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俺の獲物、私の保護対象

穏やかじゃないですねぇ(他人事)

 羽柴は荒川区にて、第二の殺人である神田晶殺害現場に寝転がっていた。オフィスビルの間に挟まれた、人ふたり分ほどの幅しかない路地裏は殺害にはうってつけの場所だ。夜なら暗くて、音さえ出さなければバレることはない。それに、この先は行き止まりでビルへの裏口しかない。

 逆を言えば、ここに被害者が迷いがことなんて普通はあり得ない。それに被害者は商社マンだ。半グレとかならまだ分かるが、そんな立派な職についている社会人が、こんな怪しい路地にのこのこと入っていくなんて考えられない。

 普通はそう考えるが、羽柴はむしろ被害者たちを信用していなかった。すぐそこの路地は監視カメラがある。路地に連れ込まれたなら警察でも情報くらい掴んでいるはずだ。なのに、事務所に依頼した時点では警察はめぼしい情報を何も得ていなかった。

 よって被害者は連れ込まれたのではなく、自らこの暗い路地へ入っていったことになる。となれば、被害者はなぜ此処に来たのか。証拠は何もないが、もしかしたら真っ当な商社マンなんかじゃないかもしれない。

 そんな人物を犯人はたまたま狙ったのか、もしくは黒い何かを持つ人間だけを狙っているのか。

「・・・・・・仕方ねえ。第三の現場にでも行くか」


 そう思って立ち上がろうと状態を起こした瞬間、通りからこちらへ走ってくる人影があった。

「あ?」

 誰かから追われてる・・・訳もない。もしそうなら表を走って目立った方が得策だ。ならば何故こちらへ走ってくるのか。


ブゥン!

「危ねぇーー!?」


 結論:羽柴への襲撃

 逆光を利用した飛び膝蹴りは、上体を逸らして回避した羽柴の顎先を掠めていった。立ち位置が逆になったことで、その姿が薄らと見える。フードを被った、グレーとブルーのツートンパーカーと紺のデニムを履いた若い男のようだ。タイミングを見てもこの男が犯人と断定していいだろう。

 唐突な招かれざる客の不意打ちに、羽柴は焦ることはなく感激していた。最近あまり人を殴れていなくて欲求不満だったのだ。このストレスを誰にぶつけようか日頃から悩んでいたところに都合のいいサンドバッグが来た。これを二重の意味で流す手はない。羽柴の指がパキパキと鳴る。

「いいとこに来たなお前! 死ぬまででいいから俺に殴られてくれよぉ!!」

 羽柴をここまで狂った男だとは思っていなかったようで、パーカー男の体が少し強張った。羽柴の後ろにある表通りへの出口には、羽柴の大声を聞いて野次馬が集まっていた。これでは来た道には戻れない。不意打ちが失敗した時点で不利と悟った男は、羽柴に背を向けて路地の奥へと逃げていった。

「あぁ!? おいコラ待てや! ちょっと殴り殺させろつってるだけじゃーん!」

 逃亡犯を追う殺人犯。と言っても誘われていることは重々承知だ。しかし羽柴は、罠よりも犯人を殴りたいという暴力的欲求を優先することしか脳になかった。突き当たりにあった扉を開けてビルの中へ逃げた犯人を無警戒で追いかける。

 逃げ込んだビルは、テナントが一つも入っていない空きビルだった。エレベーターが閉じる音がして電光板を確認すると6階へと上がったようだ。羽柴は防衛省乱入の時と同じく階段を駆け上がった。あの時よりは疲れなかったが、27歳の体には流石に酷だった。

「ゼェ・・・ゼェ・・・ウルトラマン語しか言えなくなっちまいそう」

 呼吸を整えながらも思案する。ここに上がってくるまで、自分以外の階段を上る音はなかった。つまり、犯人はまだこのフロアにいる。

 そこは空のオフィスが一つしかなく、出入り口も一箇所だけだった。袋小路かと思い扉のノブを捻ると鍵が開いている。これは、確実に誰かがここに居る。羽柴はゆっくり開けることもせず、帰宅したみたいに扉を開け放った。

「観念しろ、デトロイト警察だあああああ!」

「!?」

 部屋にいた人物は驚いた表情で羽柴に振り返った。しかしその人物は、羽柴が予想していた人物ではなかった。


『マ、マスター?』

「・・・あrrrrrれぇ〜? なーんで巴が?」


 部屋にいたのは襲撃してきた男ではなく、何故か別件だったはずの巴だった。

 どういうことだ? もしやダブルブッキングか? 羽柴は珍しくこの状況に困惑した。

「なんだお前。支倉の増援か? それとも失踪事件でたまたまここに来たか?」

『いなくなった高校生の瀧也くんの部屋にあった地図帳がここを示していたので来てみました。マスターこそどうしてここに?』

「ボマィエ繰り出してきた野郎のケツ追っかけてたらここに来た。エレベーターで誰か来たろ?」

『いえ、誰も来ていません』

「ん〜〜???」

 巴の事情は分かったが、犯人はどうやって消えたのか。それに対する答えは、冷静に考えてみたらすぐに閃いた。

「・・・あークソ。ボタンだけここに押して乗らなかったなあの野郎」

 犯人はエレベーターのボタンで6階だけ押して乗らずに逃げたのだ。羽柴の推理は当たっていた。足音もせず、巴が目撃もしていない。癪だが、彼の逃がした魚は大きかった。




『・・・今回の事件、絶対繋がってますよね』

「あたぼうよ。でなきゃ二つの事件でばったり会うわけねーだろーが」

 何もないフロアの上に座りながら、のほほんと今回の事件の裏を推理する。瀧也という男を追っていたら、連続撲殺事件を捜査している羽柴と交わった。少なくとも、その瀧也が関係しているのは間違いない。

「交わるって少しエッチだね」

『今なら誰もいませんよ?』

「シチュエーション気に入らねえからパスで」

 今更犯人を追っても疲労するだけであり、そもそも逃亡先が不明である。自ら飛び込んできたカモを逃した羽柴たちは、今日は店仕舞いにしようと考え始めていた。

「・・・・・・なあ」

『はい』

「もしその瀧也ってガキが連続殺人の犯人だったら、お前は俺を殺すかい?」

『まさか。私は仕事ではなくマスターファーストですよ。喜んで身柄を差し出します』

「乗ってみてぇなそのクラスの飛行機」

 事件が交差した時点で、巴は薄々感じ始めていた。失踪した瀧也が撲殺事件の犯人なのではないかと。事件が話題になってきてからの失踪、意味深に示された地図帳のマーク、そしてあの小説・・・。

 どれもこれも、瀧也が犯人だと示している気がしてならなかった。依頼人の家族も瀧也の身柄もどうでもいいが、依頼失敗となって羽柴の探偵事務所の看板に泥を塗ることだけは避けたかった。

 私は貴方のお役に立てます。そうでなければ、せっかくの心の拠り所を失ってしまう気がしたのだ。

「さってと、一回帰るか。ポトフちゃんと用意してるかな?」

 床から起き上がった羽柴に引き起こされる形で巴が立ち上がった。伽藍堂の部屋から出ていきエレベーターに乗り込んだ時、巴は確認として羽柴に瀧也が犯人だった場合の対応を聞いた。

『・・・マスター』

「あ?」

『私が追っている子が犯人だったら―――』

「あー皆まで言うな。その心配は二分の一の確率で杞憂に終わらぁ」

『二分の一?』


「楽しみだなぁ〜。ローマのブチャラティか、カリオストロのクラリスか・・・」

 羽柴が愉悦を楽しむように喉を鳴らして笑った時、エレベーターの扉は無機質な音を立てて閉じられた。

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