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救世主は誰を救うか?

みんなも、国立西洋美術館に行こう!

個人的に年パスがお勧め

 午前零時を回った時、男は既に虫の息だった。

 匠による美しき芸術が犯行の一部始終を静かに見守るばかりで、誰も銃声に気付くことすらなかった。

 左の肺に穴が空き、ドクドクと血が外界へ流れ出ていく。血が溜まり、呼吸も困難になってきた。

 靴の音を鳴らしながら、襲撃犯は立ち去っていく。今しかない。

 男は傷口を抑えながら、部屋の中央へと(のろ)く歩いていく。その特別な空間で、世界の至宝たちが色めく芸術の中央に置かれた胸像の台に背をもたれた。

 指に自らの血を薄く付着させ、男は命のインクを書いたのである―――。






上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)


 羽柴・流歌・巴の三人は、上野駅の公園口に来ていた。なぜ彼らがここに来たのか。その理由は単純、ここ最近は大した時間が無かったからなのだ。殺人事件もワクワクドキドキするほどの犯人もトリックもなかったため、主に羽柴のフラストレーションが溜まっていた。




 遡ること朝6時。休日なら大体のダメ人間が寝ている時間帯に、羽柴は巴によって起こされた。

『マースタっ。朝でーすよー』

 半分起きている最中、耳元で甘くて暖かい声がした。しかも、かなり至近距離だ。目だけを動かして横を見てはじめて、巴が横で寝ながら起こしてきていることを知った。

「・・・朝っぱらから萌え声で起こすな。朝から朝チュンする気になる」

『マスターの血圧が上がりましたね。ASMRの動画を見て学んだ甲斐がありました』

「次はVRでよろしくぅ」

 色んな理由で完全に目が覚めた羽柴はベッドから飛び起きる。

「んあ゛あ゛〜〜・・・で、事件ねえの? なんかこう、リンチとか連続殺人とか通り魔とか」

『あればマスターにいの一番にお知らせしています』

 碌な事件がないことにFワードを吐き捨てる羽柴。最近は犯人を追い詰めることができていなくて狂気と暴力性の発散ができていない様子だった。


 そこで流歌は、国立西洋美術館でダ・ヴィンチ展が開催されることを知り、西洋美術好きの羽柴を誘って三人で行くこととなったのだ。


「天気は曇り多めの晴れ。日差しが少なくて実によろしい!」

「これくらいやらないと勝手に死刑囚殺しに行きそうですもん」

『マスターが幸せそうで幸せです』

「これが最大多数の最大幸福か!」

「1ミリも(かす)ってません」


 白のワイシャツに赤ネクタイ、黒のジーンズというシンプルな私服で来た羽柴は、横に二人の美少女を侍らせながら駅前の木の下にあるベンチに腰掛けていた。

 左隣には白を基調としたお洒落なブラウスに黒のミニスカートを着た巴が、表情の乏しい小悪魔みたいに寄り添っている。

 反対側には、これまた白いブラウスに水色のAラインスカートを履いた流歌が、羽柴の手に手を重ねていた。黒く短いブーツが映えている。

 何故彼らがこうして駅前で待っているかというと、予定時刻より早く来すぎたからである。国立西洋美術館は9時30分に開館するのだが、現在は9時28分だ。立って並ぶのが嫌いな羽柴が、どうせオンラインチケットを買ってあるのだから30分になるまで座って待とうと言い出したのである。


「ダ・ヴィンチつったらアレは見てえな。最後の晩餐」

『常設展に同じのありませんでしたか?』

「あれは作者が違う別物です」

『はぇ〜』

「ブフォッ!」


 機械音声で聞く巴の間の抜けた声に思わず羽柴は吹き出した。悪びれることもなく一頻(ひとしき)り笑った羽柴は時計を見る。

 すると、長針と短針がたった今9時30分になったのを捉えた。今ごろ美術館の門が開いている頃合いだろう。ベンチから立ち上がり、空いたはずの西洋美術館前へと歩いていく。

 国立西洋美術館は、JR上野駅公園口から公園敷地内に入ってすぐ右側に在るためすぐ目に入った。

 だが、羽柴の予想とは大きく違った。

 人が全く減っていない。それどころか、誰も美術館の中に入っていかないのだ。これは流石に何かあったな。厄介ごとの匂いを嗅ぎつけた羽柴は、チケット代を無駄にしたくない一心で人混みを掻き分けた。

 最前列に躍り出ると、どうやら警察が中に来ているようだった。せっかく絵を見に来たのになんて最悪な日だ。ダイ・ハードもビックリである。

「・・・・・・ん? あ、羽柴探偵!」

 立ち入り禁止テープ内で野次馬や来館予定だった人々を制していた警官の一人が、羽柴たちに気づいた。

「また支倉警部の依頼ですか?」

「まっさかぁ! 俺の至福の一時(ひととき)を先に台無しにしたクソ野郎を殺しにきただけ」

「半ギレだからいつもより言葉選んでないですね」

『気持ちは心中お察しします・・・』

 捜査の助けになるからと、警察は羽柴たちを美術館の中へと案内した。そのまま常設展側に案内されると思いきや、右の突き当たりにある階段を降りていく。この時点で羽柴は察した。今回の事件は、ダ・ヴィンチの特別展が絡んでいる。


 ダ・ヴィンチ展の入口には、無線で羽柴たちが来ていることを知った支倉が待っていた。

「その様子を見る限りじゃ、ダ・ヴィンチ展を観に来たら台無しにされてたってオチか」

「ご明察! 事件のおかげでダ・ヴィンチの名作をお目にかかれるなんて光栄だね!」

『顔キレたままですよ』

 羽柴は激怒した。

 必ず邪智暴虐の犯人を殺すと決意した。

 事件現場が特別展のお蔭で一般人が立ち入り禁止になって観やすい環境にはなったが、特別展自体を壊されたことには変わりない。

「被害者は誰?」

「特別展の責任者である小牧隆道(こまきたかみち)40歳。死因は左胸部を銃で撃たれて失血死だ。硝煙反応から、犯人は被害者を少し離れた位置から撃っている。で、大事なのはコレなんだが・・・」

 支倉が見るよう指示したのは、展示室の中央に鎮座するダ・ヴィンチの胸像だった。そこには、支倉が言っていた小牧隆道が寄りかかった状態で死んでいた。左胸には数センチの小さな銃槍が、血で汚れたスーツを赤黒く染めていた。

「銃弾はもう押収して分析しました。凶器はトカレフTT-33、日本では暴力団がよく持つ拳銃です」

 鑑識が羽柴に報告する。一般人が日本でそんな銃を手に入れるなら何処かで購入したはずだ。

 銃社会ではない日本で銃が欲しいなら、することは二つに分けられる。

 一つは、自分で作ったりエアガンを改造する。恐らくこのパターンが一番多いだろう。しかし、その場合は本物の銃弾は撃てない。だからボールベアリングのような鉄の鉛玉で代用したりする。

 もう一つ、こちらが今回のケースに一番当てはまるだろうが、暴力団などから大金はたいて購入した。実弾を使っているならこっちで間違い無いだろう。

「正爾さん、台座にダイイングメッセージがありますよ」

 流歌が台座に書かれている血文字を指摘した。右手の人差し指が伸びたまま死んでいることから、被害者本人が書いたものでいいだろう。

「そう、これが一番の問題なんだ羽柴。なんて書いてあるかは分かるんだが、肝心の意味がさっぱり分からねえ」

 小牧の真横の台座には、日本語で文字が書かれていた。しかし、そこに書かれていたのは犯人の名前でも遺言でもなかった。

 左端には円の中央に縦線が一本通り、その線の中心地点から更に左右に線が斜め下に向かって伸びているマークがあった。

 そして、肝心の文章はこう書かれていた。




"神の園を荒らす穢らわしい悪魔を獅子となった救世主がお救いくださらんことを"




現代美術も捨てがたい。

特にタイトルや解説がないと意味すら分かんないものとか大好物です。

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