連続殴殺事件
ヒーローは称号ではなく、大義名分です。
偉い人にはそれが分からんとです。
『本日午前三時、港区のマンションに住む桂孝太郎(39)が撲殺遺体で発見されました。顔面は判別が難しいほどに痣だらけで、体にも十数箇所の打撲痕がありました。警察は、本件を巷で発生している連続撲殺事件と同一犯として容疑者の行方を追っています―――』
五人目となる事件の被害者が発表された。景気の悪すぎるニュースのチャンネルを変え、情報バラエティに舵を切る。角砂糖が5個入ったコーヒーがいつもより少し美味に感じた。
「撲殺とは趣味がいい。あの手から直接感じる肉と骨を破壊する感覚がマジ堪んねぇよなぁ!?」
『マスター鎮静剤です』
「あぁ〜サウナで整ってる気分〜」
医療用のプロポフォールを投与されながら連続撲殺事件の報道を見る羽柴ら。警察が最近忙しい理由は、目下この野蛮極まる殺人事件にある。
犯人は被害者を家の中だろうが路地裏だろうが場所を選ばずに襲撃して殴り殺している。その残虐さと言ったら、羽柴が興奮するほどだ。骨はもちろんのこと、中には顔の限界を留めていない遺体さえあったのだ。
そこまでやるからには相当な恨みを買っていると警察も考えたが、被害者に共通点は何一つ見つからなかったのである。このことから、犯人は人を殴ることに快楽を覚える快楽殺人犯という方向で捜査を続けている。
『実にマスターが好きそうな事件ですね。マスターも銃器より刃物とか鈍器、素手の方がお好みとプロファイリングされてます』
「全くもってその通りだけどいつプロファイリングされた? どっかの誰かがwikipediaにでも載っけたの?」
『いえ私の観察の賜物です』
「お前かぃぃぃぃ!」
ギャグ漫画テイストのコントを無視して、流歌は被害者たちを興味深そうに見ていた。どうせまた警察から仕事が来ると予測していたからだ。
リンリンリンリンリン!
いつもと違う電話音が事務所に鳴り響く。電話の音というよりは、海外の学校で鳴る始業ベルのような喧しさに似ていた。
「正爾さん、電話音いじりましたね?」
「ゴーストバスターズ出動みたいでいいだろ?」
「フローズン・サマー見てから変えてください」
『それ関係ありますか?』
しょうもない数秒も終えて羽柴が電話を撮った。
「はい、こちら葛飾区亀・・・」
『開口一番にぶっ込んでくんじゃねえよ』
「んだよ最後まで言わせろよ。空知先生とか全然余裕でパロディしてたじゃねーか」
電話はお馴染み支倉警部からだった。警察は羽柴に依頼する時は重要度の高い事件を優先的に依頼してくる。つまり、これから支倉の口から出てくる事件が何なのかは、三人にはすでにお見通しだった。
「タコ殴り事件だろどうせ」
『流石だな。ニュースで見ただろうが、被害者の共通点も犯人の痕跡も残っていない難事件だ。お前にピッタリだと思うが』
「確かに。じゃあ今回の報酬は30万円で手を打ってやるよ。あ、あと押収した薬物からMDMAを2gくれ」
『幻覚見たいからって警察に頼むな毒キノコでも食ってろ』
プーーーと通話の切れる音がした。すぐに捜査資料が事務所に送られてくることだろう。しかし、警察もケチなものである。使い道のない押収した幻覚剤くらい分けてもいいではないか。
「何考えてるかは検討つきますけどダメですからね?」
「海外行って合法キメてきていいっすか?」
「依頼受けたのに海外へ逃げるんじゃありません。どれだけトびたいんですか」
「セツナトリップくらい」
「インフルエンザの時に見る夢でも見ていてください」
『任せてくださいマスター。MDMA程度なら製造できます』
「いよっしゃーーーFoooooo!!」
「何ですかこの人間失格・・・」
さらに手遅れに拍車がかかっている男を三白眼で見つめているとPCの通知音が鳴った。警視庁から捜査用の資料が到着したようだ。
そこには事件現場の様子や犯行手口、そして被害者のより詳細な情報が載っていた。
事件現場に一貫性はなく、一定の区内で行われているわけではない。犯行手口は拳による殴殺だが、犯人のDNAが残っていないことから手甲やグローブを着用していると考えられる。
被害者は皆、死後もなお殴られ続けていた。皮膚は剥がれ、歯や鼻は砕け、中には眼球すら潰されていた。犯人はどうやら、顔を整地するのが得意らしい。
「これがパンチドランカーってやつですか」
「パンチしてる側が酔ってどうするんですか」
グロテスクな遺体を見ても冒涜的な発言をしながら、羽柴はマジマジと写真を見ていた。顔が識別できないほど殴る気持ちはよく分かる。自分もVRゲームでモブの顔が真っ赤になるまで殴り続けたものだ。しかし、事件ともなればそうはいかない。犯人の嗜好が如実に表れる。
試しに殺害場所や犯行時刻を見比べる。場所はバラバラで、羽柴の目から見ても共通点はない。犯行時刻もバラバラだ。だが、ただバラバラな訳ではなかった。最初の被害者である清水遼という若い男は、足立区の公園内の遊歩道で発見された。次がその一週間後、荒川区のビルの路地裏で神田晶という商社マンが殺された。更に一週間後、今度は千代田区で小田結城という20代後半の女性が家のソファの上で殺された。さらに一週間後、今回と同じ港区で野口諭という中学社会科の教師が、所属中学校の教室で殺されていた・・・。
このことから、羽柴は既に犯人がどの区域にいるかは絞れていた。
「犯人は港区在住、または職場がある奴だろうな」
「根拠は犯行現場の移動と頻度、ですね」
同じ結論に辿り着いた流歌が先に推理の根拠を述べた。言葉は発しないが巴も同じ考えのようだった。犯人が港区に頻繁に現れるという証拠は、東京23区の地図を見れば一目瞭然だった。
犯人はまず、居住区域からできるだけ遠い場所で犯行に及んだのだ。それは単に自分の居場所がバレることへの恐怖心からだったのかもしれないが、犯人は品行犯行を重ねていくと近場に変えていった。港区でのみ二人殺害されたのは、犯人が完全に殺人犯として覚醒してしまったことの証拠だ。
連続殺人犯は警察だけなら逮捕まで非常に長い時間を有するのが当たり前だが、羽柴ならどうにかなるだろう。慣れすぎて気が緩んでしまうくらいに、羽柴の実績は信頼されていた。
「よし、占い師に犯人当ててもらおうぜ」
「他力本願寺に出家しないでください」
「ちぇちぇちぇのちぇ〜・・・・・・なら面倒くせえけど現場一件ずつ見て回るか」
羽柴は立ち上がると携帯と財布だけを持って事務所を出ようとしていた。
『私も同伴しなくてもよろしいのですか?』
「あ? お前は宿題があんだろーが。夏休み最終日まで貯めとくとエライ目遭うぞー」
羽柴はそう言ったが、大学を卒業した巴に宿題なんてない。巴は羽柴とは別の案件があったのだ。こちらは事件とかいう程ではなかったのだが、ある家庭の息子が家出したので探して欲しいという依頼内容だった。専任の仕事のため巴は手が空いておらず、久方ぶりに羽柴一人で事件の調査に乗り出すこととなったのである。ちなみに流歌は普通に学校だ。
「じゃ行ってくらぁ。帰ってきたらポトフ用意しとけよ〜」
『「行ってらっしゃい」ませ』
二人の声を背中に受けて、羽柴は玄関を出て愛車に乗りエンジンをかけた。
「まずはえーっと、足立区か」
曇りがかった空の下を、爆弾を乗せた一台の車が颯爽と走り抜けていった。
犯人説得してるネゴシエーターの方がよっぽどヒーローじゃないの?