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懐かしき時の指跡

コープスパーティエアプ

 無駄に靴音が反響し、階段を上がる彼らに緊張が走る。自分たちがここにいるということは、まだ誘拐犯が校内に潜んでいる可能性があるからだ。正直、靴を脱いで歩きたいところだが、何か鋭利なものが落ちていて足裏を負傷したら最悪なため、靴を脱いで移動することもできない。せめてスリッパがあればと考えたが、それらはとっくに廃棄されていた。

瑞樹「三階に到着しました〜」

圭「こんなイカれたステアーガールは嫌だ」

春樹「大股で二段飛ばしする」

圭「律儀に大喜利やってんじゃねえよ」

 圭が春樹の頭を叩いてツッコミを入れた。短髪だからか、スパァンと小気味いい音が踊り場に響いた。

 何をやっているんだ、と完全に自分のことを棚に上げていた瑞樹は、まず階段から一番近い音楽室に立ち寄った。タイルカーペットが年月を吸い込んで、くしゃりと独特の足音を鳴かせていた。古めかしい匂いが、記憶を引き出そうと海馬に絡みつくようだ。歩くたびに匂いが染み出て宙に溶ける気がした。恐らく懐かしく感じるのは、カーペットの古さとカメムシの死骸の臭いのせいだろう。

 カーテンが閉められていなかったお陰で、偶然雲が過ぎて月明かりが音楽室を照らしてくれた。そこに他の人の気配はなく、音楽準備室を探しても光沢を失った楽器があるだけだった。

「ここはハズレか。隣り行くぞ」

 春樹が先頭となって、彼らが最後にこの学校で青春を謳歌した3・4年教室の扉を開いた。イタズラで傷ついた机や塩ビのシート、夢で埋め尽くされた後方の黒板、壁に貼られた下手ながらも独創性のある絵。全てが色褪せつつもその場に残っていた。無意識に黒板に指を這わせてしまう。皮脂が黒板をなぞった指筋を暗く濡らした。

瑞樹「なんか、誘拐された恐怖より普通に懐かしさが勝つんだが?」

「「分かる」」

 圭と春樹も瑞樹の意見に同調する。ともあれ、結局この部屋には誰もいなかった。隣の部屋へと移行しようとしたところで、圭が何かに気付いた。

圭「・・・・・・ん?」

瑞樹「何よ」

圭「なんかベランダから音しなかった?」

瑞樹「あ?」

 ここに来て外に誰かが拘束されているのだろうか。念の為にベランダへの扉を開けて、一気に外に躍り出た。そこには、怯えてしゃがみ込んでいた一人の男がいた。

「ヒィ!?」

圭「・・・・・・いい歳してなにビビってんの勇人」

勇人「いや普通に怖えだろ! 真夜中の学校なんて母校であっても怖えだろ!」

瑞樹「流石イジられ担当。昔は吃音症(きつおんしょう)で上手く喋れなかったのに、今はこんなにも日常会話が上手く・・・お父さんは嬉しいよ」

勇人「同い年だろ」

春樹「真顔でツッコまれてやんの」

 ベランダにいた男は、同級生最後の男子であった勇人だった。痩せた体型に二重の瞳、高い鼻。どれも昔とは何も変わっていなかった。夏だというのにその骨身しかなさそうな痩せた躯体を見ていると、こっちまで寒そうに感じてしまう。

瑞樹「ここまで揃えばもう分かるな?」

圭「ああ。犯人は三宝分小学校の4年生だった俺たちを狙って此処に集めた」

春樹「じゃあ動機はなんだよ?」

勇人「復讐や殺害目的ではないよね。もしそうならこんなことしないで眠ってる間に殺してるだろうし」

瑞樹「賛成。少なくとも犯人は俺らに殺意は無いと見ていい」

 犯人の思惑の入り口しか分かっていない。だが、未だ暗中模索の中、瑞樹たちはこの学校から脱出するわけにはいかなくなってきたのだ。もしかしたら頑張れば玄関を経由せずとも外には出れるだろう。ベランダとはいえ外には出れるのだから、脱出する方法はいくらでもある。しかし、何も分からないまま逃げたところで、またいつの日か狙われて集められるだけだ。ならば、このまま校内を探索して黒幕を暴かなければ意味がない。

 その前に、最後のメンバーを見つけるのが先決だ。

春樹「最後は沙也加だな」

勇人「こんなとこに沙也加がいるか?」

圭「俺らがいんのにアイツいない方がおかしいだろ」

瑞樹「禿同」

 4人まで揃った元4年生たちは、最後の教室である5・6年教室へと足を踏み入れた。4年生で廃校になってしまったが故に、教室内の詳しい様子や思い出など皆無に等しい。

 だが、そんな彼らでさえ席に座るようにして眠らされていた女性に気づかないわけがなかった。

「うぅ〜ん・・・」

 魘されるように呻く彼女の前に圭と春樹は立ち、同時に机に向かって拳を振り下ろした。

ダンッ!

「わあああああああ!?」

瑞樹「おはようございます。髪切ったか沙也加?」

沙也加「タモリの寝起きドッキリやめな」

 びくりと体全体を跳ね上げて驚いた女性は、4年生の紅一点である沙也加だった。子供の頃は少しふくよかだった彼女は、昔と比べてスリムになっていた。鼻や目を見なければ、危うく分からないところだった。

沙也加「なんで君たちがここにいるの?」

瑞樹「どいつもこいつも同じこと言いやがって・・・。他に書くこと増やしてくれよ。レパートリー不足かこの野郎」

圭「メタいメタいメタい」

 混乱する沙也加に対してペースを崩さない瑞樹と、ツッコミながらも現状を説明しようとする圭。

沙也加「これ、どーゆうこと?」

瑞樹「グロ表現のないSAW」

春樹「例えが絶妙すぎるだろ」

 当初に感じていた危機感など何処へ。彼らはまるで普通に再開した友人との会話のように話していた。彼らがどこか狂っているのか、この異常な場所が神経を狂わせているのは確かだった。

沙也加「じゃあ、誘拐犯が校内を彷徨いているか、私達を監視してるってこと・・・」

勇人「ろくに電気も通っていないここで監視となれば、発電機が必要だね」

瑞樹「静かな校舎でそんな設備使えば、流石に三階にいる俺らにも聞こえている。となりゃ・・・」

 瑞樹の後に続くように、春樹が暗い外を指差した。

春樹「犯人は外。ちょうどいいのは、グラウンドの向こうにある高床式の小屋だな」

瑞樹「春樹くんよく出来ました! 成長しましたねブベェ!」

 おちょくる瑞樹にキレた春樹が、ツッコミとは言えない過剰なグーパンを瑞樹の左頬に叩き込んだ。しかし誰もそのことに触れることはない。このやりとりも、昔の彼らの脳と体に染み付いた懐かしき記憶なのである。

春樹「窓から放り出されたくなかったら外に出る方法探せ」

瑞樹「酷いよハルえもん」

春樹「そのギリギリな呼び名やめろ。せめて著作権が切れたミッキーマウスにチェンジしてくれ」

圭「どっちも特級呪物だわ」

 冗談で精神を繋ぎ止めながら、5・6年教室を出た一行は、一階へと階段を降りていく。そして、一階に足を踏み入れようとした瞬間、今日初めての異常事態が()()届いた。


コツン、コツン・・・・・・


 乾いた音が一人分、暗い廊下を疾走していった。まさか、ここにきて誘拐犯に動きがあるとは思ってもみなかった。緊迫した空気に5人は固まって動けない。このまま見つかってしまうのかと、沙也加と圭が目を瞑った時、その音は徐々に小さくなっていった。どうやら、春樹たちが降りてきた階段とは反対側に歩いていったらしい。できるだけ静かに息を吐き出した一行は、兎に角身を隠すために近場にあった保健室へと入って扉の鍵を閉めた。縦長の部屋には一床だけのベッドと、書類すら当時のまま残っているデスクがあった。カーテンは閉まっていて、月明かりがギリギリ室内を彼等に見せてくれていた。

瑞樹「よし、らしくないが作戦会議だ」

思い出はいつも美しきもの

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