煙か夜に消えて
心理戦とかやりてぇ〜
でも羽柴にゃ似合わねぇ〜
羽柴は最初に第一の殺人事件があった、足立区の現場へと足を踏み入れた。
見晴らしはあまり良くなく、死亡推定時刻からして目撃者もいないだろう。そんな夜中の公園で犯行ということは、犯人は被害者がここを頻繁に通ることを知っていたことになる。辺りを見回しても、なんの変哲もない小さな茂みと3メートルほどの木が数本生えているだけである。
リュックから資料を取り出して照合してみる。被害者は全員仰向けで見つかっている。外傷が一番酷いのはどれも顔だ。犯人は顔に何かしら強烈なコンプレックスがあるのだろうか。
「家ん中だったり路上だったり・・・めんどくせえな。マニュアル通りに動いてくれや」
無差別殺人の可能性もゼロではない。だが、本当にそうならあのような特徴的な犯行現場の移動はおかしい。もっと不規則出会ってもいいはずだし、無差別ならむしろ在住している地域の中で起こす方が合理的だ。
無差別でないのなら、犯人は被害者を選んで犯行に及んでいる。ということは、彼らに対して犯人が殺すに足り得る動機がある。
「でもなぁ、それが分かんねーからウチに仕事来てんだよなぁ〜」
頭をガシガシと掻きながら、羽柴は道のど真ん中で座り込んでいた。現場に来たは良いものの、証拠が残っているわけでもなく、とんだ無駄足になってしまった。諦めて公園を出ると、このご時世に珍しいラーメンの移動式屋台が道路の横を歩いていた。この東京でまだ絶滅していなかったのだな。そう思っていると、羽柴はあることを閃いた。
「そういや、あーゆうラーメン屋って深夜でも徘徊してるよな・・・?」
移動式の屋台は東京中を移動するようなハードワークはしない。自分の自宅を起点とした、ある程度のエリアの中でラーメンを売っているのだ。つまり、この公園はあの屋台の縄張り。であれば犯人の目撃情報くらいあるかもしれない。
羽柴はラーメン屋の大将に目撃情報を聞く取材費としてラーメンを一杯食べることにした。
「よお大将。俺探偵で調べ物してんだけどさ、ラーメン食うからちょっと話聞かせてくんない?」
「それくらいいいぜ。何がいい?」
「塩。あ。胡椒多めで」
「はいよ」
大将がラーメンを作りながらも、羽柴に目撃情報を聞かれている。
「この公園で不審な人見たりしなかったか? 夜中とかに」
「ん〜〜〜・・・・・・そういや一回見たな」
「お、マジか。いつだってばよ」
大将が怪しい人物を見た日は、清水遼が殺された日と一致していた。大将は間違いなく犯人を目撃していたようだ。警察がマークしていなかったのは、不規則にこの場を通るから存在すら気づかれていなかったのだろう。もっと捜査能力を上げて欲しいものだと、人間性に乏しい男は心にもなく嘆いていた。
「見た目とか顔は知らねえの?」
「フード被ってたから顔はちょっと・・・。でも服装はなんか若者って印象だったな。公園から走って出て行ってたよ。あそこは夜中に通る人は少ねえから、知らねえ奴が通ったらここらをよく通る奴なら誰でも怪しく感じるわ」
犯人は若い人間で性別は不明。男なら素手だろうし、女なら手に凶器を着けての犯行になる。鑑識結果からは物を使って殴ったような痕跡は発見されていなかったから、男性の線が濃いだろう。
初っ端で躓いたと思った捜査も持ち直してきたようだ。ツキが回ってきたと浮かれだした羽柴は、目の前に出されたラーメンを勢いよく啜った。
ガツンと塩辛くあっさりした味が今後の展開を占うジンクスのように感じられた。
―――――――――
巴は品川区北側のマンションへと足を運んでいた。5階の一室に住む、失踪した息子の両親と対面し詳しい事情を聞くためである。
「探偵事務所の方ですか。いらっしゃいませ」
出迎えたのは、40代前半の夫婦だった。二人の年齢から失踪した息子は10代後半から20代前半と推察できる。
リビングに通された巴はソファに腰掛けて、出されたお茶を一口啜った。対面には息子の両親が座り、無意識に拳を握りしめている。息子を本気で心配している様子から、どうやら家族間に問題があるわけではなさそうだ。
『では、息子さん失踪当日の状況をお聞かせください』
「え、声が・・・」
『あぁすみません。昔怪我で喋れなくなったので、この音声デバイスを使っています』
「は、はぁ・・・」
機械音声で喋る人など滅多にいないためと驚き半分興味半分の反応をした二人だが、気を取り直して事件当日の状況を伺った。
『息子さんのお名前はなんですか?』
「瀧也です」
『年齢や身長は?』
「18歳で、身長は確か169センチです」
『失踪当時、部屋に何か不自然な点はありませんでしたか?』
「財布や携帯が無くなっていました。あとは、息子が愛用している服が一式ありませんでした」
今までの情報からすると、高校3年生の男子が家出したと考えるのが妥当だ。携帯や財布がないし、愛用の服もない。つまり、瀧也は自らの意思で家を出ていった可能性が高い。
もしかしたら行方不明とか誘拐の線もあるかもと思っていたが、その心配はなさそうだ。しかし、ここで一つ不可解な問題が残る。彼は何故家を出て行ったのか。家庭内に問題がないのならば、家を去る意味は何もない。
ならば彼の知人が絡んでいるのだろうか。結論を言うとそれもない。もし知人の絡みならば、家族に書き置きの一つくらいしていくだろう。どこに行ったのか何も手がかりを残していないのは、瀧也自身に何か後ろめたいことがあるということの証左だ。
おおかた推理した巴は、このことを夫妻に言うことは控えた。物証があるわけでもないため、余計な結論の露呈は仕事の邪魔になる。理系らしい合理的な判断を下した巴は、次に瀧也の部屋を見ることにした。
部屋は普通の高校生っぽい感じで、三段本棚には漫画がびっしり入っていた。勉強用の机には地理の教科書や地図が置かれており、ベッドは綺麗に整えられていた。
「どうですか?」
巴が何かを見つけてくれることを期待している瀧也の父が、少し不安を帯びた声色で声をかけてきた。巴は本棚の所まで行くと、手前の本を何冊か取り出して奥の本を確認しはじめた。
最初に本棚を見た時、巴は何かあると感じていた。漫画とは、基本的にどの出版社も書籍の高さが決まっている。なのに、一番上の段の奥には不自然な隙間があったのだ。そして調べてみれば読み通り、漫画ではなく一冊の小説が出てきた。
『瀧也くんは小説を読むんですか?』
「い、いえ、私たちはそんな話聞いたことありません・・・」
母は息子が小説を買っていることに心底意外だという表情をしていた。たった一冊だけ買った小説、これは非常に怪しい。もし結局小説を買って面白くなかったら捨てるなり売るなりして処分する。逆に面白ければ他の小説も何冊かあってもいい。なのに、あるのはこの一冊だけ。
巴は小説の栞が挟まれたページを開いてみた。そこには、犯人を過剰に追い込む闇の探偵が描かれていた。瀧也はどうやら、ダークヒーローという存在に強い憧れがあるようだ。
『・・・・・・隠してた理由はこれですか』
彼がこの本を大事に隠してた理由は、その描写にあった。簡単に言うと、野蛮でグロテスクだったのだ。こんなシーンに憧れている少年とは、少し危険な匂いがしてきた。
小説は一旦閉じて、今度は机の上にあった地理の教科書を見やる。試しに開いてみても、中には何の手がかりもない。教科書を置いて、次は地図帳を開いてみた。すると一箇所だけ付箋が挟まっており、そのページを開くと荒川区の地図だった。
『なんで荒川区だけを・・・?』
その疑問が解けたのは、地図に書き込まれた赤い×のマークを見つけた時だった。
拳で(解決したい)




