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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第四章 【悪役聖女】の末路 
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突然の乱入者

・ 【ヒロイン視点】です。

 エディスとの近況を報告し合うお茶会は夕暮れとともに終わり、私はまた日常へと戻った。と言っても忙しない社交界活動は変わらず、毎日弱音を吐きそうな日々には変わりないけど…。


 

 「ナターシャ、今日はミストリア伯爵家のナタリア嬢とアマリリス男爵家のエリナ嬢、それにスコーピア男爵家のネリア嬢がお茶会にいらっしゃるのよね」 

 「はい。爵位は低くとも流通業や軍事業で生計を支えている名門家なので、くれぐれも味方につけて損はないかと」

 「うん。失敗はしないわ。大丈夫よ」

 慣れたとは言っても、気を休めることはない。たった一度の失敗で足を引きずられる世界だ。

 

 そんな世界に身を投げた身として、最近ではどんな状況にも物怖ものおじしない人間になった。なんて、考えていたのは随分と私のおごりであったと気づくのはそのすぐ後のこと。



 「あんたね!!! 私の取り巻き達を奪ったのは?!」

 ……衝撃とはまさにこういうことを指すんだろう。一瞬何が起こったのか理解できず思考が固まってしまった。


 私達の目の前で怒り心頭な様子で何か叫んでいるのは、会ったこともない令嬢。

 だけどその周りをどうするべきかと議論し合っている騎士達の様子とこの宮に招待もなく堂々と侵入できたことから大体私と違う、もう一人の皇女だと予想できる。


 予定通り約束の時間に令嬢らを招待したわいない話でお茶会を進めていたのに、予期せぬ乱入者のせいで今日まで準備したことが全て台無しになってしまったと分かるのはそれから少し遅れた後だった。

 

 小規模とは言えこのお茶会の主催者は私なのだから当然この無作法な侵入者の対処も責務の一つとはいえ、突然押しかけた皇女にどう切り返せばよかったのか。


 ここまで通してしまった騎士達にも不覚はあるが仮にも皇族をたしなめたりましてや取り押さえることなどできようがない。その点ではある意味一番損な役回りとなってしまっている。


 

 「そいつらは私の物だったんだから、返しなさいよ!」

 「…初めましての挨拶もなしに、本当に無礼な人ですね。それが仮にも皇女として育った人間の言う言葉ですか」

 「何ですって?! 勝手に現れておいて、お父様に見向きもされなかった分際で私を侮辱するだなんて!」

 ズキンっ…と心が痛む。事実であるが誰にも触れられなかったからか、すっかり油断していた。


 私が見つかってなおこの人を皇族の籍に置いているのなら、私よりも彼女に愛情を注いでいるから? だからこんな横暴な態度をしても誰も止めないの?


 

 「第一皇女殿下。これ以上の礼節を欠いた言動は陛下への報告案件となります。お引き取り下さい」

 すっ…と前に私達の間に入ってきたヘルメス卿が一段と心強く感じる。彼女も陛下の名前が出るとバツが悪そうに、それでいて癇癪かんしゃくを堪えきれないかのように私達を睨んだ。



 「あんた達もあんた達よッ。その女が現れる前まではあれだけ私に媚を売っておいて、今更手のひら返し? 知ってるわよ。あんた達が私を裏で馬鹿にしてたこと。きっとあんただって馬鹿にされてるわ。本物とは言え結局は孤児として育った卑しいモ、っきゃ! 何するのよ?!」

 「これ以上エルネ殿下を侮辱されるのは頂けません。暫くは自室で頭を冷やしていらして下さい」

 ヘルメス卿が私への暴言を言いかけていた彼女の身を素早く捕らえ、騎士に上げ渡す。その姿は今まで見たことがないぐらいに冷ややかで、内心凄く怒っているのが見て取れた。


 「離して! 離せって言ってんのよ!!」

 最期まで毒を吐いていた彼女だけど、取り残された私達の間には気まずい空気だけが流れる。


 「ぁ…、ごめんなさい皆さん。折角のお茶会が散々になってしまいましたね。紅茶も随分冷めてしまいましたし」

 「い、いえ…。その、第一皇女殿下が仰っていたことは」

 「大丈夫ですよ。私は過去がどうであろうと構いません。大切なのは、今こうして目の前に座る御令嬢方自身なのですから」

 「エルネ、殿下…」

 「なんて寛大なお心でしょうか。真に皇族と言われる御方ですわ」

 それに表向きは友達と言い繕って私の目の前でも堂々と取り巻きだと言う人だ。実際の扱いはどうだったのかなんて簡単に想像できる。


 貴族でもやっぱりより大きな力を持つ人間に振り回されることは変わらないんだと、この世界の仕組みの一端いったんを知った気分だ。

 でもそれは、結局人はどの世界でも平等ではないと言われているみたいになる。たとえ身分が、立場が違ったとしても人間である限り逃れられないことなんだと…。



 「あまりお茶会をする雰囲気ではなくなってしまったので、今日は趣向を変えて刺繍でもしませんか? ずっと宮殿に引き籠もってばかりいたので、腕だけは随分上達したんです」

 「皇女殿下さえよろしければ、是非」

 「私達わたくしたちも今度の狩猟祭で家族に渡すハンカチの練習をしなければならないので、是非参加したいですわ」


 少し騒がしくなったお茶会の場から離れて客室で話し合いながら刺繍を進めていく。皆楽しそうで、苦手な令嬢もコツを教えるとすぐに習得していった。


 「まぁ、本当にできましたわっ」

 「良かったです。特技と言えばこんなものしかありませんが、ミストリア伯爵令嬢に喜んで頂けたなら幸いです」

 「ありがとうございます、エルネ皇女殿下。実は、このハンカチは私の婚約者に渡そうとしていたものなんです。ですが腕に自身がなく、今年は胸を張って渡すことができそうですわっ」

 目にほんのりと涙を浮かべ、心の底から喜んでいるよう見える。よっぽど婚約者の人のことが好きなのだろうか。貴族と言ってもまだ少女と何も変わらないみたいで安心する。


 それに、もし狩猟祭にロンが参加するようなら私も…。

 ぼふっ…、とまた彼の顔を思い出しては顔から火が出るみたいに真っ赤になってしまったのを何とか令嬢たちには誤魔化せたけど、…やっぱりもう私も自覚してしまっている気がする。







 ######

 

 令嬢達が馬車に乗るのを見送り、今日は疲れてしまったのか早くにお風呂に入る。いつの間にかお風呂なんて贅沢品になれきっている自分がいるのがまた不思議だ。


 お風呂を上がりくしでかしてくれるナターシャに少しためらって聞きたかったことを話す。

 「ナターシャは前に第一皇女殿下のもとに仕えていたって言ってたでしょ? その時の彼女について教えてほしいの」

 「……知っても良いことなどございませんよ」

 「でも私は知りたい。それがどれだけ嫌なことでも、一端いったんでも彼女の人生を奪ってしまった私の義務よ」

 「奪ったなど…っ、そのようなことはございません! あの者はっ、皇女殿下の御威光ごいこうに縋る価値もない人間です」

 「無理に全てを話さなくてもいいから、知ってることを教えてほしいの。彼女が、どんな人間だったのかを」


 私が我儘を押し通して、ようやくナターシャは口を開いた。それはもう、口にすることすら嫌悪するかのような眉間にしわを寄せた険しい表情で…。



 「第一皇女殿下は、とても傲慢で、自分が世界を中心に回していると信じて疑わない方でした」

 「陛下は殿下に関心を持ちませんでしたが、殿下は陛下の関心を引こうとしていたのは宮殿で誰もが存じていることです」

 「まるで私みたい……」

 「違います。皇女殿下は陛下の血を引く正統な実子ですが、あの者は紛れもない偽物なのです! それに、彼女は亡きイェルナ様まで無碍むげに扱いました」

 「お母さんを…?」

 「はい。私はイェルナ様から生前『人に優しく君主として相応しい子に育ててほしい』と頼まれていました。だからこそ、陛下に直訴し殿下の教育係を努めていたのです」

 これは初耳だった。まさかナターシャが彼女の傍で仕えていただなんて。でも、それなら何でここまで嫌うのだろう。子供の頃からお世話をしていたなら、多少の情は抱いてもいいはずなのに…。


 

 「しかし彼女は、私をただ厳しく叱るだけの人間だと罵り、まるで皇族に相応しくない行動を取り気に入らないことがあればすぐに物に手を出すようになりました。最初は私も忍耐強く耐え続けましたが、遂には二束三束にそくさんたばの手切れ金を渡され皇城から追い出されたのです」


 私の疑問に答えるかのように、怒りに震え当時の想いを告白するナターシャ。

 ここまで感情的になるのは初めて見た気がする。普段はおだやかでいつも私を支えてくれる人だけど、ちゃんと弱さもある人間なんだと再度認識できたみたいだ。


 「私は何より、あのような人間がイェルナ様の御子おこと偽りエルネ皇女殿下の立場を奪ったことが何よりも許せません! 本来ならっ、殿下こそ全てを享受するはずだったのにっ…」

 …これに関しては誰も悪くない。いや、きっと誰かが策を講じてしたことかもしれないけど、それは確かに私の意志でも、彼女の意志でもなかったはずだ。


 だから、今のナターシャの話を聞いても私は心の底から彼女を嫌うことができない。私も彼女も、お互いに人生を弄ばれたようなものだ。

 もし私が皇女で、まさか偽物だったと後になって言われても受け入れられない気がする。


 それにしてもまさかいつか会いたいと思っていたもう一人の皇女とあんな顔合わせになるだなんて、少し残念に思うのは仕方ない。

 

 私と入れ替わって生きた彼女は、一体どんな人生を歩んでいたのだろうか。やっぱり贅の限りを尽くしたのか、今日見た限りでも噂通りの人だった。

 ドレスは宝石を幾つも散りばめ、ジュエリーをこれでもかと着飾って、まるで…、寂しさを埋めるみたいに。


 私は彼女のことをあまり知らない。彼女がこれまでどんな思いで生きてきたのか、本当に幸せだったのかも分からない。

 だけど私は、できる限り彼女のことを知りたい。私と同じように、居場所がなくて愛されたかったかもしれない彼女の心に少しでも、明かりを照らせたら…。

 

 こう思うのは傲慢かも知れない。それでも、私は願ってしまう。誰かが寂しく一人夜を過ごすことがないように、と…。




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