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序曲(オーヴァチュア)

スイートプリキュアの加音(かのん)町も浜松ってこと?

 歪な音が耳に突き刺さる。ピアノの不協和音でも、下手なソプラノの悲鳴でもない。だがこの音が私には必要だと、オンブラは音もなく嗤った。

 より鋭く、より鋭利に、より細やかに・・・。研ぎ澄ませば研ぎ澄ませるほどに、頭の中の未来が鮮明になっていく。赤く染まる妄想を何としても現実にしてやろうと躍起になって練り上げた「それ」は、モレンドへと確実に近づいていくために必要な楽器となっていった。






―静岡県浜松市―

「YAMAHA、クリプトン・・・音楽の街というより、俺ら若者にとってはDTMの街って感じなんだが」

「サブカルチャー脳で考えすぎです。DTMじゃなくても音楽産業は盛んですし、ローランドの本社だってあるんですよ」

「俺か、俺以外か」

「大文字か小文字かの違いしかないですソレ」

 7月初旬の熱を帯びた風と日差しが、夏の訪れを号外の如く報じていた。雲が少ないこの日は、残念なことに羽柴たちの肌を直射してメラニン色素を破壊しようとしている。このままでは汗が滴り肌が荒れてしまう。羽柴と流歌の二人は、浜松駅前で微妙にゆらめく陽炎を見ながら朧げに呟いた。

「・・・なぁ、俺ら何でここ来たん?」

「株式会社グランディオからの依頼です。詳細は喋ってくれませんでしたけど」

「巴も残念だよなぁ〜。東京で待機とはよぉ」

 今回の依頼で静岡に来たのは羽柴と流歌の二人だった。巴は東京で仕事があった時用に今回は留守番である。事務所を閉めればいいだけなのだが、羽柴がそうしなかったのは巴の洗脳のためだ。最近やたらと巴の忠誠心が上がってきて犬みたいになってきたと思った羽柴は、あえて巴を一人にして自分にどっぷり依存させようという腹なのだ。

 きっと帰ったら犬のように顔をベロベロ舐められるに違いない。というか舐めさせる。

「邪念が頭から発されてますよ」

「一昔前の漫画かコノヤロー」

 日差しのせいでいつにも増してクソみたいなことを宣いながら目指すのは、アクトシティ浜松という駅前の複合施設があるアクトタワービルだ。そこに依頼人である音楽関連の大手企業である。楽器はもちろん音楽制作からイベントまでを一手に担っている、日本有数の音楽会社だ。

 そんな企業が、別に表の世界では有名でもない羽柴探偵事務所に依頼したということは、どこかでネタを掴んだり推薦されたと考えられる。

「まあ俺らに頼むくらいだから十中八九事件だろーな。・・・メンドクセェ」

「新幹線に乗る前にそれを言ってください。浜松くんだりまだ来て言っても遅いですよ」

 招集場所が駅前のビルで良かったと安堵の息を吐いた。まだ8月が控えているのに暑さにやられるようじゃ、探偵事務所は夏休みを設けて9月まで休止することになっていただろう。1ヶ月程度休んだところで困らないくらいに金は稼いでいるが、それはつまり1ヶ月間も人を殴ったり殺したりできないことと同義なのだ。

 そうなったら、羽柴はトラブルや事件を求めて都内をゾンビの如く徘徊するだろう。最悪、自分で事件を起こす可能性も羽柴なら捨て切れない。

「俺から事件を奪うな。殺したくなる」

「怖いですって・・・」

 早歩きでビルのエントランスに入り、快適に調整された空調をその身に受けた。汗が冷えて一層涼しく感じられた。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 受付のコンシェルジュが羽柴たちに来訪目的を聞く。羽柴は右手の親指と小指を立て、耳元で震わせた。

「グランディオ君からお仕事の依頼でーす。探偵に依頼なんだからトイレ掃除とかオーケストラメンバーの代理とかじゃねえことを祈るよ」

 支離滅裂な返答に若干戸惑いつつも、アポイントメントの確認を行なった。少しして、確認が取れたコンシェルジュが羽柴たちの入場を許可した。

「お待たせいたしました。株式会社グランディオは右奥のエレベーターを乗りまして20階になります」

 通された羽柴たちは右奥のエレベーターに乗り20階へと上がっていく。暫くして到着の機械音がボックス内に鳴らされ、両サイドに扉が開けば珍しいことにオフィスに直通となっていた。ベンチャー企業のような、従来のデザインに縛られない自由かつシックなデザイン。大企業と聞いていたからもっと堅い感じと思っていたが、皆それぞれ思い思いの私服を着て仕事をしている。

 流石は時代の最先端を走る大手音楽企業。伝統を履き違えたそこらの木端企業とは天と地、月とスッポンの差がある。

 綺麗な大理石の模様をしたタイルカーペットを歩き、奥にどんどん進んでいく。役職が高い人物は、フロアの奥に居ると相場は決まっているのだ。

 アポを確認したのだから不審者だと思われる筋合いはないと、ズケズケと奥へ進んでいく。そして、扉を開いて我が物顔で社長室へと入室したのだった。

「ハロー、エブリワン!」

「うわっ! びっくりした〜・・・」

「ヒャハハハハハ! すまんねえ、こんなことしかできない脳みそで産まれちまったからよぉ」

 社長の前に急に現れた粗暴で狂った男に一瞬の混乱が頭を支配したが、冷静にタイミングを考えた結果アポを取っていた羽柴探偵事務所だと理解した。()()()()()()()、一癖二癖もある男のようだった。

「すみませんウチの所長が」

 遅れて流歌が入室する。もしこれがアポの確認も無しに来ていたら大変にややこしい事態になっていただろう。だからと言って、まともな羽柴など今更見たくもない。その二律背反の思いが流歌に苦笑いを強要させる。元凶の男は、人の気も知らず、というより知れずに今日も滅茶苦茶やっているようで安心した。

「羽柴探偵事務所です。今回は静岡県まで出張させてまで、どのような依頼ですか?」

 流歌が事務的に話を切り出した。羽柴は勝手にオフィスにあったアコースティックギターを持ってきて、遊び半分で話を聞いていた。「あ、彼は気にしないで大丈夫です」と若干無理のある流歌の言葉に少し戸惑いながら、依頼主であるグランディオの社長は依頼内容を明かした。

「はじめまして、私がグランディオ代表取締役社長の一ノ瀬航(いちのせわたる)です。とあるツテから貴方たちを紹介してもらい、今回のトラブルを解決してもらいたくお呼びしました」

「トラブルですか」

「〜♪〜〜〜♫」

 真面目な話のBGMみたいに、羽柴のギターが社長室に鳴り響く。余りにもカオスな空間にツッコむと話が進まないため、流歌はもちろん一ノ瀬も無視を決め込んだ。

「はい。明日、このアクトタワーで演奏会が開催されるのですが、それに対する脅迫状みたいなものが2日前に送りつけられてきたんです」

 そう言うと一ノ瀬は、デスクの中から一枚の紙、いやカードを取り出してきた。

「カードに脅迫文が書かれてるんですか? 洒落た犯人ですね」

 手渡されたカードは演奏会のチケットをコピーしたもので、番号など購入者情報が読み取れそうな部分は塗りつぶされていた。

 そこには、漢字とカタカナのみでこう書かれていた。


"3日後、浜松アクトタワーノ演奏会ニテ死ガ夜空ヲ舞ウ。

          C線上のトルネンブラ"

ギター侍か、ギターヒーローか。

私ならギターで切腹したいです。

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