悩める地獄の後継者
娘の成長を見守る二人の父親って感じで書いてました。
誰が父親だって?
羽柴正爾とディスマンです。
-N棟最上階-
コトンと羽柴と流歌の前に淹れたてのコーヒーカップが置かれた。羽柴の隣には、彼専用にここの主が用意した角砂糖入れが置かれている。ガラステーブルとレトロな洋風の部屋模様、棚や壁に置物や写真は確認できるが、書物の類は一つも置かれていない。部屋の主が、二人の前のソファに座る。
「いやいや、探偵さんに会える日が来るとは。あ、わたしここの組合長の長岡と申します。」
「普通は会わない方がいい職業なんですけどね」
「おーい誹謗中傷だぞう。あ、流歌そこの角砂糖5つくれ」
早速住人に聞いて、2人はN棟の最上階にある住民組合長の長岡の元に来た。流歌が最初に長岡を見た印象は、普通の人当たりのいい初老のお爺さんって感じだ。流歌に限らず、大体の人が長岡に同じ印象を抱くことだろう。
だが、第一印象ほど当てにならないものもない事を羽柴は知っていた。結局、人の本性と第一印象に何の関係性もないことは長年の経験が物語っている。こういうタイプの人間に対する聞き込みは、流歌のほうが向いているだろう。
聞き込みは流歌にでも任せて、自分はだらりとリラックスしながら甘すぎるコーヒー吟味にしけ込もうと決めた羽柴は、もう聞き耳しか立てていない。
「昨晩から早朝にかけて怪しい人や物音などはありませんでしたか?」
「その時間になるともう皆寝ちゃってますからね。私も寝てましたから・・・」
「今日の遺体発見前に、貴方は何処に居ましたか?」
「その時間は・・・まだ寝てたと思います。早朝に散歩する人はこの団地で栗林さんだけですから」
羽柴は、栗林の日課を知っていることに引っ掛かりを覚えた。団地のトップとはいえ、かなり住民の行動に詳しいような口振りだ。アパートのような少人数ならまだしも、何十人もの住人が住むような集合住宅で、そこまで詳しい人間もかなり珍しいと感じた。
「結構詳しいな。住人の生活リズム」
羽柴が長岡に探りを入れる。だが、長岡は涼しい顔で探りを流して見せた。
「長年ここで組合長やってますし、古参の方がほとんどですから覚えちゃいましたよ」
「そうなんですか。・・・・・・長岡さんと同じくらい長くここに住んでる人とかって、何人ほどいらっしゃるんですか?」
「うーん・・・・・・確か6人くらいでしたかな?」
「6人・・・・・・はい、ありがとうございました」
「いえいえ。また手が欲しければお声がけください」
流歌と長岡の質疑応答が終わった。もうここには用はないと、残ったコーヒーと底に溜まった砂糖を一気に口に流し込む。玄関で靴を履き、振り返りもせず家を出ていこうとする羽柴を追って、流歌もお辞儀を済ませた。
にこりと笑って、長岡は家を出て行く2人の背中を見送った。
長岡の家を出た羽柴らは、下には降りずに長岡に黙ってN棟の屋上に来ていた。羽柴が、屋上からも現場を見渡したいと希望したからだ。適当な理由だと分かっている流歌も、信頼ゆえに羽柴に何も言わなかった。公園が見える側の手摺に2人して寄りかかり、今も現場見分して死体がある地面を見下ろす。羽柴に至っては、手摺の上に腰を掛けていた。
「・・・で、何でここに来たかったんですか?」
流歌が羽柴に屋上に来た本当の理由を問い質す。
「いやぁ棟と棟の間がすげえ離れてたからさ。大道芸人でも呼んだら面白くなるかなーって」
流歌がまた羽柴に聞いても、意味不明なことしか言わない羽柴。毎度の事であるにもかかわらず、今回は不安のほうが勝ってしまったらしい。流歌の雰囲気が沈み気味になった。
「・・・そんな気分に誰もなれませんよ」
「あらら、そー?」
いろんな意味でいつもと変わらない羽柴。だが、今回の事件に流歌は頭を悩ませていた。どうやって遺体を朝までに公園の中央に捨てるのか。それが皆目見当がつかなかった。死体を捨てること自体は難しいことじゃない。問題は、誰にも見られず捨てなければならないという点だ。
今までも、流歌は羽柴に悩まされてきた。いや、厳密には羽柴に遠く及ばないのに彼の義娘であり助手となっている自分の実力不足に苦しめられていた。羽柴のような天才的な推理力も、犯人との格闘力も、凄惨な事件に遭遇しても決して折れない精神力も足りない。羽柴の場合は、折れるもなにも精神に異常をきたしていて折れる精神がそもそも存在しないのだが、流歌は羽柴のそんなとこも羨ましかった。
小さいころから「私は正爾さんの後継者になる」と公言しているからこそ、肉体と精神が成長しても力が追いついていない現状に憤りを感じていた。
羽柴は、そんな珍しく顰め面で悩む流歌を横目に話を続けた。
「血糖値足りてないんじゃない?駅前にアイス売ってるから行ってきたら?」
「それが真剣に悩んでいる義娘にかける言葉ですか?」
「悩んでどうこうなるなら下のポリ公だけで十分だろ。固くなんなよ若人。頭を柔らかく・・・って言っても難しいか。軽く考えろ!思いつきとか閃きとかに頼れ!」
羽柴の口から飛び出したのは、探偵というよりなぞなぞ大百科を読む小学生のような言い草だった。自分の悩み、本当に羽柴にいつか追いつけるのかという不安がこみ上げていた流歌は、羽柴の可笑しくも楽観的な態度に悩んでいることがバカバカしくなっていた。
「簡単に言いますね。正爾さんは何か分かりましたか?」
「死体の捨て方は大体わかったね」
「なるほど・・・・・・・・・・・・
え?もうそんな所が分かったんですか・・・!?」
羽柴は既に真相の一部にたどり着いていた。
「うん。といっても俺が考えるまでもないドシンプルな方法だったけどな。じゃあ俺は三浦ちゃんの大学にでも行ってくっから。死体遺棄をバレずにやった方法の解明は任せたぞー」
「え、正爾さん無しでですか?」
「お前、俺の仕事いつか継ぎたいんだろ?俺の鼻を明かしたきゃそれくらいやってみせな?因みに俺はまだ分かってない。期待してるぜっ」
羽柴は普段の悪魔的な笑みではなく、人並みの柔らかい笑顔で流歌の頭をわしゃわしゃと撫でて、屋上を後にした。
「支倉にも情報共有しといて〜」という言葉を最後に、羽柴は慧聖女子大へ向かうために現場を出て行った。屋上で1人残された流歌の心を埋め尽くすのは、無茶振りを課せられたことに対する疲れや呆れはなく、喜びと使命感だった。
滅多に期待してるなんて口にしない羽柴が、期待していると言ってくれた。それに頭も撫でてくれた。彼に謎の解明を頼られた嬉しさが、身体の中を込み上げてきた。
アンフェールの娘として、失敗は許されない。流歌は、決意を新たにもう一度現場を見下ろした。
「・・・・・・あ、支倉さんに電話」
支倉に情報を共有することを思い出しながら。
思春期は大体の少年少女が自分の存在に悩むことでしょう。
私も高校生時代には同じ経験をして学校近くの河川敷で虚無感に浸ったりしていました。
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