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終曲(フィナーレ)

暴力は全てを解決する()

「・・・・・・この男が、犯人なんですか?」

「うん。現行犯だもん」


 一ノ瀬の目の前には、拷問にかけられたと言われても納得できるまでに痛めつけられたトルネンブラ、本名中村慎(なかむらまこと)が突き出されていた。足は折られて自力で立ち上がれず、制服から見える肌には打撲痕が見え隠れしていた。顔は一番酷く、リンチに遭ったと言われてもおかしくない。過剰という言葉がお似合いの負傷具合だった。

「なんか、ボロボロすぎませんか?」

「俺たちじゃないよ? こいつは俺から逃げるために舞台の天井から飛び降りてこうなったんだから」

 半分嘘である。舞台の天井から飛び降りた部分しか合っていない。

「つまり今回はバイオレンスシーンは無しだ。俺のこの傷だってコイツにつけられただけで、ほぼ自滅みたいなもんだったよ」

 大嘘である。自滅らしい自滅のシーンなんてワンカットもなかった。

「ちょっと! 人がせっかく穏便に事を運んでるんだから種明かしは良くないぞ」

「誰に言ってる言い訳ですか」

 中村を床に放り投げ、グッタリとしたその様を愉快そうに半笑いで眺める。どう考えても嘘ついている人間の顔だ。

「とにかく、静かに警察にコイツを突き出して仕事は完了だ。動機? そんなの警察に言えよ。探偵に事件の動機を言って何の意味がある?

俺らの仕事は犯人を見つけ、殴り倒し、殺すかサツに突き出して豚箱で臭い麦飯を食わせてオカマを掘らせることだ」

「後半アメリカ仕様になってますよ」

 その時、丁度一ノ瀬の携帯に着信が来た。電話に出てみれば、スタッフから「入口に警察が来ている」との連絡だった。

「よし。とっととこのED気味の中年野郎をドナドナしよう。もうこの話を書き始めてから1ヶ月近く経ってるし、原作者は慣れない書籍出版で疲労困憊だ。今も画面の向こうでストレスMAXで6年もののノートPCと向き合ってる」

「作者の都合で動機のシーンがカットされる犯人なんて見たことないですよ」

「そりゃよかったな。業界史上初の試みだ」

 メタい会話は止まることなく、中村は引き摺られたまま警察の待つ入口までズタ袋みたいに扱われていた。小休止と言えどもフロアの外にいる客はほとんど居らず、数少ない野次馬が群がることもなかった。

「お勤めご苦労!」

「その男が例の不審者ですか」

「そうです。この男が、女性奏者のトランペットの吹き口をベロベロ舐めようとしていた変態おじさんです」

「え!?」

 中村は愕然とした。殺人未遂犯として逮捕されると思っていたばかりに、まさかそんなチンケな犯罪者として表舞台から消えるのかと、中村の背筋に恐怖と屈辱が走った。羽柴は殺す時なら屈辱など与えることはない。だが、逮捕で済ます時は別だ。狂気的サディズムの権化である羽柴が、易々(やすやす)と犯人の身柄を明け渡すわけがない。羽柴は中村を、チンケな軽犯罪者としてこのコンサートから消すつもりなのだ。

「ま、待て! 俺はそんなことは・・・!」

「何言ってんだ。こっちは目撃してんだぞ。ねえ一ノ瀬社長?」

「え、あ、はい。確かに見ました」

「なッ!?」

 羽柴のアドリブを、一ノ瀬の咄嗟の演技がフォローした。これでより中村の立場は危うく、そして強固になっていく。

「な? この社長が証言者だ」

「分かりました。あとはこちらで預かります」

 そう言って警察は中村を、引き摺るように連行していった。外に出るまで、中村は必死に弁明していた。違う、俺はそんな奴じゃないと。だが何であれ容疑者に耳を傾けるはずもなく、妄言として誰も聞き入れてはくれなかった。スポットライトに当たることもなく、眩い光の中に消えた脇役以下のエキストラは、優雅な音のない世界へと沈んでいった。




「で、仕事は無事終わったってわけ」

『殺人事件を未遂で解決とは、大手柄でしたね』

「その代わり屈辱的な逮捕劇でしたよ。名誉毀損ものの濡れ衣を被せて突き出したんですからね」

 静岡での一件を解決した羽柴たちは、東京に戻って巴と1日ぶりの再会。土産の浜松餃子と鰻を夕飯に今回の事件のことを話していた。巴は事の顛末を面白そうに聞いている。普段は決して流すことのないドビュッシーの夜想曲が、話の異常さをより強調していた。

『殺すのではなく名誉の失墜とは、今回はどんな気まぐれが起きたのですか?』

 酢まみれの餃子を二口ほど食べた羽柴が、背もたれに寄りかかって巴の質問に答えた。

「クラシックとオッサンの名誉諸々、どっちが尊いかなんて天秤に載せるまでもねえだろ」

 羽柴はただクラシックコンサートの方が、人命よりも価値があると考えたからに過ぎない。あそこで犯人を殺していれば、混乱は避けられなかった。だから珍しく、半殺しとはいえ比較的穏便に事件を解決したのである。

『結局動機は何だったんですか?』

「それがかなりつまらない動機で・・・。音楽の夢を持ってた中村が、日本を代表する音楽企業と自分の差に嫉妬と絶望を抱いて、壊してやりたくなったと言ってましたよ」

「ほら見ろ。クソ動機だから聞く意味ねえつったろ」

『そんなゴミみたいな動機でも、裁判での量刑判断では必要な材料ではありますからね。まぁ少なくとも探偵側にとっては無意味なものでしょう』

「そう考えると探偵漫画とかアニメで犯人の動機を考えてるあのシーンってマジで意味分かんねえよな。動機から犯人探すってパターンはあるけどよぉ」

「だからメタいですって」

 クラシックがメタ空間を更に掻き回す。決して理路整然とは言えない音楽空間は、それでもなお楽しそうな雰囲気だけは失うことはなかった。

出版ってめんどくさいね

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