衆人環視に目が眩む
矢木に電流が走りました。
家にある哲学書のなかにあったベンサム関連で、素晴らしい題材があったんですよ。
ということで、今回の事件にリーチをかけるべく山から牌を引くことにしたッ・・・!
いや矢木って誰だよ。
「首を刎ねられた後、少しの間ならまだ聞こえますか? 首から血が噴き出す音が」
-ペーター・キュルテン(1932)-
日の出が大地を照らし出す10月下旬。
少しずつ冷えていく気温と空気に季節を感じながらも、老人は散歩をしている。まだ日の光も差さない時間に早起きし、日の出の時間には団地の中央にある公園を横切って部屋に帰るのが、長年の日課となっていた。
今日も老人は、いつも通りに公園を突っ切って行こうとした。今日は雲一つない晴天で、澄んだ空気が陽の道を開け団地に導いていく。天から雲、雲から地上と光の境界線が下がっていく。
そして、光が老人の住む団地のマンションを照らし出した瞬間、窓に光が反射し外を歩いていた老人の視界を白く染め上げた。
部屋の窓に反射した光に目が眩み、二つ目の太陽があるかのような錯覚さえ感じた。白くて何も見えない中、何人かの通行人がランニングしている足音だけが聞こえていた。
しばらくして、目が光に慣れてきた頃に老人はふと公園の中心に何かが横たわっているのが見えた。好奇心に足を進ませられた彼が近づくと、それは若い女性だった。今時のファッションなのか老人には分からなかったが、チュニックのスカートと白いカーディガンを身につけていた。
初めは酔って寝ているのかとも思ったが、老人はすぐに腰を抜かしてしまった。
彼女の喉が、スッパリと横一文字に切り裂かれていたのだ。
-羽柴探偵事務所-
早朝の目覚ましは、機械音ではなく可憐な美少女の声だった。
「ほら朝ですよ?起きてください」
急に浮上させられた意識が水を吐いている頃、探偵事務所長の羽柴正爾を揺する義娘の星宮流歌。
前回の事件でアンフェールの再臨が世に出回ってしまい暫く悶々としていたが、結局は開き直っていつも通りに戻った。精神病院患者時代から、切り替えはお手のものだった。そんな羽柴がのっそりと上半身を起こして隣を見ると、微かな困り顔で羽柴の肩と腕を揺らす流歌と目が合う。
朝5時に流歌に叩き起こされること自体は珍しいことではないが、今日は何時にも増して急いでいる。眠いです感を全面に曝け出している羽柴は、自分を起こそうとしている流歌にもお構いなしだった。
再び寝ようと上体を倒そうとすれば、今度は蕎麦殻の枕を奪われた。結構気に入っている種類の枕だから返して欲しい。睡眠を妨害されても、羽柴はそれくらいのことしか思わなかった。
「んだよぉ〜まだ5時だぞ・・・。宿題の手伝いでもやって欲しいんけ?」
「違いますよ。一課から依頼のメールが来てます。すぐに世田谷区に来てほしいそうですよ」
朝5時に世田谷までだと?
面倒くさい。非常に面倒くさい。何が悲しくて朝5時に叩き起こされてそんな遠いところまで行かねばならないのだ。いっそのこと事件現場がこっちへ向かってこないかな、などとボケた頭で天変地異を願うも時間は都合よく待ってはくれない。時間より流歌が待ってくれない。
渋々起き上がり、仕事の支度を済ませた羽柴は作り置きのサンドイッチを眠そうに食べながら流歌に仕事の詳細を尋ねた。
「何事件?」
「殺人です」
「ふあぁ〜・・・そう。つまんなくなさそうでよかったよ。お前も来んの?宿題は?」
「昨日とっくに終わらせてあります。さあさあ、行きますよ正爾さん」
いつもならゆったりとティータイムを挟んで外に出るのだが、生憎と今日に関してそんな時間はなかった。
「あっちょ、せめて眠気覚ましに抹茶か紅茶を「キシリトールガムで我慢してください」ちょ待てよ!紅茶入れさせて!6分で済むからさぁ!!」
背中をグイグイ押されて事務所を出て行った羽柴と流歌。一課が絡む事件があったとは思えないほど緩い朝の一幕であった。
-世田谷区-
メールにあった場所に来てみると、なんてことのない集合住宅内の公園だった。現場と思われる公園のど真ん中には、既に警察が来ておりブルーシートで遮られている。周りがマンションで囲まれているからか、野次馬は近隣の住民がほとんどだった。
「おう、待ってたぞ羽柴。早速だがこれを見てくれ」
既に到着していた支倉がブルーシートの中に2人を誘う。
そこには、地面に寝そべるようにして死んでいる若い女性の遺体があった。仰向けで腹部に両手が組まれた状態で置かれており、一見すると棺桶に入れる死体をそのままこの場所に置いただけのように見える。羽柴が死体をまじまじと見ているのを放置し、流歌は支倉に死因と身元を聞いた。
「死因はなんですか?」
「頸部に切創がある。この傷の大きさなら、失血死で間違い無いだろう。被害者の名前は三浦優梨 21歳。死亡推定時刻は昨日の午後11時頃。財布は奪われておらず金銭もカードも抜かれてない。一駅先にある慧聖女子大の学生証があったからそこの学生だろう・・・ってオイ!」
「?支倉さんどうし・・・・・・何してるんですか正爾さん」
いきなりツッコんだ支倉の視線の先を流歌が見ると、羽柴が三浦の遺体の横に添い寝している姿が映った。捜査のためなのかは知らないが、死体と寝るなんて倫理的に考えられない光景である。
「うんうん、君大学生なの?まだ若いのに立派だねぇ。しかもこの匂い・・・良い香水使ってんじゃん。あとで流歌にも紹介してよ。てかL◯NEやってる?」
しかも人形遊びみたいに死体と会話ごっこまで繰り広げている。
「不謹慎すぎますよ。やめて下さい私が恥ずかしいです」
ぺちんと軽く羽柴の頭を叩く。羽柴も、度を超えた悪ふざけに満足したので捜査を再開する気のようだ。
「何やってるんです?」
流歌は羽柴に、死体から読み取れた情報を聞いた。伊達に7年も羽柴正爾の娘をやっていない。本当にふざけている部分もある、というか大半だろうが、それでも何かは読み取れただろうに。
羽柴は死体から得た情報を流歌に伝えた。
「香水のいい匂いがしたし、服もキレイだった」
「それがどうかしました?」
「あんだけスッパリ喉やられてんのに服が血で汚れていないし鉄分の臭いもしない」
「あ、そう言えばそうです」
遺体は、そこら中が血の海になってもおかしくない位に喉を大きく裂かれていた。しかし、血痕も血の匂いも何も無かった。鼻を近づけてもみたが、僅かたりとも匂わなかった。かなり手間のかかる処理が施されている。血液だけ体から全部抜き取り、その後に喉を切り裂いたとしか思えないほどの不自然な遺体の綺麗さだった。
「どんだけ上等な香草使ったのかね」
「お肉食べれなくなる人もいるんですよ」
一方で支倉は、第一発見者の老人から事情を聞き出していた。
「朝、ここの公園を横切るのが散歩のルートなんです。それで、朝来たら昨日にはいなかった女性が横たわってて。近づいてみたら首に跡があったので警察に連絡したんです」
第一発見者であり通報したのは、この公園を囲む団地に住む男性の栗林という人だった。
「他の住人は、窓から公園の様子は見えないんですか?」
「私を含めいくつかの部屋からは、公園の木があって見えないんです」
この団地は東西南北それぞれに一棟ずつ5階建てのマンションが建っており、それぞれ方位の頭文字を取ってE・W・S・N棟と名付けられている。
確かに、栗林の部屋であるW棟2階の外には、公園への視線に被るように木が生えていることが確認できる。
「遺体発見時に不審な者を見たりしませんでしたか?」
「いや、いつも通るところだけど変わらず今日も誰もいなかったような・・・」
「そうですか・・・ご協力ありがとうございました」
第一発見者の事情聴取を後に、羽柴は公園の周りをぐるりと見渡した。四方を囲まれている公園のど真ん中にわざわざ遺体を捨てに来るとは、かなりリスキーな選択である。
それでもこのようなことをするのは、ここに置くことに意味があるからだ。つまり、ここの住民の誰か、もしくは全員に対して見せつける。または警察の捜査を撹乱するため。そのような意図があるのかもしれない。
もう一度野次馬やベランダを見てみると、ある一つの違和感に気がついた。死体をみたショックや好奇心とは別に、何か気まずいもの笑見てしまったかのように、三浦の死体を見下ろしたり目を逸らしたりする住人がチラチラいたのだ。
これらのことから、少なくともこの学生とここには何かしらの関係があると踏んだ羽柴は、今度は棟そのものに注意を向けた。何か他の棟と違う構造であったり、そんな部分は見受けられない。全部同じ建築構造だ。
いや、気になる棟が一つだけあった。
「支倉、E棟の住民の聞き込みやっといて。俺は大家さんか住民組合長にでも会ってくるわ」
「は?・・・いや分かった。なんか収穫あったらちゃんと共用しろよ」
振り向きもせずに手を振り返し、支倉に投げた羽柴はE棟とは別方向へ歩き出した。流歌も羽柴の後ろをついて行く。
「で、組合長から何を聞き出すんですか?」
流歌が羽柴に真意を聞く。
「朝の眠気覚ましにコーヒーを集りに。ついでに住民との関係、それと三浦との接点かな?」
「ガムでもう覚めてますよね?コーヒーいらないですよね?」
「あーあー聞こえにゃーい!」
マクドナルドでポテトLサイズを3つ食べながら執筆してました。3月18日から29日まで一律らしいんですよ。たまんないね。
左手にポテト、右手はPCのキーボード。
攻守が逆転する魔法カードみたいですね。
マスターデュエルしかやったことないけど。