報復は知らぬ間に…
・ 【ラクロス視点】です。
気に食わない。それを考えていたのはラクロスも同様であり、苛立ちからか既に肉塊と化していたものを蹴り飛ばし、壁一面にその血を塗りつけた。
お互い妥協して行動しているが、内心殺したい思いは何方も変わりないことをよくよく理解している。
ただでさえ嫌な男の顔を見たと言うのに、更に胸糞悪い報告だったことにラクロスの気分は最底辺まで降下していた。普段であれば笑いながら綿密な計画を裏で立てて行動するが、今回ばかりはそんな悠長に待ってはいられない。
「イグマ、アドマニア領地に潜伏する人間を一箇所に集めろ。調子に乗りすぎたゴミ溜めを焼き払う」
「はっ。ボスは如何なさいますか」
「俺も向かう。あと、門番は必ず生かして捕らえるように。捕らえた奴には褒美に金貨五百枚やる」
「承知いたしました」
見かけで軽く見られるボスだが、実は金勘定に厳しい。以前報酬を渋った依頼主には懐が空になるまで拷問したことを知っているイグマに取って、このように莫大な報酬を加えた門番とは一体どんな者なのだろうと気にかかったが知っても碌な結末は迎えないのだろうと考えないように思考を外した。
好奇心は猫を殺す、ということわざがあるようにボスに仕える上で余計な探りは死を招く。それを幾度となく間近で見てきたイグマは、そっと目を伏せ命令を遂行するのだった。
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パチパチパチ…ッ、
木材が焼け、柱を失ったところから崩れていく。それは今まで黙認されてきた、いわばアドマニア領地の政治的容認の要だった違法カジノ会場であった。
そこで供給された潤沢の資財によって豪華絢爛に堂々と立てられていた会場は、見るも無惨な形で炎が回り、所々完全に焼き尽くされていた。
深夜ということもあって、炎はより輝きを放ち近隣の住宅民はもちろん、領地民のほとんどが騒ぎを知り駆けつけている。
会場からは続々と貴族達が姿を表すが、その姿は酷いもので煤を被りとても高潔な貴族の姿とは程遠い。せっかく着飾った服装はボロボロとなり、命からがら逃げ出した危機迫る顔は領地民から哀れみと嘲笑の目を向けられるのには十分だった。
その様子を離れたところで見守っていたのは転移魔法でアドマニア領地まで移動したラクロスであり、彼はある報告を待っていた。
数分もしない内に、この領地の管轄を任せた手下から待ち望んだ報告が入る。門番を捕らえた、と。
この騒ぎの一番の元凶であり、ラクロスの怒りを最も掻き集めた人物。ようやく捕らえた獲物に、ラクロスは残忍な顔で嗤う。吸血鬼の証である鋭く尖った牙は食料を獲ることと同様、嬲り殺しにする上で多いに役立つことを証明する良い機会だとでも考えながら…。
「ボス、主要貴族は全て救出いたしましたが他の者達は如何なさいましょう」
「ハッ、殺せ。金目のモノは可能な限り奪い、奴隷や従業員は全て焼き殺せ。生き残りがいると後で面倒だ」
「了解いたしました。迅速に始末を片付けます」
オークションが終了して続々と貴族達が帰りの準備をしていた時間帯だったせいか、奴隷のほとんどが地下の部屋で繋がれ身動きが取れずに迫りくる炎に身を包んで死んだ。
誰も助けに来ることなく、炎の中焼け焦げた死体が大量に見つかったことが後々新聞で大々的に掲載されたが、全てラクロスの知ったことではない。
奴隷の中でも特に容姿の優れた者たちだったが、最終的にその美貌を酷い形で失ってしまったのだから奴隷に堕ちたときから不幸から逃れることが出来ない運命だったのだろう。
それを成し遂げた当の本人は彼らの存在など塵にも考えていないのだから、余計哀れに救われないというものだ。
まさかこの一連の騒動が一人の少女を邪険に追い払ったことが原因だとは誰一人考えないのと同じように、この世界は誰か一人の都合に寄って簡単に壊れてしまう狂った世界なのだから…。