御用改めである
にんじゃすれいやあ
古都の夜が、新旧電燈に照らされて文化の移ろいを強調する。山から突き出た700年もの間この景色を見てきた柱と梁、そして手摺が時間と触れた人の残り香を体現していた。
光が消えて冷やされた風が、舞台に立つ姿なき役者をすり抜ける。
ザッ、ザッ、ザッ
軽い履き物の足跡が、舞台に立つ人物の後ろまで迫ってきた。
招かれざる客に、影は振り返る。
「おや、お呼びじゃないんですがね」
「そう言うなって。乱入はパーティーの醍醐味だろ?」
舞台「清水寺」に立ち、月明かりのスポットライトを浴びているのは三人の男。
狂人探偵。
人斬り彦斎を騙る殺人鬼。
そして彼の手には、今まさに殺されかけようとしている見知らぬ男。
いいタイミングで殺人未遂現場に立ち会ったようだ。
「ダンスパーティーのお取り込み中だったかな? どうぞ気にせんと続きをやってくれ」
「あれ? 貴方は彼を救い、私を止めに来たと思ったのですが、違いましたか?」
「いや止めに来たよ? でも救いにゃ来てねえ。そいつが邪魔なら俺が預かるぞー」
探偵が彦斎の持つ人を回収しようと手を伸ばした。その瞬間、彦斎は人を放し抜刀したが、探偵は紙一重で避けた。
「おいおい、銃刀法違反だぞ應観さんよ」
「それは貴方もでしょう探偵さん?」
清水の舞台にいたのは探偵と犯人、いや羽柴と應観だった。
両者共に腰には刀が拵えられており、羽柴に至っては新撰組の浅葱色の羽織と灰色の和服を着込んでいた。
「その刀は?」
「巴にパシらせてきた。一度やってみたかったんだよねぇ、刀で人を斬るの♡」
何食わぬ顔で言う羽柴に、應観は笑いをこぼした。この男はイカれだ。たまたま正義の側にいるだけの混沌と狂気の化身だ。
「で、何したかったんお前。しかもよりによって俺らが旅行中に」
應観は満身創痍で死にかけの人質の首に、刀を添えながら語り出した。
「人間は自然界の腫瘍だ。罪と罰を常に背負い、幾度もそれを繰り返す。輪廻から解脱すれば救われるというのに、愚かなものよ。現世で彼らを罰しない警察も同罪だ。故に、こうして悪を滅しているのだよ」
つらつらと並べられた御大層な正義が終わる。羽柴は目を閉じて彼の言葉を聞いていた。
そして、目をゆっくりと開き、開口一番に言い放った。
「嘘ついてんじゃねえよ。針千本飲ますぞハゲが」
「・・・何と?」
羽柴は、應観の主張を一蹴し、そして嘘だと断定した。
「じゃあ、何で最初の被害者は三重県の男だった? そんだけ悪人が蔓延ってるってんだったら、市内から選べばいいだろーが」
羽柴は、金閣寺で二人目の遺体が発見された時から納得できなかった。
観光に来ていたとはいえ、なぜ他県の人間を殺したのか。
無差別と考えるには、犯人は標的の情報を調べている。つまり、容疑者と被害者の間には思想以外の接点がある。
「お前が犯人だと気づいた理由は三つある。
一つは、お前に名刺を渡した時に触った手のひらだ。剣ダコが潰れて硬くなっていた。その時点で、お前が剣術を習っていたことは明白。
二つは、お前の顎下の痕。鐘を仰向けで覗いたのは、死体を見るためじゃねえ。お前のその笠紐の痕を確認するためだったんだよ」
そう言われて、應観は首を手で押さえた。確かに、少し凹んだ痕が残っている。やられたと素直に感心した。
そこまで分かった羽柴は、動機が何なのかを調べることはしなかった。
動機も関係もどうでもいい。殺人犯を特定して殺せば万事解決。彼の頭にはそれしか無いのだ。
だが流歌がそれを許さず、結局辻に電話してその接点とやらを調べてもらった。
「動機は過去の因縁による復讐。それを人斬り彦斎による天誅と称してカムフラージュした。
ていうか、お前が名乗ってる應観って河上彦斎の戒名じゃねーかよ」
應観が三人を殺した動機を調べた結果、実はあの三人はかつて、彼の寺で犯罪をしたことがあったのだ。
麻田卓也は、無神論者の過激派で彼に限らず多くの寺院に対して主義主張という名の迷惑電話をかけていた。
倉木舞香は、参拝マナーの悪さを應観に注意され、逆恨みで自分と寺の悪評を立てられた。
劉慶に関しては、あの手この手の汚い手法で、應観を退いて住職に成り上がった。
つまり、数珠が暗示していた十悪は関係なかったのである。天誅の紙も、完全な私怨だったのだ。
それに、應観という名を念のため調べてみたら、河上彦斎の戒名と一致していた。こんな偶然はないと羽柴は、手がかりを辿ってこの清水寺まで来たのだ。
「なるほど・・・では、なぜ私がここにいると?」
「これ」
羽柴が見せたのは、劉慶の手にあった数珠だった。
「この珠、削られてはあったがちゃんと凹凸は残っていたぜ。清水寺っていう文字がな」
犯人が用意した数珠は、清水寺限定の数珠だった。
そんなものを用意したということは、羽柴にバレたのではなく分かるように清水寺の数珠を残したということだ。
犯行時刻がこんな夜になってしまったのは、羽柴の発見が早かったことと、彼に警察の対応を押し付けられたからだ。
犯人だとバレていなかったとはいえ、警察と接触したため慎重にならざるをえず、夜まで潜伏していたのだ。
羽柴と相対した時から、應観の計画は狂い始めていた。
「・・・では、その刀で私を殺す気ですか? 人質がいるのに?」
首に刃を食い込ませる應観を、羽柴は鼻で笑った。呆れた、そう言いたげな表情をしていた。
「何がおかしいんです?」
「だーかーらー・・・」
言葉はそこで区切られ、羽柴は顔を伏せた。
かと思えば、瞳孔が開いた狂気の顔で飛び込んできた。
「知るかっつってんだろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
應観に向かって蹴りが飛んでくる。應観は寸でのところで避けたが、止めることもせず蹴りを人質に当てた。そしてそのまま名もなき人質は清水の柵を飛び越え、更なる下界へと落下していった。
ここで、ようやく羽柴は左腕のタイマーをカチリと押す。
「人質を殺しちゃってよかったんですか?」
「あ? なんのことだかお兄さんワッカリマセーン!」
人質なんていなかったかのように、今度は刀を抜いて應観目掛けて振った。應観も応戦し、ここに幕末以来の死闘が開幕した。
夜の清水で、金属のかち合う音が木霊する。
刃が交わり、空を斬り、甲高い摩擦音を鳴らす。
邦画のような一進一退の攻防を見ている部外者は誰もおらず、ただ二人だけの命の奪り合いが行われていく。
時折体術も混ぜながら互いの体力を奪う。蹴り、掌底、柄での打撃と斬撃が入る。だが、致命傷はきっちりと防御していた。
應観は目撃者を消したいため、殺す気で羽柴に剣を振り下ろす。
羽柴はとにかく嬲り殺したいため、わざと峰打ちしたり鞘で殴ったりと、防御と浅い傷を負わせる以外で刀は振っていない。
それでも、臨機応変に戦う羽柴と違って應観は訓練された剣術家だ。
その差を、羽柴の斬られた衣服軽く出血した傷跡が物語っている。
「イテテテ!」
また新たに羽柴の脇腹に傷ができた。
長期戦なら勝てるかも知れない。應観は勝機を見出したつもりだった。
だが、どれだけ優勢でも仕留めるための一撃を見舞う一歩が詰められない。それは、羽柴の異常さにあった。
「ウェハハハハハハハッ!」
「魔物かお前は・・・!?」
傷付いても、殴られても、彼はずっと狂気的に笑っている。しかも、最初と比べて、動きにキレが出てきたように感じられた。
長期戦は逆に不味い。そう悟った應観は一気に勝負を決めようと突きの構えで突撃した。
だが、それがマズかった。
「オラァ!!!」
「何!?」
羽柴は右足を高く振り上げたかと思うと、串刺しにしようと迫る應観の刀の峰を強く踏みつけた。
刀の軌道は下に逸れ、床板に深く突き刺さる。急いで抜こうとしても抜けない。それほど深く床に突き刺さってしまったのだ。
「シャア!」
その隙を逃すほど、羽柴の人間はできていない。
「ぐあぁぁぁぁ!」
應観の両手がだらりと下がる。指先すらピクリとも動かなくなった。
羽柴は、刀で應観の両腕の筋を絶ったのである。これで二度と刀はおろか、物すらまともに握れない。
だが羽柴はそれでも良かった。これからその首を貰い受けるつもりなのだ。
「さて、介錯仕るぜぇ?」
殺人鬼のような笑みが應観に向けられる。月の逆光が、妖気を羽柴に宿らせているように見えてしまう。
「正気かお前、殺人犯になりたいのか・・・!?」
「うん、そうだよー!」
無垢な笑みを浮かべた瞬間、羽柴の姿が消える。その直後、脛に走る激痛に應観は両膝をついてしまう。
「ギャアアアアアア!?」
悲鳴を上げて床に腰を下ろした應観はもう詰んでいた。正面に立つ魔王の刃が夜光で鈍く光る。
應観も私怨で連続殺人を犯したとはいえ、仏に仕える身でもある。観念したのか目を閉じて、般若心経を唱え出した。
「観自在菩薩 行深般若波羅密多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色・・・・・・」
痛みに脂汗を流しながらも唱え続ける。その様を見た羽柴は、異常者でも見たような目を向けていた。
「・・・ハァ、なんか白けたわ」
冷めた表情をしたまま羽柴は、断罪の刃を脳天へと振り下ろした。
太宰治の転生小説あんのかよぉぉぉぉぉぉぉ!!!
(図書館での心の叫び)