最終話【裏・六諭衍義】
年が明けた。
あの激闘の日から一週間過ぎた本日、北部の県立病院の前で、程寧歌さんの退院を祝って大勢の人が、この場に集まっている。
「マミ~~ッ」
「ふふッいらっしゃい」
舜歌が母親にゴロゴロと猫のように甘えている。
まだ車椅子の世話になっている状態だが、じきに立てるそうだ。
あの時『死の蟲使い』という通り名がある特A級の裏犯罪者アルナブ・ビン・フワ=ルディに肩口から斬られたが、霊的エネルギーを激しく損耗したことにより、カラダをほとんど動かせなくなったそうだが、だいぶ回復した様だ。だが、相手が悪かったらしく、普段の生活には支障はない程度には回復するが、走ったり飛んだりと激しい運動はできないカラダになってしまったらしい。
三人の死の獣は予定どおり、関東にある日本の呪術協会本部の方に移送して、裏・国際裁判にかけるそうで、これから長い期間をかけて、彼らのこれまでの余罪を追及していく見通しだそうだ。
そういえば、オジー、程順則と中東の最強霊体“死蜘蛛„との戦いは程順則が勝利を収め、山の斜面で「ウィーーーッ」と蜘蛛のうえに立って両手で勝利のポーズを取っていた。
夫である程孝之さんを始め、順宋さん、瑛守、そして術師を代表して沖縄本島三家の林姉妹や蔡姉弟が来ている。
でも音無さんの姿はここにはない。
音無さんは、事件の二日後にあの月城一夜と饒平名晴人と三人で、例の新興宗教の元にいくことを決めてしまった。
洗脳されたのか、と不安になって舜歌と調べてみたが、どうやらその様子はなく、ただ、「失恋しちゃったから、教主に君臨して内側から不正を糺す」と話し、沖縄をあとにした。
それになぜか用高さんがついていった。
理由は、どうせ憑くなら宿主は美人がいいそうだ。この人は放っておこう……。
でも寿姉と于児はそのまま自分のそばにいる。寿姉は「しょうがない、はやく子どもでも作って甥っ子姪っ子をヨシヨシさせなさい」と舜歌との婚約をもう反対する気はないらしい。
ただひとつ、自分の身にも新しいできごとが、この四月から待ち受けている。
──私立邦木学園。
関東にある高校で、夜間部はあの小虎や日不見が在校生としている裏世界の養成学校。琉球八社の霊疵修復の折にみた自分をもっと色々と勉強してから沖縄に戻ればいいと、あのふたりが推挙してくれたそうだ。
もちろん、沖縄の術師の皆さんもこれに同意したが、舜歌が「私も行く」と言ってしばらく皆で説得に時間がかかった。
あとウチの親父だが、なんということでしょう。沖縄の四十代前半のバツイチ子持ちの女性と近々、結婚することが決まって、もう沖縄を定住の場所に決めたから、関東に転校するならお前ひとりで行くがいい、と、ある意味、お互いウィンウィンな合意となった。
「遅くなりました。舜歌さんの許嫁、閏弥生朔と言います」
これまでバタバタで母親の寧歌さんにキチンと挨拶をしていなかった。
「許嫁?」
「はい、程家の頼れる存在になれるようこれからも頑張ります」
「孝之、順宋ちょっといらっしゃい」
「「はい……」」
「?」
寧歌さんにご挨拶をしたが、なんか雲行きが怪しい……。
「あなた達が許したの?」
「「はい……」」
「北部の家の人間?」
「「いえ……」」
こッこれは、借りてきた猫症候群……。
「寧歌さん、閏弥生はいいヤツですよ」
めずらしく蔡紅琳さんが自分を擁護してくれる。
しかし、じろりと寧歌さんに一瞥されただけで「すみません、やっぱり閏弥生は悪いヤツです」と実に鮮やかに裏切ってくれた。
「マミー」
「舜歌は黙ってなさい」
「ううん聞いて、私は朔~ッじゃないと一生結婚しない」
なッなんですとーーーーーッ
あまりのことに鼻血が出そうになった……。
寧歌さんは舜歌の顔をまじまじとみて、溜息をつく。
「閏弥生さん」
「はい」
「あなたみたいなまだ親の世話になっている高校生が本当に舜歌と結婚して幸せにする自信があるんですか?」
「はい、もちろんです」
これまでの自分なら、この問いにためらってしまっただろう。
術師とかはこの話には関係ない。
ひとりの女性を、命をかけてでもこれから一生、守り幸せにできるか? その確固たる意志を問われている。
その問いに即答で、かつ強い信念をもって、自分の身を犠牲にして我が子を守った目の前の偉大な母親へ返した。
寧歌さんは数秒間、自分の目を見たあとに相好を崩した。
「まったく。舜歌もよくこんないい子を見つけてきたわね、私と大違い」
肩をわざと竦ませる寧歌さんに、どっと周囲で笑いが起き「それはあんまりだよ」と夫の孝之さんが、か細い声で漏らす。
日本の中に沖縄という「ちいさな島」がある。
その島はかつて琉球王国と呼ばれたひとつの島国だったが「唐の世から大和の世 大和の世からアメリカ世 ひるまさ変わたたる此ぬ沖縄」という風刺めいた島唄の歌詞が表すように歴史に翻弄されながらも、チャンプルーされた独自の文化が息衝く特別な場所である。
これは、そんなちいさな島で綴られたひとつの物語。
─終幕─




