交声曲(カンタータ)
作者はクラシックの知識はほぼありません。
なのでなまら面倒いです。
「C線上のトルネンブラァ? ハハッ、ンだよそれ。G線上のアリアのパクリかよウケる〜」
「笑い事じゃないですよ」
「笑えるもんはしゃーねえだろ」
未だ弦を弾いている羽柴は、今回の気取った脅迫犯が少し面白く感じられた。静岡まで来た甲斐は少なくともあるだろう。
「C線はチェロの音階ですが、犯人はまさかチェロ奏者の中に居るって訳じゃないですよね」
「ンなわけねえだろ。音楽の会社に音楽用語の偽名名乗るなんてバカ過ぎる。そんな奴いたら精神科か脳外科を薦めるね」
羽柴も、C線はチェロの音階以外に別の意味が隠されていると考えていた。鉄道や光学にも同じ単語はあるが、そちらは関連性が無さすぎるため関係ないだろう。C線は取り敢えず置いておき、次にトルネンブラという聞き覚えのない単語について調べなければならない。
「ちなみにトルネンブラってアンタは知ってる?」
「いえ・・・聞いたこともありません」
「となると音楽用語じゃないのか。いや、C線とか引用しといてそんな中途半端な真似するかね?」
そうして考えていた羽柴の横で、流歌が検索エンジンでトルネンブラの正体を調べてくれていた。
「はい正爾さん」
「さーきゅー」
トルネンブラは、クトゥルフ神話という架空の神話体系の邪神の名前だった。音楽の神、厳密に言うと音楽そのものの姿をした神である。トルネンブラの奏でる音楽は頭に直接流れ込んで来る為、一度トルネンブラに目を付けられると、例え耳を塞ごうが聴力を失っていようがその存在を拒絶は叶わず、トルネンブラに取り憑かれ、その音楽に魅了された音楽家は今まで以上の音楽の力量と知識を得る代償として、次第に狂気に取り憑かれて正気を失って行く。そして、最終的にはその魂は肉体を現世に残したままアザトースという神話の最高神的存在の宮廷へと連れ去られ、永遠にアザトースの為に音楽を奏で続け、地球にはただの抜け殻となった音楽を奏でる肉体のみが残されると書かれていた。
「すげぇキショ物騒なんですけど」
「姿が音そのもの・・・自分は姿が誰にも見えない、と言いたいのでしょうか」
「盲点星付けたのび太くんですかぁ?」
「せめて伏せ字くらいしてくれませんこと?」
「ポッターくんも紳士だよな。年頃の男の子が透明マントをエロ目的に使わないなんて・・・・・・EDか?」
「話が変わりすぎですしハリー・ポッターちゃんと子供いますから」
関係ない話に飛び火してしまった。ツッコミ始めれば収拾がつかなくなるのが悪い癖だ。軽い咳払いをして、流歌は本題に話を戻した。
「"死が夜空を舞う"とあることから、これはただ演奏会を妨害するのではなく、企業又は個人を狙った殺害予告と捉えていいでしょう」
「さ、殺害予告!?」
急に物騒なことになってきた一ノ瀬は恐怖していた。犯人の矛先が会社の幹部や自分である可能性が高いからだ。一般社員を狙うのなら演奏会である必要はない。逆に、演奏会を狙って犯行予告をするということは、幹部クラスの人間を殺してかつグランディオに泥を塗るつもりだと推察できる。
「このカードはどう送られてきたのですか?」
「出社した時に女性の社員が不審な届け物があったと私に渡してくれたんです」
一ノ瀬は部屋の外を指差して、オフィス入り口に近いデスクに座るポニーテールの20代前半の女性を指差した。因みにどうでもいいが、名前は金木千尋というらしい。
犯人は郵送するでもなく、このオフィスに直接そのカードを置いて去って行ったのか。後で監視カメラも確認する必要がありそうだ。
「い・・・イタズラという可能性は無いですかね?」
「ねえよ」
イタズラである可能性を、他でもない事件解決のスペシャリストがバッサリと切り捨てた。これは本格的に警備を強化しなければならないと、一ノ瀬は半分覚悟し始めていた。
「わざわざカタカナで書いてきたってことは、極力筆跡をバレないように工夫した結果だ。ここまで凝ったイタズラ、思いついてもやろうなんて思わねえ」
最後の希望が絶たれたところで、羽柴は報酬の話を切り出した。
「確か仕事内容は、この脅迫状の犯人の逮捕だっけな。この内容に間違いや訂正はあるかい?」
「あ、あぁ。それで合っている」
「よし、言ったね|?」
含みのある言い方をした羽柴は、報酬として50万円を提示しても一ノ瀬は文句一つなく条件を呑んだ。それはそうだ。人の命が懸かっているのだ。むしろ50万円で事件を解決できるなら安い買い物である。
「では、我々は監視カメラのチェックや演奏会場の下見をした後、明日また会場に出向きます」
「よろしくお願いします」
頭を下げて見送られた羽柴たちはエレベーターに乗り込むと、一階の警備員室へと向かった。
警備員に事情を話し、脅迫状が送られてきた日のオフィス前の映像を見せてもらった。早朝の時点では普通に社員たちが出社してきているだけで不審な人物は一人もいない。しかし、そこから一時間経った時、それは何の前触れもなくカメラの前に姿を現した。
「もうコイツやん」
「見るからにですね」
現れたのは、黒いレインコートを着た謎の人物だった。靴以外の全身を覆っていて性別すら判断がつかない。その人物は一枚のカードを取り出して、郵便受けの中に投函して再びエレベーターに乗り込んだ。
そして、少しするとまた社員たちが出社してきた。その様子から、さっきの不審な人物を目撃したようには到底見えなかった。その中には金木を含め、オフィスでチラホラ見た顔がいたが、誰も特に怪しくはなかった。映像の最後には、一ノ瀬が悠々と出社して全員の出社が確認されて終わった。
「あの黒いレインコートの人はどこ行ったんでしょうか。別の階の非常階段から出たのでしょうか」
「それもっと目立つくね? 朝のビルの非常階段にレインコートだぞ。リトルナイトメアの方がまだ自然なまであるわ」
エレベーター内なら監視カメラが付いているはずだと映像記録を探してみたが、その日は偶然の悪戯なのか故障してしまっていた。これで
「では、何処に・・・?」
「誰にも見つからずにレインコートの人間が消えるには、方法は一つしかねえだろ」
「・・・・・・まさか、エレベーター内でコートを?」
犯人が消えたトリックとして考えられるのは、カードをオフィスに置いて再びエレベーターに乗り、その中で素早くコートを脱いでリュックかバッグに隠す手法だ。エレベーターは窓がないから外から見えないし、脱ぐだけなら簡単にできる。つまり、犯人はレインコートの人物以降に出社してきた社員の中に居るのだ。
「だとしても数が多くないですか?」
「まあ一応絞れたっちゃ絞れたし、次は会場のホール行こうぜ。叫んだら反響するのかな〜」
「登山客?」
amazarashiが至高だと思いません?