ごめんください、カチコミです
ヤーさんって見分け意外とつかないですよね。
刺青があったらヤーさんなのか、指が無ければヤーさんなのか。
その人たち含めて、一度でもグレた人間は消えないカルマを背負っていくものだと思います。
御託並べてないで人間としてのプライド持って生きていく方が美しいですよ。
贋作だったダ・ヴィンチの絵。それは、西洋美術館史上最大の不祥事だった。
しかし、贋作の作品が今回の殺人とどう関係するのか。そう考えた時に、まず最初に思いつくのは絵のすり替え強盗だ。犯人は小牧を殺害後、何らかの目的でサルバトール・ムンディの絵を盗んだ。それを贋作とすり替えて現在逃亡中。
筋書きとしては合格点だが、羽柴はそんな筋書きを鼻で笑った。合格点どころか及第点にも届かないと言ったのだ。
「だったら紙で偽装なんて杜撰な真似するかよ。これを贋作とすり替えたのは、どっちかっつーと小牧の方じゃろ」
羽柴は砕けた贋作を更に踏みつけると、三人に向き直って今回の事件の大まかな流れに関する推理を話し始めた。
「犯人は小牧からあることを聞き出したかった。だが彼の口のチャックはアロンアルファで閉じられていて何も話さなかった。だから犯人は彼を殺して、そのあることの鍵となるサルバトール・ムンディを持ち去ろうとしたが、贋作だと気づいた犯人は手ぶらで美術館から逃げ出した」
「こんなところか」と一息ついた羽柴は、壁に寄りかかって休憩しだした。確かに一理ある推理だが、本当に大雑把な部分が推理できているだけで、詳しいところは何も分かっていない同然だった。
「あること、とは?」
「それはまだ何とも。今できるのはそうさな・・・・・・銃を売った奴に話聞きに行くことくらいかな?」
支倉は羽柴な詰め寄った。誰が犯人に銃を売ったというのだ。お預けをくらった犬のような気持ちで、支倉は羽柴と顔を向き合わせる。
「誰だ」
「上野に確か、椎倉組っていう海外とパイプが太いヤーさんの事務所があるだろ。あそこは銃の密売前科もあるし、そこ行こうや。海外とのパイプが太いなら、密輸だって一番やってるだろうしな」
椎倉組は上野地区を縄張りとする暴力団で、主に密売をシノギにしている組織だ。遥か昔に、その組の下っ端を逮捕したことがある羽柴は、上野にその椎倉組があることを覚えていた。
「てな訳で、俺ら三人で行ってくる。お前が来ると奴さん殺気立っちまうしよぉ」
「おいちょっと待て羽柴。なら本物の絵はどこにあるんだよ」
立ち去ろうとした羽柴を呼び止めた支倉は、まだ重要な事を聞いていなかった。本物のダ・ヴィンチの絵はどこに隠されたのかをまだ羽柴から教えられていないのだ。
一旦立ち止まった羽柴は、翻って支倉にヒントを渡した。
「サルバトール・ムンディは縦65センチ横45センチの絵だぞ。その絵、一回りデカくねえか?」
「一回り・・・まさか」
「じゃーなー」と手を振って一度美術館を立ち去った羽柴たち。破壊された絵を前に支倉は、鑑識にもう一枚向こうの絵を分析してもらうよう手回しすることにした。
いや、その前に一つやることがある。
支倉は近くの警官を捕まえて新たな指示を出した。
「おい、美術館ではなく、この公園全体の監視カメラ映像を入手してくれ」
上野公園の北側。国道319号を少し路地に入ったところにある十字路の一角に、三階建てのベージュの外装をしたシンプルなビルが建っていた。看板は出ていないが、少し張り込んでみればすぐに分かった。ガラの悪い大人が数人出入りしている。どうやら昔も今も、椎倉組の事務所の住所は変わっていない。
「よーし、行くぞー」
電柱の陰から見ていた羽柴は、人の出入りを確認すると警戒心ゼロで歩いていこうとした。それをすかさず流歌が袖を掴んで止める。
「いやそんな軽く言われても・・・相手は銃器の密売してるんですよね。普通に行ったらマズいと思うんですが・・・」
「あのな流歌くん、ヤクザとの付き合い方は二つある。一つは組長や幹部と友好関係を築いて利用する。もう一つは、カチコミかけて力で上下関係を叩き込む。
ヤクザは勝ち負けに煩い。勝てばどんだけ悔しくても、必ず従わなきゃいけない。それが、漢を売る稼業って奴なんだぜ?」
無防備にふらっと寄ったかのような軽妙さで椎倉組の入口に近づいていく。外に見張りはいなかったが、エントランスには明らかにヤクザである若手が三人ほど屯していた。
「あ? おい兄ちゃん、ここはお前が女連れてくるところじゃねえ。出て行きな」
射殺さんと口調荒く凄んでくるが、人間失格の羽柴に通用するわけもなく、彼のマイペースが炸裂した。
「うぃ〜っす。椎倉くんいるっしょ? 銃の売買で話があんだけど」
「パンピーの人間が気安く組長を読んでんじゃねえ。ぶっ殺すぞコラ」
「てめぇこそ若手の分際で一端の極道気取ってんじゃねえよ」
嗜虐心が働いて若手のヤクザに威圧を返した羽柴。貫禄があるわけでもないのに、まるで幾度も人を殺したことがある人間を前にしているような、血の匂いを錯覚するほどの殺気に若手たちは一歩後ずさってしまった。
「お前らに選択肢を三つやろうではないか」
仰々しく気取った語り口で、羽柴は選択肢を提示した。
「一、俺らを素直に通す。
二、俺がお前ら含めて組の奴ら全員を汚ねえ地面に沈める。
三、―――」
二つ目の選択肢まで言った羽柴は、三つ目の際に急に巴の頭に手を置いた。これが意味していることは一つしかない。
「―――俺の代理で巴がお前らを半殺しにする」
「・・・・・・は?」
この男は何を言っているのだ? 今までにない理解不能な目の前の人間に、椎倉組員は状況を飲み込み辛くなっていた。
「お前アタマオカしーんじゃねーのかぁ? こんな小娘がお前の代理? ハッ、どっちがやったって変わんねーよバカが!」
「あ、そっすか。ということで巴くん、後おなしゃーす」
巴を前に出して羽柴は流歌と三歩下がって見物することにした。椎倉組員は舐められている受け取り、例え女が相手でも手加減する気など失せていた。無表情な巴が、自分より身長の高いヤクザを見上げる。
『マスターの期待に応えるため、地べたを舐めてもらいます。殺せとは言われてないのでご安心ください』
「テメェには地べたより先に俺の靴でも舐めさせてや―――」
そこから先の言葉を喋ることはできなかった。顎がかち上がり、数本の歯と血が宙を舞う。そして背中から倒れた名もなきモブは、二度と立ち上がってはこなかった。
「お、おい!」
倒れた仲間に目を奪われた瞬間、首に上から刃の錆びたギロチンでも落ちてきたかのような衝撃に見舞われた。何をされたかも分からないまま、二人目の意識はブラックアウトした。
目を離していなかった三人目のヤクザだけは事の顛末を全て見ていた。最初に巴がヤクザの顎を蹴り上げ、二人目の目線が下に向いたところを首に踵落としを決めた。ただの娘だと侮っていたが、その実身震いするほどの武闘派だった。
彼らは知らないが、巴はただ化学に精通した頭脳派ではない。羽柴によって戦闘術に磨きがかかってしまった、アンフェール至上主義の武闘派と成り果てていたのだ。
なりふり構わずドスを抜いて切り掛かるが、受け流された勢いで自分の腿を刺してしまった。
「ぎゃあああああ!」
『抜きさえしなければ命に別状はありません』
感情の込もってない無機質な声が戦意を砕いた。力無く項垂れた様を見届けた巴は、羽柴の前に戻ってキラキラした目を向けている。
「おーよしゃよしゃよしゃ。ムツゴロウさん並みの愛撫をお見舞いしてやろう」
『♡』
「無力化された極道と元殺人鬼を撫で回すリアルレクター博士・・・。マーベルもびっくりの雑食ですよ」
「早く行きましょう」と流歌が急かすので、撫で終えた羽柴は再び巴に指示を出す。
「よーし巴! この調子で組長室まで道を開くのだ、モーゼの如く!」
『サー』
「これなんて神室町ですか?」