お馴染みの展開
・【悪役令嬢視点】です。
今すぐ、今すぐ飛んで帰りたい! 顔をグシャッと顰めて全力で好意がないと表現するが「ブハッ…っ」と盛大に吹かれた。何だろう。何か大切なものを失った虚しい気分にさせられた。
「あ〜…、え〜っと、小公子様。あの、私今日はこの辺で…」
「逃げるおつもりですか? 私はまだ貴方に質問しなければならないことが山程あるのですが」
腕を痛くない程度に、しかしガッシリと掴まれ逃げる術はない。ある意味良い笑顔過ぎて逆に怖いよ〜っ。
「いや、でもお父様が心配してると思うし…、」
「あぁ、何故このような所にいらっしゃるかと思えば。公爵閣下のお墨付きだったのですね」
私が何とかして逃れようとするたびに尋問されている気分になる。というか確実に情報を集められている。このまま私がヘマをする前に早くこの手を振りほどかなきゃ!
「せ、説明は後日必ずしますのでとにかく帰らせてください!」
「…あぁ、そうですね。確かにその方が良さそうだ」
相手も納得したのか一つ頷いて了解したけど、何故手が離される気配がないのだろうか。
「では今度エディス嬢を私の屋敷にご招待します。先程の興味深いお話の件もございますし、よろしいですよね?」
「え、えぇ〜っと、それはぁ…」
アハハh…、と目を泳がせて小公子の目線を避ける。そんな未来で私を殺す人の屋敷なんかに行きたいわけないじゃん!
心の家でめちゃくちゃにツッコミまくってるけど時間を掛けるに連れて小公子の笑顔の凄みが増していくだけだった。酷い、横暴だ!
「は、はい! 大丈夫!、…です」
全然大丈夫じゃないよ〜…! でも今はとにかく此処を切り抜ける他ない。後のことは後で考えよう。
「くれぐれも、はぐらかそうなどと思わないように。万が一招待状を無視されたのなら、悲しみのあまりグラニッツ公爵家とのこれまでの取引を考え直してしまうかもれません」
まだ成人にも満たない年齢の筈なのに、どこでこんな脅迫技術を覚えてきたのだろう。末恐ろしいことこの上ない。コクコクッと高速で首を縦に振ると小公子はやっと満足したかのように私の腕を握っていた手を放した。
そのままくるりと背を翻し、瞬く間にその背は遠ざかっていく。
ゲームのスチル通りのイケメンが現実に存在する違和感と先程までのやり取り上で湧き起こったやりきれない気持ちから考えることを放棄した私の頭は急速に落ち込んでいく。
結局目的の物は得られなかったし、くたびれ損も良いところだ。最悪な人に目をつけられるわ、屋敷に招待されるわで碌な結果にならなかった今回の騒動を反省を交えて次の作戦を練るしかないだろう。
泣く泣く公爵邸に戻り、ベッドに寝転ぶ。作戦Aが潰えた以上、作戦Bに切り替えである。というのも私が即興で作った凄く大まかなものなんだけど…。
聖遺物に関する情報はもうない。だから次に狙うのは魔道具だ。それも高ランクで性能の高い高額品。聖遺物の場合は誰もその価値に気付いていなかったからお金をあんまり掛けずに済むはずだったんだけど、魔道具になると話は違う。
魔道士が作成した魔道具の一つ一つが国に登録されていて、攻撃や回復などの性能を持つ魔道具はほとんど貴族が発注するためその外装も煌びやかなものが多いのだ。
ひとえに言って超値が張る。私が望む性能を条件付けるとそれはもう一点で一般兵士の生涯年収を超えるだろう。
だからできればあまりお金を使うような真似はしたくないんだよね。いざとなれば逃亡資金とかも用意しとかなくちゃいけないし、私自身前世が平民に近いのでそんなトチ狂った金銭感覚をしたくない。
商会での利益を考えれば買えることには買えるけど、無駄遣いは嫌だ。いや、私の命を守るための買い物だから決して無駄遣いではないんだけど…。
はぁあ…、こうも上手くいかないとは思っていなかったから余計考えることが増えてしまった。招待状の件もあるし、…よし、寝よう! 寝て全てを忘れるのだ〜ー‼!
ぐぬぬぬぬg…と眉間に大きく皺を寄せて羊が一匹、羊が二匹…と数え続けた。なお夢にまで羊が出てきてその数の多さに踏み潰されたことはもはや悪夢であろう。
#######
「お帰りなさいませ。ミシェル様」
もう深夜も過ぎて明け方だというのに完璧な執事服を着こなした執事が主人を出迎えた。他の者を起こさないよう裏戸からの帰りになってしまったが、慣れていると言わんばかりに自室へと足を運ぶ。
「ミシェル様、例の物は手に入りになりましたでしょうか…?」
「あぁ、案ずるな。多少の邪魔が入ったとは言え無事回収できた」
「それならばよろしゅうございました。しかしウィリアムズ大公家に代々伝わる秘宝がまさか本当にオークションに出回っていたとは…」
執事が遺憾の思いで言葉を溢すが、肝心のミシェルは大して興味がないように指輪をハンカチの敷いた机の上に置いた。
「無駄口は良い。明日の昼、父に渡す。それまで管理するケースを用意しろ」
「承知いたしました」
執事が部屋を出て、自分も外着を着替えていく。そしてふと、今日出会った少女のことを思い出す。傲岸不遜で、媚を売ることしかできなかった無能な令嬢。そう評価付けていた彼女が見違えるほど変わっていた。
表情豊かで、自分に気付いてもどうにか逃げようと画策する面白い令嬢。それが彼女に新たに自分が付けた評価だった。
まさか彼女を自分から屋敷に招待する日が来ようとは、一年前の自分であれば想像すらできなかっただろう。しかし、今は…。あの怯えた顔芸の上手い令嬢に会うのが待ち遠しい。
しかしよりにもよって顔芸のセンスとは…、
「ふっ…、ははっ……」
ミシェルは顔面を破顔させて笑った。もし執事がこの場にいれば衝撃のあまり失神するか絵師を叩き起こしていたことだろう。
それもそのはず、幼い頃から世話をしていたがミシェルが笑ったことなど、数えるほどしかなかったのだから…。