変身
作者の世代は仮面ライダーアギトです
港区立北野中学校の3年二組教室―――。
6×6の勉強机が並ぶ学徒の学ぶ部屋で、羽柴は誰のかも分からない机の上に座っていた。教壇の机は新しいものに取り替えられているが、まさしくその上で第四の事件の被害者である野口諭は死んでいたのである。うつ伏せで机の上に倒れていて、同じく顔はぐちゃぐちゃだった。そこかしこに飛散した歯や肉が落ちていた。
教師を狙った犯行、この事件は少し妙だと思っていた。どれだけ捜査資料を読んでも現場を検証しても、被害者の接点は本当にひとつもなかった。ならば犯人の犯行理由は何なのか。それを考えた時に、ある可能性が浮上してきた。被害者同士の繋がりはないが、犯人との繋がりはあるというパターンだ。これで考えれば容疑者は探しようはある。しかし、そこで一つネックになってくるのが、巴が探している瀧也という少年だ。彼とこの事件の関係は今もハッキリとしてはいない。だが、無関係ということもない。
巴が言っていた部屋の小説と地図帳。羽柴はそれを聞いた時から、怪しさしか感じていなかった。仮に、その瀧也が犯人として暗躍しているなら、自分の部屋にこれ見よがしにそんな物を残しておくか?
断言するが、それはない。犯人は支倉が見つけた爪を除いて、一切の証拠を残していないのだ。そんな犯人が、自分の部屋にまるで犯人だと匂わせるような物を置いていくなど考えられない。
よって、瀧也は犯人ではなく、逆に犯人に仕立て上げられていると考えられる。
「でもなぁ、人殺したいなら自分でやりゃよくね? 他人使って人殺す理由・・・手を汚したくねえとか? いやだったら人に成らねえでゴム手袋して手洗い消毒しろよ」
白い時計が小刻みに時を刻む。時の音と共に羽柴の思考が深く深く沈む。そして、暗闇の中に幾つもの泡が浮かんでは弾けていった。地図、行方不明の少年、徐々に近づく犯行現場、パーカーの男、引っ掻き傷、顔潰し・・・。
それら全ての泡が一つにまとまり、弾けて眩い閃光を放った。
「・・・・・・あぁ、そーゆー」
ニヤリと笑った羽柴は教室の窓を開けて教室を立ち去った。
巴は、最初の殺人があった足立区に来ていた。ここに来る前、両親から瀧也の通っている高校に行き、捜査協力として彼の学校での交友関係を教師陣から聞いた。その結果、彼は優等生であるが故にとある男子不良生徒の逆恨みに遭っていたらしい。その生徒は父親が与党議員らしく、教師も強く止めることができていなかった。彼は趣味でジムに通っていることも聞き出せた。その男の家がこの足立区にあり、住所と地図を照らし合わせると、近くに丁度いい空きビルが一つだけあることが判明した。
竹ノ塚駅からタクシーで20分、車から降りた巴は目的のビルを見上げた。地上5階、地下1階のビルは人がいない気配はすれど、巴が見た限り地下はそうは思えなかった。一階から上に繋がる階段は埃が被っていて足跡もないのに対し、地下へと続く階段の壁には服スプレーによる落書きが多数描かれており、階段も人が通るため埃が少なかったのだ。どうやら犯人は不良グループの一人で、地下をアジトにしているらしい。
どうせ出入口は一ヶ所しかないため、隠密はやめて堂々と靴音を鳴らしながら降りていく。すると見張りであろうガラの悪い男が巴に気づいて歩いてきた。
「おい女。こんな所に何の用―――」
言いかけた男の顎が揺れ、その直後に再び頭部に衝撃が走った。何をされたかも分からないまま男はコンクリートに寝そべった。
『迷子センターからお知らせです』
巴は見張りの人数から、そこまで大規模なグループではないと当たりをつけた。何十人規模なら見張りは二人以上にしてもいいはず。でも一人だったと言うことは少人数のグループで、見張り役に割ける人数が一人しかいないということだ。なら巴一人でも制圧は可能と考え、どうせ羽柴も辿り着くだろうと確信めいた予想をしてボロい地下通路を歩いていく。そもそも上野の事件でヤクザ事務所を単独制圧した巴なら、唯の不良の集まりなどどうってことはなかった。
「ぎゃあああああ!」
「おあぁぁぁぁ!?」
半グレの薬指と中指をへし折って地面に捨てる。やはり、ただ喧嘩慣れしているだけでは実力不足だった。相手はただの可憐な少女ではなく、十何人もの人間を殺した連続殺人鬼なのだから殺されていないだけマシである。
脛を砕かれた者、歯をへし折られた者、そして今まさに巴にピアスを引っ張られて唇や耳を千切られた者。コンクリの空間に、地獄そのものが誕生していた。
返り血を敵の服で拭った後、巴は突き当たりの扉を開けた。そこは不良のアジトっぽくテーブルやパイプ椅子が置いてあり、奥にはもう一つ扉があった。そして、部屋の中央には青とグレーのパーカーを着た男が立っていた。左頬に絆創膏を貼った素顔を晒したままで。
『こんにちは、家出したのび太くんを探しにきました』
「・・・誰だお前」
男は巴から目を逸らしたままだ。
『新入探偵の西園です。貴方、最近男の子を誘拐しましたね?』
「はぁ?、何言ってんだお前。そんなやつ何処にいるってんだよ」
『その奥の部屋・・・・・・瀧也くんを監禁してますね』
初っ端から核心に触れる発言に男は動揺を見せない。巴は気にせず推理を続ける。
『瀧也くんの部屋にあった地図や小説。あれは、連続撲殺事件の犯人を瀧也くんに擦りつけるための嘘の証拠。貴方は瀧也くんを拉致し、服まで奪って成りすまして犯行に及んだ。動機は分かりませんが、貴方の顔には被害者に付けられた引っ掻き傷があるはずです。その絆創膏の裏に・・・。
そうですね? 瀧也くんと同じクラスの、坂上皐くん」
頬を指差された坂上はじっと巴を見据える。だがその目には、どこか恐怖があるように思えた。ゆっくりと彼の口が開かれ、挑発的な声色が発せられた。
「で? 俺の頬に傷があるから何? 仮に奥の部屋にその瀧也くんとやらがいたとして、俺が攫った証拠にならねぇだろ。全部ただの推理だ。分かったら俺の仲間をあんなにした落とし前をつけてもらうぜ」
態度は尊大なのに、目だけはこっちを見ようとしない。巴はこのチグハグな男を掴みかねていた。
そこに、巴の後ろの扉が開かれ誰かが入ってきた。スーパーのビニール袋を片手に、惣菜のコロッケを食べながらダラリとしているその男を、巴は信じて待っていた。
「なんだあのきったねえ廊下はよぉ。生肉が転がってて不衛生もいいとこだぜ」
『マスター・・・!』
来たのは当然、羽柴正爾だった。買い物帰りのようなラフな格好で、撲殺事件の犯人の前にやって来たのだ。
「なんだおっさん」
「おっさん? 俺の顔にほうれい線でも見えんのか?・・・つか初対面じゃねえだろ」
「あ?」
「こないだ俺にニーキックかまそうとして失敗したシャバ僧だろぉ?」
人の気に触る笑顔に、坂上の額に血管が浮き出そうになる。それを見た羽柴は更に調子に乗った。いつもの、芝居がかった身振りが始まった。
「証拠を残さないようグローブはめて顔も隠すのは見事。だが、んなことやっても結局ムダムダっ。巴が人間関係からお前を割り出したように、俺もお前を割り出した。現場以外のとこからな」
「何言ってやがる?」
「知りたいか? なら、この続きは次回で話そうではないか」
仮面ライダーってあんまり武術っぽい戦闘しないよね。変身するキャラが一般人だからだろうけど。
いっそのこと坂口拓とか岡田准一みたいなのが変身した方が面白いのでは?
いや変身いらねえやん。