デートのお誘い
・【ヒロイン視点】です。
ナターシャから第一皇女殿下が陛下に謹慎を言い渡されたとの報告が入って数日後。私はとある貴族の招待があったパーティーに参加していた。
挨拶回りをして、ある一定の時間を過ごしたら酔いが回る前に外に出る。この邸宅は庭園が有名な所だから人が多く、私はあまり人に会わないように手入れされた庭園とは別方向に歩く。
あまり人目に触れない場所でも、ちゃんと綺麗に咲いている花達を見ると心強くなる。だって人の手がなくても、愛でられなくとも、自分を貫いているみたいだから…。
ゆっくりとした足取りを踏んで夜の庭園を楽しんでいると、背の高いある男性が同じ様に花を見つけ鑑賞しているのが見えた。
嘘……、ロン?
暗くて顔をハッキリとは見えないけど、次に月明かりが出たときにその横顔は此方を向いて微笑んでいた。
「偶然ですね。ルナ」
「やっぱりロンだったのね?! こんな偶然、凄いわ!」
きゃっきゃと淑女らしからぬ動きをしてしまったのを急いで反省して、一緒に歩きながら話すことになった。
「ロンは今日どうして此処に来たんですか?」
「知り合いと来たのですが、やはりどうもパーティーの雰囲気が苦手で。だからこうして子爵の有名な庭園を見ようと」
「私もです。でも庭園は別の方向では?」
「人が多かったので、それに少し…」
「少し?」
「男女の人が多かったですから。免疫のない私では刺激が強かったのです」
「ぇ゙?! あ、あぁなるほどっ。た、確かにそういうことをする人が多いのも事実らしいですけど…」
「はい。それで少し離れた場所に」
以前リジェネ令嬢らから教えてもらったことだけどパーティーで一人外に出るのは危険だということ。特に仮面舞踏会などでは決して一人になってはいけないという。
それは万が一襲われたときに証明できる人間がいないから。どれだけ相手が悪くても不名誉極まりないその噂は貴族の令嬢にとって致命的だという。
だからこそ悪意を持つ人間が度々仕掛けることがあるが、そこは自衛の精神だと言っていた。
それに加え庭園などでは余程の傑物以外の貴族のパーティーで致しているようでそれがパートナーの違う者ということも珍しくなく知り過ぎないことも重要なのだそうだ。
それにしても同年代の人達はこういう話題に目がないと聞いていたけど、ロンは違うのかな? まぁ高位貴族や王族ともなると後継者問題やらで厄介になるとは言うし、多分そういうことなのかも…。
お互い大変ですねと苦笑しながら、そういえばと思い出したことを口に出す。
「ぁ、ロン。その、今度の狩猟祭には参加しますか?」
「すみません。他に用事が会って、狩猟祭には参加しないんです」
「そうなんですね。ごめんなさいこんなこと突然聞いてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。しかし何故狩猟祭を?」
「仲の良い令嬢から聞いたのですが、狩猟祭では令嬢が参加する子息に無事を祈って刺繍入りのハンカチを渡すらしいんです。だから、もしロンが参加するならと…」
「その心遣いだけでも十分嬉しいですよ。ありがとうございます」
少し残念に思う反面、月と並ぶロンの格好良さに見惚れつつこの秘密の散歩を楽しめた。
それからも度々パーティー会場でロンとは邂逅し、初めは驚いて反応していたものの最近では慣れてしまったのかお互い苦笑して語り合うのが普通になってしまった。
だけどそれは胸の高鳴りやロンへの興味が失せた訳ではなく、むしろ以前にも増して強くなっている。話せば話すほど真面目な人で、優しい人だというのが伝わり趣味趣向が合うのか会話が楽しい。
それにたまに見せるふっ…と表情をゆるめた顔がたまらなく格好良く見えて仕方がないのだ。これを『恋』と言わずなんと言えばよいのか。もういよいよ認めるしかなくなっていた。
ある晴れ渡った日の午後、次はどのパーティーで会えるかなんて考えを巡らせていた私のもとにはある一通の手紙が届いた。
家紋の印はないけど、素材だけでも最高級でありほのかに彼の匂いを纏っている。
私が一人ソファで寛いでいた瞬間に突然机の上に現れたから警戒はしていたけど、この手紙の正体さえ分かってしまえば嬉しさで飛び跳ねた。
手紙がいきなり現れるなんて不思議なことだったけどあれが多分魔法…、っていうものなのかな? 今度ロンに会ったときに聞いてみよう。
私も皇族ならきっと魔力を持っているはずだし、魔法なんて夢のようなものが使えたらどれだけ凄いことなんだろう。
手紙には皇都を一緒に周ろうという内容が書かれており、日時と待ち合わせ場所が指定されていた。これは…、期待してもいいのかな?
この想いが私一人のものではないことを、愚かにも願ってしまう。ロンはただ私のことを友達とでしか見ていないのかもしれないという不安は拭えず、だけど期待はどうにも捨てきれない。
あまり派手過ぎず、それでいて可愛い服を着て鏡に映る私は既に半年前とは全くの別人に見える。ナターシャにだけ事情を伝え待ち合わせ場所までの馬車を手配してくれた。
護衛をつけることが条件だけど、私の様子で何やら感づいたらしく温かく応援してくれた。それが気恥ずかしいのやら嬉しいのやらで、とうとう迎えた当日。
待ち合わせの時計塔で待っていたロンはいつもの礼服ではなくシンプルな軽服でそれすらも見事に着こなしていた。
「ごめんなさい。どのぐらい待ちましたか?」
「いえ、到着したのは先程でしたから変わりませんよ。では、行きましょうか」
手を引いて優雅にエスコートしてくれるロンは、真昼間に見ると余計身長が高く頼りがいのある男の人だ。
私が以前気になっていると言った本屋や雑貨屋、ジュエリーショップなんかに連れてってくれて私が目を着けた物をすっ…と私が気づかないうちに買ってくれていた。
本当にこれが女性経験のない人のできることなのか。今日は私ばかりドキドキしていて、ズルいのと悔しいので少しむくれる。
三時ぐらいになって小腹が空いたのをロンが気遣ってくれて近くのカフェテリアに入る。店内には貴族令嬢が多く、皆突然現れたロンに目線を向けている。
ロンは気にせず席を探しているようだけど、私はちょっとだけ握る手を強めた。人が多いのか席を探す内に、見知った顔を見つける。
「あれ…? エディスっ?!」
「エルネ?! どうしてここに…、ってその人は」
「ぁ、えっと…。前に話した、ロンなの」
「ルナ、この方は…?」
「ぇっと、ロンはちょっと待っててください!」
名前を呼ばれると私の正体がバレちゃう! 急いでエディスを店の端っこに引っ張って事情を説明する。
「お願い。ロンに私のことを伝えてないの。だからロンの前ではルナって呼んで欲しいの。エディス」
「でも…、彼は」
「一生のお願いなの。一度だけでいいから」
「……分かったわ」
渋々だけど了承してくれたエディスにほっとして待たせてしまったロンのもとへ戻る。
折角なら三人でお茶をしようというロンの誘いに応じてエディスも交えての食事となったけど、今考えると凄く気まずいことに気づいた。
私は二人との接点があるけど、エディスとロンは完全に初対面。私が話題を振るしかないんだけど、エディスは明らかにロンを警戒してるし…。
あわわわ…と考えるとそうだ!と椅子から立ち上がる。ご飯を食べれば自然と会話もできるし先に注文してこよう!
このお店はデザートがショーケースに並んでいて注文して買うからシステムで、私は二人の好みを前もって知っているから安心して買ってこれるし、うん!
決してこの雰囲気が気まずくてちょっと逃げたいとかじゃないから!
「あ、私注文してきますねっ。エディスとロンは此処で少し待っていてください」
あまり二人を待たせないようにと列が終わり自分の出番になると事前に決めていたデザートを足早に注文して席に戻ろうと足を動かすと何やら会話している二人の姿が遠目に見えた。
思いの外話し込んでいるエディス達に安心するけど、二人とも顔つきがいつもと違うことが気になって少し遠くから聞き耳を立てることにした。
もし喧嘩なら早く止めないとだけど…、大丈夫かな?