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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第一章 悪役聖女の今際(いまわ)
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血統書付きの駄犬

 「どうしたの?」

 「人がおぼれてしぬのは初めて見るから」


 「そんな面白いかな」

 「あんまり。あ、あわなくなってきた」


 別に私は湖に溺れる子を助けないのにはちゃんと訳がある。命の倫理が薄くなったのもあるけど、オルカの歴史に誤差が生じてはダメなのだ。


 私が殺されるように、オルカも殺さなければならない。その屍の山を築いた後に、『未来』は存在するのだから。


 あとは単にこの子が真冬の貴重な食料を幼い子から奪い免疫が低下した子達から流行り病にかかって死んでしまった。つまりは間接的にでも二人以上を殺したこの子には、殺しても構わない免罪符が配られたのだ。


 「しんだかな」

 泡が完全に途絶えたとき、どうせなにも思ってはいないのに確認する言葉はまだ生かしてなぶりたかった口惜しさか。


 「足をふみ外したこんせきとわたしたちがここにいたこんせき、けさなくていいの?」

 「うーん、…どうしよっか?」


 あぁ、嫌気が差す。原作に忠実すぎるほどの男に。この男は今二つの選択肢を掲げてどちらを突き落とそうかと嘲笑っている。


 私を今此処で殺しても状況隠滅を図るか、私を『共犯者』にして内側に取り込むか。


 どうしよう。ここで殺されるのは原作じゃあり得ない。そもそもこれは私が自発的に行動した結果であって本来の未来ではない。


 これから起こることは全て、自らが招いた予測歩脳な『未来』だ。


 「わたしをころす?」

 「も、じゃなくて?」


 「んー、できしはいやだからころすならせめてそのナイフでさしてくれない?」

 六歳以上の孤児に与えられる護身用の短剣。そこまで鋭利ではないが何度か心の臓をえぐれば絶命する程度の殺傷力を持ち合わせている。


 「嫌だと言ったら?」

 「…それまでかな?」

 補食の視線に真っ向から返せば興味が再来したのか機嫌が良さそうにポツポツと話しかけてきた。


 「君の名前は?」

 「シルティナ」

 一刻も早くこの男の隣から抜け出したいというのにオルカは知っては知らずか逃がしてはくれない。


 「へぇ、いい名前だね。僕はオルカだよ」

 「…そう」

 初めから知っていると突っ込みたいがここは我慢だ。微々たる私情で衝動的になって良いメリットなどないのだから。


 「それにしても、シルティナの髪は僕と似てるね」

 唐突に私の髪に触れたオルカにビクリと反応したのがバレてはいないだろうか。似ているも何も同じ神力を持つもの同士、覚醒の日が近づくにつれ白銀に染まり輝きを放つのだから当たり前だ。


 きっとオルカは感づいている。そもそもこの辺りで単純な神力操作ぐらいはできているはずだし。

 「オルカ、へたにさわらないでくれる? あなたにふれられるとはきそうになるわ」  


 さっきまでのオルカを観察した上で、総合的に判断した攻略法。それは『興味深い』人間になること。どうせ同じ土俵に立つ『人間』だなんて思ていないのだから、此方もそれに相応しい扱いをしなければ。


 「あぁ、ごめんね。はい、もう吐きたくなくなった?」

 面白さからか笑顔から作り物感が少し抜けている。やはりあの『オルカ・アデスタント』なのだと再認識した。


 「ねぇ、あんまりちょーしに乗らないことね。それとこんごもしつよう以上にわたしにかかわらないでちょうだい。ほんらいあるべき『みらい』を、ねじ曲げたくないでしょう」


 「あるべき『未来』なんて、誰が決めたの?」

 「えらい人じゃない? なんにせよあとじゅうねんも待てばイイはなしよ。そうすればころしていいから。まさか、まてもできないと言うの?」


 「ヒドイな。僕がそんな駄犬に見える?」

 「いいえ。あなたはけっとーしょ付きのゆーしゅーな犬。だけど、いつかかならずじぶんだけのてーこくを作るヤシンカ。ダケンではないけど、みかたをかえればさいてーな『ダケン』ね」


 「僕は随分と信仰深い方だと思ってたんだけどな…」

 目を反らしていたのも今さら恐怖を通り越した呆れが底をついて真っ直ぐオルカに向き合う形で立ち上がる。そうして私は嘲笑うのだ。お前ごときが私の守ろうとする『人間』に成り上がるなと。


 「あなたが? バカバカしい。あの子をつき落としたすぐなのにわたしと楽しそうにはなしてるじゃない。おもい上がるのもほどほどにしなさいよ。あなたが『ニンゲン』だなんてだれもみとめないわ」


 『聖女』を使い潰して用がなくなればゴミのように捨てた。いずれ訪れる未来であっても、こんな男に振り回されるだなんて死んでもごめんだ。


 そんなことを思ったからなのか急にガッ?!と私より一回り大きい手が首元を締めた。


 「ッ…?! なに、するの…よっ…」

 「シルティナが言うように僕は化け物なんだろう? じゃあ人間のシルティナは僕に殺されてもおかしくないよね?」


 ハハッ…、頭のネジがぶっ壊れるとしか思えない。そうしている間にもどんどん力を入れられ呼吸が出来なくなっていく。


 流石ヒロイン皇女とはえらい違いだ。私なんて中盤で出番を終える悪役など死んでも大差ないのか。


 私は簡単に命を奪える羽虫だとでも思っているのだろうか? 私はこの世界で、生きていないのだろうか?


 そんな考えがよぎると、必死に抵抗するのも空しくなった。だからか、オルカの手を引き剥がそうと力をいれていた手を宙に浮かせる。

 

 「…、抵抗しないの?」

 返事をも求めているのかほんの少しだけ締める力が弱まる。これじゃあただ苦しみが続くだけだというのに。


 「あ、っがいて…、しぬほど…っ。みれんがましく、ないものッ」

 「…ふぅん。やっぱり可愛い。可愛いね、シルティナ」


 最大限の侮蔑と軽蔑を込めて送った瞳はオルカの何を刺激したのか手を緩め、だけど締めるのは続けたまま頬にペットに行うようなキスがされる。


 頬は朱色にこの真冬でも色づいている。こんな求愛方法があるだろうか。生殺与奪を握られた状態で、自分は弱者だと思い込まされながら押し付けられる『アイ』に中身があるなら、それこそおぞましいものはない。


 「きもちわ、るい。はなして…っ」

 「ねぇ、シルティナ。僕は君の犬にならなっても良いと思ってるけど、どう?」


 本当に話の聞かないトンチンカンが何を言っているのやら。それにまだ首を絞めている段階で『犬』だなんて嘘つきにも程がある。


 「ぜんっぜん…! かみつくダケンなんてほしくないわ…っ」

 「あぁ…、そっか。はい」


 パッと手を離してようやく十分に空気を吸い込めたけど真冬の空気は喉にいたい。


 ゲホッゲホッ…!

 涙が滲みながら呼吸を整える。心配な顔一つせず「大丈夫?」なんて言うぐらいなら何も言わず永久に私の目の前に現れないでほしい。


 「それじゃあ、よろしくね。シルティナ」

 苦しんでいる元凶のオルカは、オルカだけは幸せそうに私のおでこにキスをして、ろくに歩けなくなった私の手を引いて集合場所に戻っていった。


 手を引かれている間も、子供体温の温かい感触に「ぉぇっ…」と心の内で吐いていた。








 ######



 その日から『執着』という言葉が私に纏わりついた。年も離れていたりと接点のなかった私達が、おもむろに親しげにしていることに他の子達も違和感を覚えている。


 「シルティナ。ほら、こっちおいで」

 湖での出来事以来、孤児達の中では仮初の安息が漂っていた。その中でもオルカは年上で顔も整っているためか女子達の競争率は高い。


 そんな人が私の世話ばかり焼くものだからオルカの年齢層の人は私を目の敵にする。さらには私以外の小さな子供にも基本無関心だから最近は私だけのけ者にされている。それすらオルカの手中によるモノだと思えば苛つきも募る。


 今だってにこやかに手を差し出しているけど、誰もいないところで私の首を絞めては愉楽に満ちた顔をする毒蛇のような男だ。コレが将来大陸最大の教会のトップだなんて終わっている。


 ここで私があの手を拒絶すれば、さらに面倒なことになる。周りの子達には調子に乗っていると陰口を叩くし、オルカには酷い仕打ちを受ける。


 「…うん」

 でもこうやって手を握ったところで、大差ないのに…。まだ半分以上残った具無しのスープを両手に持ってオルカの元へ重い足取りで向かった。


 ここからは『いつも』と同じ。オルカが私を膝に座らせてどれだけ嫌がっても食べさせられる。端から見ればある種の求愛行動。主観的に見れば脅迫以外の何者でもない。


 「あ、ついてる」

 オルカと視線が合って、口元についたスープの汁を拭った。その延長線上で小指が首元に触れていたことを、偶然だなんて信じないし嘘を吐く気すらないだろう。


 「はい、とれたよ」

 心内を知っていてなお笑みを浮かべるオルカ。そのことで嫌な顔をしようものなら飛んでくるのは無数の視線。此処でも私の居場所なんてない。


 「もうおナカいっぱいだからいい」

 「昨日もそう言って食べなかったでしょ。ほら、口開けて」

 この男に差し出される全てのものが蟲に見える呪いでも掛かればいいのに…。そう思いながら私は、口を開いた。


 「ん…っ。 んむっ…、んっ」

 開いた瞬間に木でできたスプーンが入れられる。満足そうなオルカにどうすればこの胸の憤りが伝わるだろうか。いや、それともその憤りすら愉悦に変えてしまうかもしれない。


 この世界に来て初めて思ったのは家族の恋しさと独りの孤独。だけど今は一人になりたい。醜い人の本質など見たくなかった。


 全て完食してようやく湯浴みの時間になったことで解放された。湯浴みといっても前世のような温かいお湯なんてものはない。ぬるい水を年長の子がかけてスピード式で回される。


 当たり外れもあるけど、基本的に私に対しては当たりが強い。この『当たり』というのは残念ながら態度という点なのだから悲しいことだ。本当に酷いときは髪の毛が何本か抜かれるから、まだ雑に水をかけられる方がマシだ。


 そうして今日も藁のしかれた硬い床で眠りにつく。起きるときは全身痛くて仕方がないけど、まだこの境遇は良い方なのだと暗示をかければ心の痛みも和らぐ。


 朝早くから私達は仕事に取りかかる。今日だって私はオルカの手に引かれていた。ザクッザクッ…。雪を踏みしむ音は唯一この静寂から救ってくれる。


 ぎゅぅうう…

 「ぐっ…! っかは…っ! ぅっ…、ぅう゛」


 苦しさで涙が止まらない。だけどここで抵抗してもさらにオルカの興奮に火をつけるだけ。私はただこの地獄が終わる日を待っている。


 意識が半分飛びかけたところで締め付けていた手は離され、喉の激痛に空気の入れ換えが遅れ熱に浮かされた状態になる。


 「っはー…、ゲホッゲホッ…ッ!! ぅぅう゛ぅっ…」

 「やっぱり、治ってる。やっと覚醒したんだね、シルティナ」


 目の前で小さな子供が悶え苦しんでいてもオルカは自分の興味関心以外に触れることはない。分かってはいるし触れられでもしたら引っ掻いてやるが腹立つものは腹が立つ。


 首筋に指を当てられ、先程まで締め付けていた痕が徐々に薄れていくのを観察している。


 そうだ。神聖力は命の危機によって覚醒することが稀にある。【原作】だと時期が来て覚醒したけど、今回はオルカのせいで無理矢理覚醒させられた。


 この為だけに何度三途の川を渡りかけたか。調整が上手いが為に余計苦しみは続く。


 「よしよし、可愛いね」

 オルカは私を優しく私を抱き締める。涙と鼻水、ヨダレで顔を赤くした女を可愛いと言うやつほど頭がぶっ壊れていることを学ぶ良い機会だったと思えば良いのか。


 「よく頑張ったね。えらいえらい」

 まるで子どもをあやすかのように頭を撫でるオルカだったけど、もはやそれに抵抗する気力さえ日に日に失っていた。


 一度本気で抵抗したら失神するまで首を絞めて、起きたらまたの繰り返しで心が折れかけた。最後に「全身綺麗に骨折させよっか」なんて言ってたし、オルカならやるだろう。たとえ抵抗をなくそうと、時期が来れば…。


 私、ホントに何してるんだろう…。これ以上は本気で心が壊れそうだ。そう思ってまだギリギリで保っていた数ヵ月後、オルカは孤児院を去った。



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