乙女ゲームの進行度
・ 【悪役令嬢視点】です。
社交界を先導する彼女達との会話はどれも優れたもので、生半可な知識で食らいつけるほど安易なものではなかった。
たぶん私でも前世の研鑽がなければ爪弾きにされていただろう。
「エディス様との会話は金一万の価値があると噂ですが、実際は誇張よりも過小評価の間違いですね。今まで行き詰まっていた問題がこのように解決できるとは…」
「いえ、リジェネ嬢達の伝手があってこその方法ですから。私一人では実行に移せないので意味あるものではありませんよ」
「エディス様はご謙遜がお上手ですが、今後社交界を引っ張る身であればもう少し強気に出なければなりませんよ。もちろんエディス様を見下す輩なぞこの帝国にはいないと存じますが」
「そんなまさか…。それに噂では数カ月後に第二皇女殿下の社交界デビューが約束されていると聞きました。私も招待状を貰ったのですが、今後社交界を率いるのはやはり皇族の方では…」
丁度よいタイミングで肝心の話題に移すことができた。彼女たちは社交界の地位に絶対的な自負を持っている。
それが自分の価値であり、これまで積み上げてきた自信にも繋がっているのだろう。
だからこそ、今後社交界を率いる人間には厳しい目が向けられ真実をありのままに話すのではないかと考えたのだ。
そしてこの作戦は見事に功を奏す。今までにこやかに会話を続けていた彼女達の目が途端に支配階層の人間のものへと移り変わる。
「皇女殿下の噂はよく耳にしますが、到底社交界を先任できる程の器をお持ちではございません」
「たとえある程度の地位は積み上げられたとしても、エディス様が派閥を持つ限り二分に別れ余計な争いを生むでしょう」
「例え高貴な皇族の御方だとしても、社交界での地位はまた違うのです。権威、知識、先導力、影響力に最も秀でた方がその座に着くのが当然だというのが暗黙のルールです」
この嫌い様は、思っていたより状況は良くないのかもしれない。
本来この時期にはヒロインであるエルネの噂で持ち切りとなり、華やかなデビューと同時にこの三人が友人として支え見事社交界の権威を収める。
それが今やどうだろう。どう考えてもエルネに好意的ではないし、もしかしたら既に無能と認定されているのかもしれない。
有能な者を絶対的な支配者として支えることが使命と捉える彼女達ならば、今は非常に面倒くさい展開になりそうだと遅かれながらも気づいてしまった。
私は乙女ゲームの展開を変えるために行動することを決めた。ただそれは変に目立ちたい訳でも権威が欲しいわけでもない。
なのに社交界で絶対的な地位を手に入れてしまったら、それは必然的にヒロインとの敵対を意味する。
できることならば友達として仲良く過ごしたいんだけど…。
「賢明な令嬢方がそこまで非難なさるとは、一体第二皇女殿下とはどのような御方なのですか? お恥ずかしながら私は屋敷に籠りがちで、そのような情報には疎くて…」
半分は嘘だけど一応事実だ。情報は専任のギルドがあるため問題なく収集可能だが、問題は皇女の情報があまりに少ないこと。
いくら公爵家の諜報員でも貴族の社交場での情報収集は危険が伴う。
死の危険を犯してまで情報が欲しいわけではないのでこうして私が直接動くしかなかったのだ。
「まぁ、そうなのですね。私達がお伝えできる情報など拙い限りですが、第二皇女殿下にはいくつかの噂があるのです」
「例えば現在の皇帝陛下の血統を真に引き継ぐ御方だというのは周知の事実ですが、陛下の関心を得るどころか前皇妃様が亡くなった原因と考えられ毛嫌いにされているとか」
それはゲームと同じ設定だ。だけどなんで、本来溺愛するはずの皇帝がヒロインを忌避しているのか。その理由が知りたい。
「ですが陛下は前皇妃様をこの上なく愛していたと聞きます。その方との間にできた皇女様は当然愛されるのではないのですか?」
「…人とは感情を思うままに制御することはできないものなのです。陛下は前皇妃様を愛し過ぎたゆえに、その御方を奪った第二皇女殿下が憎ましいのです。たとえ我が帝国の頂点を統べる陛下であっても、感情を完全に抑制することなどできません」
…当然、ヒロインは誰からも愛される存在だと思っていた。
だけどこの世界が私にとっての現実だと気づいた時、それはヒロインにとっても同じことなんじゃないのかと思ってしまった。
私にとってはただのゲームだったとしても、ヒロインにとって突然分かった父親が自分のことを憎んでいると知った時その絶望はどれだけのものだろうか。
人を愛することがどんなに尊いものでも、そんな勝手な都合でまだ16歳の少女が冷遇されることを良しとする世界なんて間違ってる。
たぶん…、いやきっと、私は欲張りなのだろう。乙女ゲームを壊すことを目的としていながら、肝心のヒロインを救いたいとも思っている。本来なら敵対し、命を掛けた争いをする相手に。
こんなことを誰かに言えば傲慢だと言われるかもしれない。自分のことでさえままならないのに、少なからず芽生えた同情心のために『救いたい』と願うことは傲慢なのだと。
だけど、だから何なのだと私は言う。このまま見てみぬ振りをして、自分さえ助かれば良いのか。
それは私にとっても目覚めが悪いし、私が幸せである一方肩身の狭い思いをしているヒロインを見捨てられはしない。
「私は、社交界を統べることが目標だとは思いません。ただ、帝国に安寧と栄華が永遠と訪れてほしいと願うばかりです」
元々一般人だった私が貴族の振りをしているだけでも違和感なのに、その頂点の座に座るなんてできはしない。私の言葉を、彼女達は一切の曇りなき眼で聞いている。
もし本当に友人になるのだとしたら、彼女達に嘘はつきたくない。これで私のもとを離れるようなら、それまでの縁だったということだ。
「だからこそ、私は第二皇女殿下との交流を深めたいと思っております。社交界に無関心だった第一皇女殿下のこともあり、怪訝に思う方もいるでしょう。だけど、まだ何も為しあげていないからと言って最初から諦めてしまっては、未来などないのではありませんか?」
偽物皇女として今や知られる第一皇女は、面倒なマナーや格式を要する社交界を毛嫌いしていた。そのせいで彼女が取る行動の一つ一つが彼女達に多大な迷惑を被ることが幾度とあったのだろう。
実際ゲームの内容にそんなシーンがいくつかあった。他国の使節団が来訪する際に問題を起こし、その収拾には長い年月がかかったとか。
だから彼女達は『皇族だから』、なんて理由で誰かを崇めたりはしない。自分が信頼でき、付き従える人間を尊重するのだ。それが今回たまたま私だけだったとのこと。
帝国に大きな功績を残し、発展をもたらした結果が見えているから。でもこれから芽を出すかもしれない人間もいることを忘れてはいけない。
彼女達はじっと私を数秒間見つめ、苦笑してまるで自分の愚かさを嘆くかのように息を吐いた。
「エディス様の仰る通りですね。どうやら私は過去の事実ばかりに囚われすぎて現実を直視することができなくなってしまっていました」
「私もです。そうですね。全ての人間が最初から完璧なわけではありません。私達はあまりに完璧な指導者を求めすぎていたのかもしれません」
「私も、エディス様のお言葉を聞いて過ちを知りました。何故私達がこれまで社交界を兼任していたのか、そのスキルを教え導くというのもまた使命なのですね」
物分かりが宜しくて大変良いんだけど、なんか崇拝の目がさらに増したことには目を逸らしておこう。いや〜、エディス知〜らない、っと。
とにかく目的以上の結果は得られたし、ひとまずヒロインが社交界で孤立する心配はなくなった…?でいいのかな。
目映いばかりの視線に耐えきれなくなり切りの良い所で会話を終え、またミシェルの隣へと戻る。友達作りなんて慣れないことに気を張ったせいか一層この場所が心地よく感じる。
するり…、と誰にも気づかれないよう後ろでミシェルに手を回すとほんの少しだけ、私しか気づかないぐらいに目元を赤めて笑った。
まるで愛しい人と触れ合うように、公然にして秘密の関係。婚約者であり、『恋人』でもある私達だからこそ感じる想いだ。
私は強く信じてる。未来を見通せない不安も、恐怖も押し通して、貴方と幸せになる未来を…。
そうして私の社交界デビューは無事大成功を収めた。ちなみに婚約者との熱愛ぶりが暫くの間お茶の間を騒がせたことはまた別のお話。