライトが、誘拐犯らしき人物の姿を顕にした。タックルした圭も、本を構える勇人も、その意外な彼女の正体を見下ろしていた。
コツーン、コツーン・・・。
廊下と違う、フローリングの床を鳴らす足音に変わった。硬くも弾力のある床が軋む音がする。瑞樹は臆することもなく、堂々と体育館の中央に歩み寄った。彼が見据えるのは、夜の帳が下りているステージだ。
瑞樹「誘拐犯くーん、あーそびーましょー」
反響する声で、不可視の人物相手に呼びかける。靴音はしない。返事もない。だが、月が居場所を教えてくれた。床に映った影に目をやる。一つは自分の足元から伸びる影。もう一つは、後ろから蠢いてくる知らない人影。
瑞樹「シッ!」
?「うおっほい!?」
その人物・・・声からして男は、瑞樹の後ろ蹴りを躱して3メートルほど交代した。振り向いたおかげで、夜明かりに照らされたその姿を初めて垣間見た。
その男は、グレーのロングパーカーに黒いズボン、白い無地のシャツに赤いネクタイと、誘拐犯とは思えないラフな格好だった。癖のある黒髪と若めの顔に普通の人と間違いそうだが、開いた瞳孔に宿る狂気が否応にもそれをまやかしだと否定してくる。
人間の皮を被った悪魔を見るような目で、瑞樹は彼に問いかけた。
瑞樹「誰だアンタ」
羽柴「・・・誰って、羽柴正爾。東京の探偵だよ」
察しのいいそこの君なら、もう分かるよね。