【乙女ゲーム】の典型
・ 【悪役令嬢視点】です。
ザワザワといつもは静寂を極めたホールに騒々しさが募る。
貴族が一斉に集う様子を陰ながら見て少し怖気づいたのか一歩足を後ろに下げるとトンッと誰かの肩にぶつかった。
「ぁ、ごめんなさい…。って、ミシェルじゃない」
「その反応は流石に傷つくな。俺のお姫様」
「もう完全に敬称は抜けたのね。それに子供の頃は一人称が『私』だったでしょ?」
「余所行きはそうだがエディスの前ではいいだろう?」
そう言って自然と私の手を絡めて頬に持っていくあたりかなりのプレイボーイな気がする。私だってまだ手を繋ぐのも恥ずかしいのに…。
耳まで赤に染めた私を見て普段は滅多に表情を崩さないミシェルが破顔する。その攻撃力の高さと言ったらもう半端なかった。
「ま、まぁ? ミシェルがどうしてもって言うならいいわよ?」
「ははっ。お姫様は随分と意地悪なんだな」
「もうっ! そのお姫様っていうのもやめてよ! もし誰かに聞かれたら反逆罪って思われるかもしれないじゃないっ」
「そうか? でも俺のお姫様はエディス一人だ」
前世では少し距離を置いておいた友人二人のバカップルを思い出して恥ずかしさが増す。
あの時は分からなかったけど彼らはこんな恥ずかしい思いすら自覚しなかったのだろうか?
とは言いつつ周りから見ればエディス達も十分バカップルの部類に入る。押しはミシェルだがそれをなんだかんだ言って受け入れているエディスもエディスだ。
まぁ長年お互いが好きあっていたことは公然の事実なので周りの人間たちは微笑ましくも見守っている。
きっと二人はこれから公認の熱愛夫婦になる未来は確定しているのだろう。
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デビュー挨拶と婚約発表を無事終えた私達は来賓への各挨拶へと向かった。当然我先にと群がる貴族たちに、馴染深い顔ぶれが牽制する。
「お久しぶりですね。シリアル公子」
「お久しぶりです、エディス嬢。この度はご婚約おめでとうございます」
溢れんばかりの美貌を惜しげもなく晒す人物。たとえ数年の月日が経とうと一切の衰えを見せない彼の美貌はもはや称賛にすら値するだろう。
「初めの出会いから六年という月日で随分と大人になってしまいましたね」
少し惜しむような、それでいて喜ばしいような声色でそんなことを言うシリアル公子。時々所要を通して連絡していたとはいえ、私にとって彼は親戚のお兄ちゃんみたいな存在だ。
お互い大人になっていくのは寂しく感じるし、やっぱり形容しがたい嬉しさもある。
「相変わらず傾国とも謳われる美貌を保つシリアル公子から言われれば皮肉にしか聞こえませんよ?」
「それはすみません。本当にそう言ったつもりでは…」
しゅんと落ち込んでしまった公子に思わず笑ってしまう。ちゃかすつもりで言った言葉がこうも彼に突き刺さるとは思わなかった。
なにせ社交界でいつも噂になっていると人気の彼だ。このぐらいの冗談は言われ慣れているとばかり思っていた。
「冗談です。ごめんなさい。久しぶりに会えたものだからちょっと公子に悪戯してみたかったんです」
「それは、…ほっとしました」
緊張が溶けたのかふわっと綻ぶような笑みを溢した公子に静かながらも会場に悲鳴混じりの歓声が上がる。
どうやら私達の会話を見守っていた令嬢達が騒ぎ立てているようだ。
これが上級貴族中心にしたパーティーだったから被害はここまでに済んだけど、もし下級貴族も参加していたならば感情を抑制する努力などすぐに放り出して失神までしていたと思うとむしろ良かったのかもしれない。
少し思いついた悪戯心がまさかここまでの効果を及ぼすとは…、なんて呆れ半分に思っていると隣にいるミシェルがノールックで指を絡み合わせる。
……これはズルい。油断していたところで不意打ちのデレはヲタクの私を殺しにかかっているとしか思えない。
しかもこれはスチルでは絶対に見ることのできない私だけに許された特権だと思えばそれこそ天にも昇りそうな勢いだ。
それに感づいたのか公子がにやけてるけどもういいもん。これはミシェルが嫉妬してくれ証だし何より貴族のしきたりやら何やらでスキンシップを取る機会が少ない私にとっては十分な供給時間である。
そんなやりとりを交わしていると、また懐かしい面々が視界に映る。それも全く変わることのない構図で…。
「よっ! 久しぶりだな、エディス」
「ロイアっ、今日は祝いの場だからその口調は止めなさいと何度も…」
この兄弟はいつ見ても変わらないようだ。成長して背が伸びたとはいえまだまだ精神が子供のロイアとそれの尻拭いに追われる兄。誠にご愁傷様である。
ロシアル公子に至って我がグラニッツ商会が運用する特注胃痛薬の注文数が途絶えるどころか年々増加しているので洒落にならないというところが心配だけど…、
「なーなー、俺のことは無視か?」
不満顔のロイアの言葉通りフル無視を噛ましてロイアル公子に挨拶を行う。
「お元気そうで何よりですね。ロシアル公子」
「ありがとうございます、エディス嬢。折角のハレ舞台ということでプレゼントをご用意していたのですが、何分この馬鹿な弟の世話で予定が狂ってしまい…」
「俺だってちゃんと選んだんだぞ!」
会話の隙間隙間に余計な一言を入れるロイア公子に怒りマークが溜まっていく。これでつい先日ソードマスターになった天才とは到底思えない。
「お気持ちだけでも十分ですよ。それにしてもロイア公子はもう少しお静かに願えますか?」
「う゛っ? な、何だよ。俺だってお祝いしにきたんだぞ!」
「お祝いというならまず礼儀を守って下さい。ただでさえ高位貴族を中心に集めたパーティーですので家紋の品位を落としたくないのであればそのお喋りな口を今すぐ閉じてはいかが?」
「エディス、お前見ない内に口が悪くなったぞ」
はぁ…ッ?!と持ってるセンスをぶちかまそうと思った時、それまで怖いくらい静観を貫き通していたミシェルが私達の間に割って入った。
あ…、やばい。これミシェルぶち切れ一歩手前だぁぁぁああ!!
長年の付き合いで表情からある程度機嫌の読み取れる私は今のミシェルが剣を持っていなかったことに心底安堵した。
いや、隠しナイフとかは当然持ってるかもしれないけどね。あるとないとでは何をするかという安心感がケタ違いなんですよ。
「先ほどから黙って聞いていれば、アグレイブ公爵家は随分とグラニッツ公爵を見下しているようですね」
あぁあ…、もうっ! 敵に回ったミシェル以上に怖いものなんてないのに!
ソードマスター成りたてで調子に乗っているロイアには可哀想な話だが当時最年少で覚醒したミシェルにとってはまだまだ生まれ立てのヒヨコみたいなものだろう。
力でも圧倒しているのに、今回は怒らせた相手がマズかった。私がキレておけばまだ収拾はついただろうけど、公爵家よりも格上の大公家が話の的に立ったのだ。
野次馬は皆聞き耳を立ててるし、ここでもしロイアが売り言葉に買い言葉でこの喧嘩を買ってしまえばそれこそ本来必要のない確執を作ってしまうだろう。
内心面倒ごとができたと嘆いているが、実際はちょっとスッキリした。こんな面倒を作った原因の一端はミシェルにもあるが、そんなこと知るか!
だって私のために怒ってくれたミシェルに対して恨むことは絶対にないし、何ならロイアにはいつか痛い目にあってほしいと思っていたので丁度いいとすら思ってる。
フレー、フレー! ミ・シェ・ル!!! 最高! 単推し! ミ・シェ・ル!!!
負けろー! 負けろー! ロ・イ・ア!!! ガキ! アホ! ロ・イ・ア!!!
よっしゃぁ、この調子でミシェルとロイアの戦いはポテチ片手に観戦してよ。
え? 私のために争わないで? 無理無理、キツイって…。私前世合わせてアラフォーだよ??!!!