噂の第二王子
・ 【悪役令嬢視点】です。
それとない会話で時間を潰しつつ、私はエルネに対してもう一つの質問をする機会を伺った。
既にリジェネ嬢からの報告を受けているとは言え、実際にエルネ本人の口から聞くとでは情報の精度が明らかに違う。
ずっと疑問だった。社交界に手を広げた今でもその謎は解けない。何故なら彼は滅多に表舞台に姿を見せないから…。
「エルネ。一つ貴方に聞きたことがあります」
「え? はい。どうしたんですか?」
「…第二皇子殿下が、どのような方かお分かりになりますか?」
本来【物語】には存在しない人間。
だけど社交界で情報を集めている内に、本来の第一皇子が今の第二皇子であり入れ替わりの如くその席に収まった第一皇子こそ私が注視していた存在なのではないかと思うようになっていた。
性格や才能、状況からしてそれは確定だろうけど私は確信が欲しかった。だからつい先日、彼に直接会ったエルネにこの質問を問いかけたのだ。
「ウィルス殿下は…、分かりません。『いい人』という定義に当てはまるような人じゃないんですけど、皇族の努めには誰よりも真剣に考える人…、でしょうか?」
突然問いかけられたエディスの質問に思いついたまま答えたエルネだったが、その頭の中では今でも納得のいかない、というか理解のできない義兄、第二皇子ウィルス・フォン・ラグナロクとの話を思い出していた。
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【ヒロイン視点】
あの日は朝から皆忙しかった。それは何もパーティーを開くわけでもなければ、令嬢たちを集めてお茶会をする訳でもない。
それは一通の連絡から始まった。第二皇子の訪問。この半年間何の音沙汰もなかった彼がどういう思惑か数日前突然連絡を寄越したのだ。
本来初対面の相手との訪問は数週間前から連絡を入れる。これが私の皇宮入り当初であれば何ら問題もなかったらしいけど、今は違う。
社交界で頭角を現し始めた私にこうしてあからさまに接触するというだけで、第二皇子の性格が大体見て取れた。だかわ私はあんまり好感を抱いていない。
だって…、私の社交界デビューの日には来てくれなかったくせに、今更家族面をするだなんて虫が良すぎる。それも明らかに派閥争いの道具として見られてるわ分かると尚更に…。
この無礼とも取れる行為に、否応なく応えるしかないのは彼の立場にあるだろう。とにかく私はどんな提案をされても首を縦には絶対に振らない、なんて意志を固く決めていたはずなのに…。
「正直言って私はイアニス・フォン・ラグナロク、あの男が皇帝にさえならなければ誰がその座を手に入れようと構わない。例え私でなくとも、それこそ貴方が皇帝になろうと…」
権力に貪欲で皇座に目がない人間、そう評価していた私に彼はまるでなんてことのないようにそう言い放った。いや、言い放ったという言葉は語弊がある。
予想よりも優雅でそれでいて覇気の感じる物言い。陛下のように威厳と畏怖を兼ね備えたものと似ても似つかないけど、やっぱり血筋なのか同じ気質を感じる。
一体誰が彼を派閥に押された気弱な皇子と言ったのだろうか。少なくとも私の目には、皇帝の座を継ぐに相応しい皇族にしか見えなかった。
数分前、顔合わせの席に顔を出した初めて見る義兄。もう一人の義兄とは違い無意識に人を味方に加え込むかのような柔らかい雰囲気を放っていた人だった。
「数日前に連絡をするという無礼な行為をどうか許しほしい。何分私にはあまり時間がなくてね。丁度都合のつく日が今日しかなかったんだ」
物腰も柔らかく、決して下に見ることはないが皇族としての威厳は保つ。実際私が想像していたのが傍若無人の高圧的な皇子なだけあって出だしから既に先制攻撃を受けた。
「いえ…、お義兄様と初めての顔合わせですから。私は構いませんよ」
「半年も顔を合わせず今更兄面をする気はない。適当に殿下とでも呼んでくれ」
つまりは家族として認めるつもりはない、と。数ヶ月前の私だったら確実に落ち込んでいたであろうことも、今だと変に冷静でいられる。
私だって今日初めて見たこの人を兄と呼んで慕える自信はなかったから別に構わないけど、それなら早く本題に入ってもらったほうが良い。
「ではウィルス殿下。お忙しい中、わざわざ半年間も顔を合わせなかった義妹の元へ訪れた理由をお聞きしても宜しいですか?」
「虫が良いことは重々承知しているが、単刀直入に言おう。エルネ・フォン・ラグナロク第二皇女、どうか貴方に皇帝になって欲しい」
「………ぇ?」
とまぁこんな予想の斜め上を通り過ぎた返答に思考が数秒停止し、再び動き始めた時には情報量の多さにいっそこのまま気を失えたらなんて思ったりもした。
それで何故かと聞いてみれば冒頭のあの話になったのだ。本人的に冗談とかでもなく真剣な目だったから、余計に何故私である必要があるのか理由が聞きたくなった。
純粋に皇帝の座が欲しいだけなら彼一人で成し遂げられるだろうに、わざわざ私を皇帝に据える理由を…。
「なぜ、第一皇子殿下だけは許されないのですか…?」
「…貴方は一度彼に会ったことがあるはずだ。一度目に掛けただけでは気づかなかったかもしれないが、あの男はひとえに言って怪物だ」
「怪、物…?、ですか。確かに少し冷酷だと感じる部分はありましたがそれだけでは…」
「あぁ。あの男は人間の振りをするのが何かと得意だから、普通の人間にはその程度に感じるだろう。しかし、私は一度戦場で彼を見かけたことがある。あれはもはや、人ではなかった」
「第一皇子殿下は戦いに優れていると聞きました。そういうことではないんですか?」
「では、普通の人間が魔物の能力を使えることがあり得ると思うか? それに、あの男は自国の騎士ですら躊躇わず囮として使い捨てた。いくら非凡の才を持つ者であろうと、人間としての適正を持たない者が皇座につかせる訳にはいかないんだ」
あれ…? これってもしかして私を皇帝にしたいんじゃなくて、ただ第一皇子が皇位を継承するのを防ぐ為なら誰が皇帝んあろうと構わないんじゃ…。
「ですが第一皇子殿下は皇位を狙っているんですよね?」
「そうだ。それが問題なのだ。あの男は単に皇位を狙っているわけではない。あくまで目的のための手段の一つとして持っているだけ」
「目的、とは…?」
「そこまでは分からないが、奴が皇位単体に興味を持たないのは確かだ」
確かにあの日一度だけ見た彼が皇位に興味を持っているとは正直思えなかった。もちろん一度見ただけでその人の全てが分かるわけじゃないけど、ウィルス殿下が考えた推察の方がどこかしっくりと来る。
「ならば結果的に第一皇子殿下を退けてウィルス殿下が皇位を継承する方が良いのではありませんか?」
「いや、それができれば最も早かっただろうが私では引き分けに持っていけたとしても負けが確定してしまうので私以上の存在が必要だったのだ」
「殿下は亡き前皇妃様の後ろ盾があると聞きましたが」
「それは過去の話だ。今は後継者争いやそれに巻き込まれた領民達の内乱ですっかり大貴族としての影響力は衰え彼の準ずる家門と五十歩百歩というところ…」
「ではどうするつもりですか?」
「私は当初貴方の存在に希望を見出していた。現皇帝陛下は私達の皇位争いなど眼中にないご様子でだったため、かつて陛下が寵愛されたイェルナ皇妃の唯一の実子であれば何らかの手助けをして貰えるのではないかと」
「しかしその予想は見事に外れた、と」
「あぁ。陛下は貴方を愛するどころか激しく憎んでいた。そんな貴方に近づくのはデメリットが大きすぎる。しかし意外だった。まさか陛下の手を借りずとも此処まで勢力を広げるとはいくらグラニッツ公爵令嬢の庇護があろうと貴方の手腕には敬服した」
何だろう。嫌味で言っている訳じゃないと思うんだけど、言葉にトゲがある気がする。
たぶんこの人は思ったまま、事実を言っただけに過ぎないのかもしれない。私がそれを聞いてどう受け取るかなんて微塵も考えていない。
ただ皇族としての立場がそうたらしめているのかもしれない。だけど、皇族としての教育を受けて育ったこの人と、孤児として育った私とでは決して相容れることのない壁があるみたいだ。
「…申し訳ありませんが、そのお話はお受けできません」
「一応理由を聞いてもいいか?」
「私には分不相応、それだけです。確かに今の私は社交界活動に積極的に参加していますがそれは皇位の為ではなく皇族として最低限の義務をこなしているだけに過ぎません。だから私はより優秀な方々を差し置いて皇帝にはなれません」
「……一つ忠告しておこう。いつか貴方のその甘い考えが身を滅ぼすだろう。貴方が大切にしたいと考える人間にまで被害は及ぶと」
「脅しですか?」
「いや、事実だ。戦わないというのもまた選択の一つだろうが、それをするに当たって失うものの大きさに気づいたほうがいい。あの男は、少しでも不確かな未来を選ばない。皇帝の座についた暁には、皇城に並べられているのは私の首一つか、貴方との首二つか。よくよく考えればいい。美味しいお茶をご馳走様した」
そう言ってエメラルド宮に背を翻したウィルス殿下の背中には、どれほどのものが背負われているのだろうか。ふと思ってしまったことをすぐに考え直し、私もまた部屋の中へと戻った。
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「と、大体はそんな感じでした。今後もあまり関わりを持ちたいとは思いませんが、一体なぜそんな質問を?」
「…いえ、少し気になっただけです。とても優秀だと聞いたので、次期皇帝の座ともなれば我がグラニッツ公爵家も十分に絡んでくる話ですし」
「あぁ、なるほど。もし他にも気になったことがあれば遠慮なく仰ってくださいね。エディスは私の友達ですから」
嘘をついてしまった手前申し訳ないけどエルネの話が事実であれば、本当の異分子は第二皇子ではなく第一皇子ということになる。
どのような経緯で彼が第一皇子に至ったかはまだ謎に包まれているけど、もし皇位継承争いが激化して彼が皇帝になるようだったら攻略対象に関係なくエンディングが崩れてしまう。
そうなれば複雑な貴族の相関関係がどう動くのか分からない。もしかしたら皇室から圧力をかけられるかもしれないし、領土拡大の為に絶えず戦争を起こされれば商売どころではない。
噂で聞く限り戦場なら何処にでも現れる稀代の戦闘狂らしいし、そんな人間の統治など考えただけでもろくなものがない。
策略や力にどれだけ優れたものがあろうと人を大切にできない人間でなければ真に皇帝の器とは言えない。
その勇気と優しさ、人を信じる心に突き動かされた人々が主人公を支える。エピソードにも凝ったからこそ爆発的な人気を得た【アルティナの真珠】。
私はこのゲームが大好きだった。ありきたりな内容だと馬鹿にする人もいたけど、当時人間関係のすれ違いで疲れ切っていた私には一つ展開が進むごとに明日への希望を貰えた。
だからこそ、私は完璧なエンディングを守り切る。私とミシェル、皆が幸せになれるやり方で…。




