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日本一頭のおかしい探偵

ぶっ飛んでる物語とか主人公って、ラノベですら滅多にいないんですよ。せいぜい有名どころで言うと藤本タツキさんのデンジぐらいしか心当たりなかったです。

これはいかんと立ち上がった結果がコレだよ。

人間は、動物でありながらも人間でなければならない


 宗教家は『人間はこう生きなければならない』と説く。

しかしそれでも社会通念や道徳といったものから外れて、俺の快楽や目的を果たすのが人間の性だ。

 であれば、どうすれば金も名誉も手に入れ人生を快楽で埋め尽くすことができるのか。


回答:悪い奴らをエサにする





2023年、10月

-茨城県水戸市-

 街灯と窓の灯りのみが街を照らす中、赤い点滅が狭い公道を走っていく。サイレンを鳴らしながら、パトカーは夜の(ほの)かに明るい車道を切り裂いていく。真夜中の住宅街で、ある家の夫が殺される殺人事件が発生したのだ。22時なのにも関わらず騒々しい現場には、秋の閑静(かんせい)のかの字もなく、鑑識(かんしき)や警察官が忙しなく家の玄関を出入りしている。


「こんな夜に事件とか迷惑だなぁ」

「お疲れ様です、宮部(みやべ)警部!」


 茨城県警の警部と刑事が外で現場検証を始めた。野次馬の一部も、気になるためテープラインギリギリで耳を澄ましている。


「あーはいはい。で、現状は?」

「殺人事件の被害者はこの家の主人である宇野大輝(うのたいき)。第一発見者は夫の妻である佐智子(さちこ)さん。

玄関に入ってすぐの廊下でうつ伏せで倒れており、かなり厚着のコートを着ていました。死因は刃物による失血性ショック死と推測されます。

死亡推定時刻は20時30分〜21時30分。

狂気は包丁のようなもので腹部をひと突き、被害者の側にそのまま捨てられており指紋はありませんでした」

「目撃証言は?」

「ありませんでした。奥さんが発見した時刻は21時40分頃でしたので。しかも犯人は玄関から侵入したと思われます。玄関に並んでた靴が一部散らかっていました」

「むう・・・」


 至って普通の殺人事件だが、目撃証言もなく凶器に指紋もない。これは一筋縄では行かないかと思われたが、空気を壊すように招かれざる客が一人やってきた。



「どうもー、隣の晩ごはんの撮影?」



 気の抜けた声とふざけきった台詞。ダークグレーのロングパーカーを羽織り、黒のスキニーズボンと白の無地ワイシャツに黒ネクタイといった格好。茶色の革ブーツをコンクリートに打ちながら適当に整髪された黒髪を風に(なび)かせ、飄々(ひょうひょう)とした態度が男の掴みどころの無さを物語っている。


「おいなんだアンタ、部外者を入れるなと言ったろ!」

「いえ、この者が「警視庁の雇われだから通せ」と・・・」

「何?警視庁だと?」

「そーそー。たまたま小旅行で来てたんけどね? なんか事件があったらしいから小遣い稼ぎに寄ったってわけ」

「やかましい! その不遜(ふそん)な態度をやめろ!」

「礼儀正しくしても事件は解決しないでしょうに」


 はぁっとこれ見よがしにため息混じりに呆れてみせる。それが更に刑事の神経を逆撫でする。

 そこへ助け舟を出そうとした宮部だったが、その乱入者は知らない顔ではなかった。


「待て待て・・・ってなんだ、来てたなら連絡くださいよ"羽柴(はしば)さん"」

「おー宮部。4年前の偕楽園(かいらくえん)殺人事件以来だなー」


 まさかの警部の知人に、先程まで警察らしく凄んでいた刑事は宮部に詳しく話を聞いた。


「え、ちょ、宮部さんコイツと知り合いで?」

「お前、この人はこう見えて警視庁からかなり重宝されてる方だぞ? 警察協力者でありながら事件等に関する干渉などの完全な自由を認められてる。政府関係者とも親しいと聞きましたが本当ですかその噂?」

「2年前に大泉(おおいずみ)首相の娘さんの誘拐事件でちょっとね」


 羽柴と呼ばれた男は刑事に向き直り、仰々しくお辞儀をした。所作は一見礼儀正しいが、その時の歪んだ笑みや開いた瞳孔が不気味さを強調してくる。


「アメリカ時間だとおはよう刑事さん。アタシ、フリーの探偵やってます、羽柴正爾(はしばせいじ)でーす」


 さっそく上がらせてもらうよと一言残して、羽柴は無遠慮に家に入っていき、遅れて宮部警部と刑事が後を追った。

 無造作に靴が並ぶ玄関で靴を脱ぎ捨て、未だに血まみれの玄関の廊下を一瞥(いちべつ)しながら、赤い血で濡れた綺麗な包丁と白い紐で作られた遺体跡の頭側の先にあるリビングに向かう。

 リビングでは、第一発見者である佐智子が警察から事情聴取を受けていた。


「奥さん初めまして、一応警察のものです。で、事情聴取で何話したん?」


 突然の乱入者に担当官は困惑したが、羽柴の後ろから遅れてきた宮部警部が説明を促した。


「佐智子さんは、犯行時刻には2階の寝室で寝ていて、物音にも気づかないまま21時40分頃に水を飲みに洗面所に向かうと、廊下でうつ伏せで倒れていたご主人を発見したということです」

「こんな夜遅くに帰ってくるの?」

「大樹さんはいつも9時頃には帰ってきていたと・・・」


当の佐智子は俯き気味に顔を下げており、あたかも愛する夫を奪われた被害者のようだった。



しかし、だからこそ晒し甲斐があるのだ。



「ハイ未亡人気取りの佐智子さんとやら、22時18分タイホー」


 羽柴は、いきなり流れるように警官からスッた手錠を佐智子の両手に掛けた。


「・・・・・・え?」


 手錠をはめられた奥さんの漏れた声だけが響き渡り、数秒ほど遅れて警官たちの怒号が(つんざ)いた。


「な、おい! いきなりなんて事してるんだ!!」

「急に奥さんに手錠をかけるなんて何考えてるんだ馬鹿野郎!」


 羽柴の奇行に各々好き勝手に非難を浴びせる警察を前に、気だるそうな顔を向ける羽柴。まるで、「もう用は済んだから帰っていい?」と今から言いそうな顔である。


「あー?なに? 説明しなきゃダメェ?」

「すみません羽柴さん。貴方のことを知ってるのはこの場では私だけですので、何卒(なにとぞ)説明を・・・」


 羽柴は「そりゃそうか」と小さく呟くと、奇行に至った真相を語り始めた。


「まず前提として犯人は奥さん。根拠はまず玄関の状況だ。お前らあの玄関を見ておかしな所あったろ?」


 周りの警官連中に問いかけるが、誰もピンと来ていないようだ。そんな中、一度だけ関わったことがある宮部警部だけは心当たりがあったように顔を上げた。


「靴か?」

「正解。外部犯なら窓なり2階からなり入ればいいのに侵入跡は玄関だけ。しかも玄関の靴は無造作なのに靴箱はキッチリ並べられていた。

つまりあの荒れた靴は、外部犯に思わせるための偽装工作だ」


 目の前に座っている佐智子の顔色が悪くなり始めた。偽装工作で荒らしたのに、靴箱にまで頭が回らなかったようだ。

 これだから素人はいい鴨になる。ネギ足んないけど。

 「家の冷蔵庫にネギ入ってるかな?」などと不真面目な思考が溢れ出しながらも羽柴の推理は続いた。


「第二に、被害者の倒れていた姿勢と向き。外部の犯行なら玄関から来た犯人に刺されたなら逃げる心理が働いて重心が後ろになる。つまり仰向きになるはずだ。

なのにうつ伏せってことは、逃げる心理も働かない、相手を警戒してなかったってことになる」


 警官たちが納得したように頷き、反比例して奥さんの顔の影が濃くなっていく。もう少しで本性を現すだろう。


「最後に死亡時刻から通報までの空白の時間。あんたホントは寝てなかっただろ?」

「!!は、はぁ? 何を言ってるの?」


 ここに来て初めて佐智子が反論してきた。もう既に、心外だというよりも羽柴の推理を通さないという気迫が顔に出ている。


「外部犯なら流石に主人も叫んだりアンタに危険を知らせたりするだろ。なのにアンタはご主人が死亡しても起きなかったと言う。

てことはご主人を殺してから通報するまでの時間に何をしてたか」


 勿体ぶるように言葉を区切って見ると、佐智子の顔は人間の顔ではなかった。人とは思えないほど焦りや怒りで塗り潰された眼で羽柴を睨みつけ、パジャマを掴んでいる手に力が入っている。


「アンタはアリバイのために時間を置くことにした。犯行時刻に寝ていたと思わせる自然な時間帯を見計らってなぁ」

「うるさい! 私が犯人という確証もないのに偉そうな口を聞くな!!」

「化けの皮剥がれてきてんぞー。剥がれんのは角質と化粧だけにしとけや。

そんなに追い詰められたいの? ドMかよ」


 ずっと犯人を挑発するようなことしか口にしなくなった羽柴。周りは手を上げさせて任意同行でも狙っているのかと疑っていたが、羽柴はそんなことする必要はないと分かっていた。そんなことをしなくても、この場で全て片付けられると思っているからだ。

 寄り道で首を突っ込んだ事件を終わらせるべく、羽柴は頭をガシガシと掻きながら面倒そうに推理の証拠を提示した。


「包丁だよ」

「包丁が証拠? あの包丁には指紋がなかったんでしょ!? 犯人が持ち込んだ凶器に違いないわ! だってうちの台所にある包丁は使われてないのよ!?」

「バカでねーの?」

「は?」


 急にあっけらかんと主張を否定されて、恐ろしい顔が一転、鳩が豆鉄砲を食ったような顔に変化した。


「凶器は包丁で指紋もなし。なのに持ち去られていない。おかしいだろ、指紋がないとしても凶器を置いてくなんて。遺体から抜けないならまだしもだぞ?

つまり、凶器を処分できない別の理由があった。それはこの家の包丁だったからだ。

玄関からの外部犯()()()は殺してすぐ逃げている。なのに台所の包丁がない、なんて矛盾だ!

そこでアンタは別の包丁を用意した。だから2本も包丁があるってわけ」

「でもウチの包丁とは関係ないじゃない!」

「・・・はぁ〜、あのね?凶器とされている包丁も調べれば分かるけど、ニスが塗られてんの。新品の包丁は大体防錆のニスが塗られてて、当然使ったり洗うほど落ちていく。

主人に外部との怨恨がない以上、新品の包丁わざわざ買って殺しに行く奴なんていない。なのに凶器は血で濡れてる所以外が綺麗なのはなんで?」

「そ、それは・・・」


 佐智子が遂に言い淀んだ。

 言動だけ見たら明らかに黒なのだが、羽柴は弱った犯罪者に容赦がなかった。


「本当の凶器はあの台所にある包丁だろ。遺体の側に囮で買った血塗れの包丁が既に転がってりゃ、誰も他に刃物があっても怪しまない。

良い考えだな。だが・・・」


 羽柴は徐に右手を佐智子の頭に添えた。勝者が敗者に結果を突きつけるように。


「血液反応やヘモグロビン結晶ってのはな、軽く洗っただけじゃ落ちねーんだよ。アンタの台所の包丁からヒトの血液の反応がべったり出てくるぜ。鑑識ー、ということで回収よろしく」

「・・・・・・」


 遂に黙ってしまった奥さん、もとい犯人。

 今回のトリックは考えてみれば単純だった。

 犯人は家の包丁と全く同じ物を用意し、それを囮に使ったのだ。犯行後、買った包丁を血で濡らして遺体の横に置き、本命の凶器は洗って台所に戻す。凶器のすり替え作戦と言ったところだ。

 しかし、犯人が内部となれば瓦解してしまうのがこのトラックの最大の弱点でもある。

 なぜなら、外部犯にそのトリックをする動機も意味もないからだ。凶器は持ち去ればそれで充分、なのにそこまでの工作をするということは、内部や身内の犯行と言ってるようなものである。内部となればこの女しかいない。となれば必死に外部犯と思わせようと動くに決まっている。

 浅はかだ、実に浅はかだった。この程度のトリックに自信を持つなんて論外である。

 アガサ・クリスティーの小説でも読んで出直してこいと、羽柴は佐智子に言い放った。


「はいじゃあ警察までドナドナしましょうね〜」


「・・・ッァァアアアアアアアアアアア!!!」


 佐智子は逆上して、手錠したままの手で掴みかかってきた。

 横に控えていた警官を一瞬でも押し退ける怒りの力は大したものである。だがしかし、羽柴という男は、そんなことで狼狽(うろた)えるような小さい肝もマトモな神経も持ち合わせていなかった。



「よいっしょ!」

「グブッ・・・!」



 羽柴は何の躊躇もなく、飛び掛かってきた女の顔面をテーブルに叩きつけた。すかさず警官が両脇に入り佐智子を取り押さえる。


「な、何してんですか!?」


 側で見ていた刑事が思わずツッコむ。それはそうだろう。いくら相手が犯人とは言え、急に手錠をかけたり挑発したりテーブルに顔を叩きつける探偵は推理小説にも存在しない。


「いや〜急に犬かなんか飛びついてきたと思って。ほら、狂犬病とかなったら怖いじゃん? 俺まだワクチン打ってねーんだよ」


 この男、正気じゃない・・・・・・。

 宮部警部以外の全員がそう思った。反社会性人格障害なのではとも疑ってしまうほどに、彼は側から見てイカれていた。


「あ、もうちょい顔をこっちに・・・はいはいそのまま笑って笑って〜」


 当の本人は犯人の顔を警官に上げさせて、打ち付けられて(あざ)ができ鼻血も垂れている佐智子の顔を、ニンマリ顔で写真を撮っている。


「いい死に方できないぞアンタ・・・いつか復讐されても知らないぞ」

「そりゃいいや! 大義名分で返り討ちにした挙句ヤーさんにでも頼んで後片付けしてもらお」


 どこまでが本気で冗談か皆目見当がつかない。羽柴は、引いている警官たちを気にせずギャハハと悪魔のような笑い声を上げていた。

 彼のことを心配する訳ではないが、この先彼と当たった犯罪者達が気の毒で仕方なかった。





 その後、パトカーに乗せられ連行される犯人を笑顔で見送り(もとい煽り)、羽柴はその場を立ち去ろうとした。


「あれ、もう帰るんですか羽柴さん」

「おう、はやく赤塚駅で特急乗って帰らねえとウチの助手が別の意味で五月蝿(うるせ)えからね。さっさと東京帰るわ。

あ、これ請求書ね。今回は飛び入りだったから半額でいーよ。

タクシーちょっとストーップ!」


 タクシーを捕まえて駅に向かう羽柴が見えなくなるまで見送り、ようやく刑事の肩の荷が降りた。対して宮部警部はやれやれと言ったように半ば呆れているだけである。


「ちょっと宮部さん。何なんですかあの人」

(まご)うことなき狂人に見えただろ。お前の目は節穴じゃねーよ。

 彼は精神病質者でな、元々は隔離病棟(かくりびょうとう)から事件に協力するレクター博士みたいな人だった。

で、天災(てんさい)的な推理の功績が認められて退院。終いには、お偉いさんの絡んだ事件も解決しちまって、警視庁含め政府公認の完全な自由を得るまでに至った。

でも勘違いしないで欲しいのは、確かにレクター博士並みにイカれているが凶悪ではないってことだ。あぁ見えて人に無闇に危害を加えたりはしない。

だがちょっと弱点があってな。昔の通り名を言うとかなり戸惑う。でも善人とか無関係な奴には特に何もしねえよ。

・・・相手が悪者だったらソイツの命の保証はできんがな」



 特急ひたち号の3号車で映画鑑賞しながら東京に帰宅する羽柴正爾。地方よりも多く凶悪な事件が多発する大都会で、彼は犯人退治に優越感や愉悦を見出している。()わば大義名分を振り(かざ)すタチの悪い無責任ヒーローなのだ。

 果たして、彼はこの先どのように事件を引っ掻き回していくのか。それは彼を含め誰も知る由はない。






「あ、やべぇ。お土産の水戸納豆買うの忘れちまった」

プロローグなんで短めにしましたが、もうちょっとメチャクチャでも良かったかもと思いました。

書いてて改めてわかりました。

ぶっ飛んだ主人公を書くためには、道徳や倫理をドブに捨てなきゃいけないと!

・・・まあ実際にやるとこれが結構難しいんだよなぁ

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