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異邦からの異教殺し

カチコミにテンション上がりすぎてタイトルが銀魂みたいになってきた。


 靴音が打撃音で打ち消される。

 階段を上がるだけなのに、肉薄する音、地面を伝わる衝撃、壁に飛び散る血漿がバイオレンス映画の世界を投影しているかのようだった。

 羽柴たちは巴に露払いを任せて、悠々と階段を上がり通路を進む。侵入者をシメようとバットや短刀などお構いなしで使ってくる椎倉組員を、これまた巴も殺さない程度に張り倒して羽柴たちのための道を作っていく。

 たまに靴裏に折れた歯の感触がして気持ち悪いが、血の匂いがすることでチャラとしよう。

「やっぱ赤と黒って映えるよな〜」

「血とヤクザのスーツ見て言うセリフじゃないんですよ」

「ウゴアォォォ!?」

 場違いな談話を凄惨な道で繰り広げつつも、奥の廊下では巴が最後の一人の股間を蹴り上げて金的をし終わったところだった。

「お、いいぞー巴! ここでお世継ぎを断ち切るんだ!」

「最低な鬼滅の刃やめてください」

 死屍累々の通路を進み、組長室の前に立つ。流石に羽柴もすんなりドアを開けようとはしなかった。これだけ騒ぎを起こせば、罠の一つくらい仕掛けてあるはずだ。

 しかし、羽柴の頭の中は全く別のことを考えていた。

「いいかー、相手が組長でもノックくらいしてやらんと堅気として失礼だぞ」

 羽柴はコン、コン、コンと三回ノックして堂々と扉を開けた。

「どもー羽柴くんでーっす。椎倉くん、そっちがその気なら入った瞬間に全員ぶっ殺すからねー」

 入ってすぐ右の隅に、案の定銃を懐にしまうヤクザがいた。組長が指示して銃を仕舞わせたのだろう。社長室のようなヴィンテージ物の机に、60代半ばほどの男が座っている。羽柴がくん付けで呼ぶものだからてっきり若いと思っていたが、あれは羽柴の巫山戯(ふざけ)だったようだ。白髪はオールバックに纏められ、口の端から頬にかけて残る傷跡がヤクザとしての威厳と箔を付けていた。

 実のところ椎倉は、銃声が一発も鳴らない奇妙な襲撃に何となく羽柴が来たと予想はしていた。十中八九若い衆が羽柴と知らずに喧嘩を吹っ掛けたと容易く想像できる。

 閉口しながらも相対した二人は、緊張感の張り詰める部屋の中で、軽い声色で話し出した。


「・・・よぉ、久しいな小僧」

「ヘイヨー、人生五十年はどうしたよジジイ」

「儂が信長に見えるか? 遂に幻覚まで見えるようになったか」

「信長は見えねえが時折船底とか脈動する心臓が見えたりする。今朝は葉脈を這いずり回るエジプトの奴隷が見えたよ。あれが世界の真理かな?」

「悪化してんじゃねえか病院行け。強力な鎮静剤が必要だぞ」


 流歌は呆気に取られていた。強行突破されたはずなのに仲の良さそうな二人は、互いに軽口を言い合っている。聞けば羽柴が昔に椎倉組員を捕まえたららしいが、その因縁とかはないのだろうか。

「お前ら勘違いしてるらしいが、昔の話は下っ端の独断だったんだぜ。ヘマやらかして逮捕された。そんだけのことだから当時の組員はだれも恨んじゃいねえってことよ」

「それに小僧は時々うちの商品を買っていくからな。恨む理由は儂には無いわい」

 絶対にヤバい商品を買ってる。今度事務所内を整理もとい検査する必要がありそうだ。

「じゃあ何でカチコミしたんですか」

「ジジイに話通して迎え入れられたところで、俺を知らん下っ端は跳ねっ返るだろ。だったら最初から力関係を叩き込めば後々の面倒が減る。これぞお得情報」

 暴君の論理は参考にならない。いや、暴君というより狂王の方が正しい。ただし、ルートヴィヒ2世よりもずっと悪辣である。

「今日は何用だ?」

「最近トカレフ売った()()いねぇ?」

 ストレートに用件を切り出した羽柴だが、普通なら顧客の情報をリークしたら裏社会では信用に関わってしまうため、黙秘や証拠隠滅を図る。しかし、アンフェールを知っている者からしたら、むしろ協力した方が関係を築けて最終的にプラスになると考えるものが多い。それだけ、羽柴が敵に対して行う手段は恐れられているのだ。

「正爾さん、なんで外国人だと?」

「日本人なら、銃で殺そうとは普通しない。それに、硝煙反応から犯人は被害者と距離を取って殺した。それだけ離れていたということは、被害者の知人とかではない。

そもそも、知ってるやつなら犯人の名前を書き残すだろ」

 銃とダイイングメッセージの二つの証拠から、羽柴は犯人が外国人ではないかと疑っていた。だからこそ、付近で銃火器を売り捌く椎倉組を尋ねたのである。

 椎倉は部下に棚のファイルから一人のアジア人の資料を取り出させて羽柴たちに見せた。

「2日前にミャンマーから来た外人がうちの売人のところに現れてトカレフを一丁買っていった。鍛えられた体とタトゥーから、軍事関係者かもしれないと報告が上がってる」

 紙には顔写真と名前のみ書かれている。シェサン、それが犯人の名前だった。

 ミャンマーでは基本的に苗字は存在しない。両親の名前や生まれた曜日など、様々な要素で構成された名前がつけられることが一般的なのだ。

 これらの情報を聞いて、やっぱりなという表情で手を叩いた羽柴。彼は、犯人の正体がやっと分かったようだ。

 外国人、ミャンマー、軍事関係。この三つが示す犯人の正体は、羽柴の壊れた脳内CPUでは一つしかなかった。


「なるほど、ミャンマー国軍か」

「ミャンマー国軍? ミャンマーの政府軍ってことですか」

「そんなシンプルなもんかね。確かに奴らは政府の軍だが、アウンサン・スー・チー含めた政治犯への人権侵害や偏った教育や弾圧のせいで、国民からの評価は最底辺だ。しかも3年前には、軍が政権を奪取しようと企図したクーデターも起こしてる。

つまりロクでもない軍隊ってこと」

『では、その国軍がなぜこの日本であの絵を狙っているのでしょうか?』

「それは知らん。残る手掛かりは、小牧が残したマークだが・・・」


 スマホの写真ファイルから血で書かれたピースマークを表示する。その様子を見ていた椎倉は、面白そうに笑って羽柴に小言を言った。

「小僧、お前ミャンマーの現状を知らんのか?」

「あ?」

「そのマークとミャンマーを結んでみな」

 椎倉の指摘通り、携帯でミャンマーとキリスト教について調べてみると面白いことが分かった。

 ミャンマーでは9割近くが仏教徒であり、少数宗教であるキリスト教をミャンマー国軍は弾圧・迫害しているらしい。記事の写真には、砲撃で壊された教会が写っていた。

「・・・・・・あーそうか」

 この瞬間、羽柴はあのマークに込められた意味を完全に理解した。掴み損ねた光が中枢に集約していく幻覚が瞼の裏に広がる。

 羽柴は悪どいニヒルな笑みを浮かべて、組長室を出ていこうとした。

「オッケー。サンキューな椎倉のジジイ。あ、それと部下の躾はちゃんとしとけよー」

 ぷらぷらと手を振って部屋を出ていった羽柴は、台風のような存在だった。これ以降、二度と椎倉組は羽柴たちに敵対するような態度をとることはなかった。


 再び国立西洋美術館に戻ってきた羽柴たちは、ちょうど美術館から出てきた支倉と出会(でくわ)した。

「羽柴、やっと帰ってきたか」

「おう、そっちゃどうでしたー?」

「監視カメラのチェックや聞き込みをかなりしたんだが、怪しい奴は誰もいなかった」

 カメラにも人目にもついていない。つまり犯人は監視網を潜り抜けて逃走したか、まだこの上野公園のどこかに潜伏しているかの二択ということだ。

 その中でも、羽柴は後者である可能性が高いと考えていた。なぜなら犯人は、まだ目的を何も達成していないのだ。

「ふーん・・・・・・じゃあ今日のところは撤収しようぜー」

「お前、犯人を探しにいかねえのかよ」

「探す必要なんてねえよ。すぐに殺鼠剤撒かれたネズミみたいに穴から這い出てくらぁな」

 そう言って羽柴は、二つだけ警察と美術館に指示を出した。それは、あと数時間もしないうちに効いてくると彼は予言し、その場を立ち去った。

ダン・ブラウン先生ありがとう

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