実った恋心
・【ヒロイン視点】です。
「---、----。------、-------------?」
「ごめ---さぃ、こn-------は婚約-----^貰っ---だから」
う〜ん…、遠すぎてあんまり聞こえない。もう少し近づいてみよう。
そろそろと距離を縮めていくと、今度はハッキリと声が聞こえるようになった。
「その指輪が聖遺物だったとしても、ですか?」
「知って、いたの…?」
突如としてエディスの表情が険しくなる。聖遺物、って聞こえたけどどういうことなんだろう。とにかく会話をそのまま続けて聞いてみるけど、
「ある方から偶然聞いたのです。数百年前に盗難にあった聖遺物の指輪に似た指輪を令嬢がつけている、と。その情報の正確性を確かめるために、どうぞご協力願えますか?」
会話の内容にあまりついていけないけど、予想するとロンの指輪をエディスを持っていたってこと…? でもエディスが盗むわけもないし…、
「聖遺物は全て教会の管理化におかれると帝国も承認しています。そんな指輪が失われた。その重要性を帝国の公爵令嬢たる貴方が分からないはずがないでしょう。それともまさか、調べられて困ることでも…?」
教会、って…。それにロンはエディスが公爵令嬢であることも知っていた。
そんな彼女に対しても態度を崩さずにいられるなんて余程の地位にいる人間にしかできないっ。
「………いえ、どうぞ」
恐る恐る、まるで罪が暴かれるかのように指輪をそっとロンに渡すエディス。もしかしたら私は二人を会わせてはならなかったのかもしれない。
あれだけ反対していたのに、私がもう少しエディスに気を配っていたら…。
後悔してももう遅いけどせめてエディスを擁護できるようにと戻ろうとしたその時、ロンは数秒した後指輪をすんなりとエディスに返した。
「貴重なお時間をありがとうございました。この件についての謝罪はまたいずれの機会にさせてください」
「ぇ…? あ、…はい。分かり、ました」
エディスも戸惑っているようで、まるで面を食らったような顔をしている。まさかロンの勘違い? 素直に謝罪したロンに先程までの険悪な様子はないけど…。
「敬語になっていますよ。どうぞ、先程のように気兼ねなくオルカとでもお呼びください」
「…分かったわ。オルカ大神官」
オルカ大神官。その名に当てはまる人物はただ一人。アルティナ教次期教皇最有力者オルカ・フィー・アデスタント。
まさか私が皇女だとも全て知った上での行動だったなんて、…これで私に関わるのは政治的思惑からだと確信してしまった。私の恋心も全て分かった上でだとしたら、本当に最低な人だ。
それに何より、騙されたと思う以前に私には明かさない本名をエディスにだけ許したことが猛烈に嫉妬していることに気づいた。
私は注文していたケーキがテーブルに運ばれる前に店を出た。まるでお似合いの二人の会話をこれ以上聞くことも、見ることもできなかった。
とにかく一人になりたくて、行き先もなく歩くけどぐちゃぐちゃになった感情はそう簡単に戻らない。涙が止まらなくて、私は誰も人通りのない河川の橋の下で足を止めて目を拭った。
「ルナ。一人でこのような場所にいるのは危険です」
後ろから追いかけてきたのか私の気なんて知らないロンは変わらず優しい笑みを浮かべている。
私か突然飛び出したことも怒らず、貴方はいつも優しいまま…。
「…っ、来ないで! 今は私をほっといてください、ロン。ううん、…オルカ」
此方に近づく足がピタリと止まった。まさか先程の会話を聞かれていたとは露にも思っていないのだろう。
きっ…、と睨んだ目で見るとロンは一つ息を穏やかについて申し訳なさそうに顔を伏した。
「なぜ、黙っていたんですか…? 初めから、私が皇女だと言うことも知っていたんですよね?!」
「はい。存じておりました」
「なぜです?! 何も知らない私を裏で馬鹿にするのは楽しかったですか?!」
「……私は、貴方とは身分など考えずに付き合いたかったのです。帝国と教会は表向き友好関係を表明していますが、その実数百年前から対立関係にあります。そんな私達が傍にいることなど、どんな後ろ指を刺されるかは目に見えて分かっていたからです」
「…私と一緒にいたロンは、嘘ですか?」
「いえ、本物です。貴方との間に、嘘をついたことは一度もありませんでした。神に誓って言えます」
オルカの真っ直ぐとした目に、私の方が目をそらしたくなる。私だって自分のために真実を明かさなかった。
そんな私に果たして彼を責めるだけの権利はあるだろうか?
「…わたし、貴方が本当に好きだったの。慣れない社交界で、初めて優しくしてくれた人だから」
「騙してしまい、申し訳ございませんでした。金輪際、近づかないことをお約束いたします」
違う…っ。私が言いたいのはそういうことじゃなくて…!
「嫌…、待って! お願いだから私を捨てないでっ」
「皇女様…?」
バッ、と後ろを向いた彼の服を引っ張れば、去ろうとしていた彼の足は止まる。
私は今まで何度も捨てられた。孤児院でも、お父さんにも、私はいらないと言われた。
ようやく手にした私のもの。私の安らぎ。だからお願い。いなくならないで…っ。
「違うのっ…、私は、私は貴方を……」
「…言い訳の様で見苦しいと思っていただいて構いません。皇女様、私は貴方との時間がとても幸せでした。己の立場を忘れ、一時の夢のようで貴方に会うたびに喜びに満ちていたのです」
長い睫毛を伏して語ったその言葉に、私はまた涙が溢れそうになる。
そうだ。たとえ何の思惑があろうとあの時間に嘘はなかった。身分を偽ろうと、あの瞬間には私とオルカの二人だけだった。
「私は、まだオルカを好きになってもいいの…?」
「貴方さえ宜しければ」
その応えと同時に勢いのままオルカを抱きしめる。私に名前を許してくれた。受け入れてくれた。
その事実が、この世の何よりも尊いことのように感じた。好きな人の想い人が自分だというのはどれだけ幸せなことだろうか。
胸が高鳴って、落ち着いて、実った恋は甘い熟した色をしていた。
「私はまだ怖いの。皇族として義務が果たせるかも、自分が本当に正しいのかも。だから、これからも私の傍で支えてほしい…っ」
私の気持ちを全て伝え、その衝動のままにオルカにキスをする。ちゃんとしたキスなんて初めてだけど、思いの外上手くできた気がする。
オルカは唐突なことで驚いているのか、そもそも神官の人だし異性と接触することがまずないんだっけ…?
「オ、オルカ…? ごめんなさい。私、少し興奮して…。嫌だった?」
「…いえ、大丈夫です。もう日も暮れますし、皇宮までお送りします」
「うんっ。ありがとう、オルカ」
最後まで紳士に手を引いてくれたオルカが、今まで以上に格好良く見えるのは気のせいじゃないだろうか。
お忍びのお出かけということもあって皇宮のすぐ近くで分かれたけど、最後に手の甲にキスをしてくれたのがもう心臓が飛び出しそうだった。
孤児だった頃じゃ考えられない、いつか夢に願った白馬の王子様。お城で暮らすお姫様とそのお姫様を助ける王子様が、今現実となって私の身に起こっている。
私が皇宮まで戻るまで後ろを振り返るたびに手を降ってくれるオルカは、本当に理想の人だ。正直まだ彼が私を慕ってくれているだなんて信じられない。
だって私じゃ釣り合うものなんてこの見せかけの地位ぐらいだ。だけど、いつか貴方と堂々と隣に立つ日が来たい。
だから、力をつけなくちゃ。お父様にも認められるぐらいの、誰も口を出すことのできない力を…。
この後無事ちゃんとオルカは吐いてます!(*^^*)
というかこれで好意のない人間にされる接触が気持ち悪いって身を持って知ったのに自分のこと顧みないのはもはやある意味で尊敬するよねwww
あ、待って。なんでヒロインのキスシーン書いて私は相手役のゲロ事情なんて書いてるんだろう。うん、実に不思議だ。