京の夜明けに赫はない
京都で舞妓さんとランデブーできるって都市伝説、あれって本当なんすかね?
あ、深い意味は特にねえっす(汗)
―――翌日
羽柴らは気負いも心配も何一つない顔で、伏見稲荷大社の無限に続くと錯覚させる緋色の鳥居を潜り続けている。
京都盆地東山三十六峰最南端の霊峰稲荷山の西麓に鎮座する稲荷信仰の御本社は、稲荷山の3つの峰を神そのものとして崇拝したことを源流とする。初めは農耕の神として祀られ、後に殖産興業の性格が加わって衆庶の篤い信仰を受けた。
神が稲荷山に降り立ったという縁起と同じく、狐が代名詞とされている。たれ下がった稲穂が狐の尻尾に似ていることや、米を食べるネズミを退治すること、稲荷神社の祭神である宇迦之御魂大神の別名が御饌津神と言い、三狐神と称されることなどから、狐と信仰の結びつきと知名度は全国で群を抜いて高いのだ。
そんな話をテレビで何度か聞いたことがあった羽柴は、確かにテレビのロケ芸人が言っていたことは強ち間違っていないとかんじた。
日本の異界に迷い込んだような不思議な感覚が、三人の空間ごと覆い尽くしているようだった。
山風が鳥居の隙間を伝って羽柴の髪と、二人の際どい和服をはためかせる。実に惜しい。
そう羽柴は二人より少し低い段から見上げて心声を発した。
「正爾さん。神聖な霊山で破廉恥なことしないでくださいっ」
「山神に言いたまえ流歌くん。私は絶対領域の先にある神秘を垣間見ようとしていたのだよ」
「ただのチラリズムじゃないですか」
こんな会話をしているのには、三人の服装が絡んでいる。
羽柴は深緑色の上衣に白の袴を着ている。袖や胸元から覗く包帯が、昨夜の殺し合いを痛々しく語っていた。
それに比べて流歌と巴の服装は、羽柴の趣味全開だ。
二人の和服は完全にセクシーに振り切った衣装だった。股下6cmの丈しかない薄い生地の、和装という名のコスプレ。肩と胸元が大胆に曝け出されている。流歌は黒の生地に月と雲、巴は赤の生地に彼岸花が施されている。
綺麗なことは確かだが、もはや外行きの服ではなくランジェリーと言われた方が納得できる。
「風よ吹け! かぜおこし! 命中は100だぜ!」
「ポケモン技でパンツを見ようとしないでください。一周回って悲しいですから」
「じゃあC-Moonで重力を反転させよう」
「懲りるって言葉知ってます?」
『見たいなら部屋で言ってくれれば良かったですのに』
「バーロー。外のこーゆー風情があるところだからドーパミンが分泌されるんだろーが」
「一回京都に謝ってくれません?」
千本鳥居のど真ん中で世界一不毛な会話をしつつも、ちゃんとエッチじゃない写真は撮る。そもそもが慰安旅行なのだから、これくらいの癒しはあって然るべきなのだ。
「でも珍しいですね。殺す気だったのに犯人を生け捕りにするなんて」
『何か気が変わることでも?』
流歌と巴が、昨晩の事件解決の一部始終について聞いてくる。二人の言った通り、羽柴は應観を殺しはしなかった。その代わり、頭蓋に罅が入るほどの勢いで、彼の脳天をかち割ったのだ。しかも刀ではなく、鞘で。
事が済んで辻達が駆けつけた頃には、頭から血を流して気絶している應観と、粉々になった鞘が見つかった。
これで應観は逮捕され、言い逃れしようとしても羽柴の血がついた日本刀を持っていた時点で傷害事件から余罪を追及されることは確実だ。どう転んでも重罪である。
「え〜何の話でござるかぁ〜?」
羽柴が彼を殺さなかった理由は、道徳でも何でもない。ただ気持ち悪かったからだ。お経を唱える犯人なんてキモい以外の言葉が見つからない。
だが羽柴が真面目に言うわけもなく、おふざけ100%の嘘をつきはじめた。
「いや彦斎を瀕死にしたの正爾さんですよね」
「アイツは俺が来る前からドタマかち割れてたよ」
『日本刀に付いてたマスターの指紋はいかがですか』
「マネマネの実を食ったオカマがやったんじゃね?」
「だったらせめて蹴ってください」
流歌のツッコミは届かず、羽柴は次の事件に期待することにした。おかげでタイマーの残り時間は4分に減ってしまった。この埋め合わせができるような面白い事件が巻き起こることを祈るばかりだった。
京の都の歴史も自然も、混沌の中でしか生きられない狂気的サディストの何かを変えることは叶わなかったのだ。
駄弁りながら鳥居を越え、四つ辻まで到達すれば昼の京都の街並みが広がる。曇り空の隙間から差し込む黄金色の光が街と山の麓の鳥居を照らし、神道とキリスト教の融合のように見えた。
「おい、早くカメラ出せ! 光が出ているうちに写真撮るぞー!」
「また私たちを撮る気ですか」
「バッカお前、こんな天下りみたいなレア環境でンなことするか。流歌、お前インカメで撮れ。3Sだ」
『・・・ではこうしましょう』
巴が何かを閃いたのか、悪戯っぽく羽柴の左腕を首の後ろに回させ、流歌には右腕を回させた。
羽柴が二人の方を抱いているような体勢である。
「うはー! なんかモテてる気分」
「恥ずかしさが倍増しました」
『マスター、流歌さんもこう言ってますが嬉しいだけですよ。現にマスターの腰に手を回して密着しようとしてますから』
「な、巴さん!?」
さりげない暗躍を巴に看破されて顔の赤みが増す流歌、バラした上で同じく反対側から羽柴に密着する巴。
「エロアニメの百鬼屋探偵事務所の気分」
「エモい言葉を期待した私が間違ってました」
『でもそれがマスターらしい、ですよね』
流歌は首を縦に振りはしなかったが、代わりにその瑞々しい唇が下弦を作った。
巴もこの短期間で羽柴を理解できるように、羽柴はこれだから羽柴たりえるのだ。
人間とか社会とか、そういったカテゴリーや枠に収めようとするから彼を理解できない。彼を彼という独立した存在として見て初めて、羽柴正爾は存在できる。
だから、今までの彼に対するツッコミは、半ば揶揄いや冗談のような物になつている。
願わくば、彼も私たちも変わらないままでいたい。それが、流歌と巴の願いだった。
「はい、cheese」
カシャリ――。
巴、羽柴、流歌の新生羽柴探偵事務所三人がそれぞれの性格を表した笑顔で写った写真は、これが最初だった。
つまらぬものは斬りたくない。
羽柴なら、死を恐れない犯人を殺しても楽しくないと思ったので今回は不殺エンドにしてみました。
やはり羽柴は、自分と同類の狂人や達観したり諦めたつまらない犯人は不完全燃焼の素でしかないようです。
めっちゃ分かります。
私だってどうせなら痛がって無様に逃げ惑う犯人をボコボコにしたいですもん。
ですが残念!
次回はこれまでの事件とは毛色が違う形にする予定なので、羽柴はまだお預けかもしれません。
どんまいw
流歌と巴の和服参考画像
https://jp.mercari.com/shops/product/F5pMwgXciFwYmoy3Ug2yvZ