不思議な少女
・【悪役令嬢視点】です。
門番と男の言い争いは数分に及び、先に焦れたのは此方の護衛だった。今にも男を追い払そうとする護衛を「しっ…」と人差し指を口に当てて止める。
最初は親子かと思ったけど、話を聞いている内にそれはないと判断した。男が少女に向ける口調は私と護衛の『それ』であり、何より少女はこの喧騒の中一切動じずに様子を見ている。
本当の娘であれば父親に加勢するか父親の下に隠れて庇護を狙うだろう。じゃぁ一体何者なのか。それが分からない限り不必要な衝突は避けたかった。
「招待状など後でいくらでも用意できる! いいから早くこの御方を入場させろッ」
「何度も言わせんじゃねぇよ! 例えどんなお偉方でも此処は紹介制! 招待状のねぇ客はぜっていに入れる訳には行かねぇんだよ!」
男は随分と少女を入場させることに必死だ。それもまるで、会場に入れなければ殺されるとでも言わんばかりに…。
「チッ…、それにその薄汚ねぇガキがどんなお偉方だって言うんだ。あ゛ぁあ?‼!」
男に何を言っても無駄だと悟ったのか、門番は少女を指差して激しく罵倒する。普通の少女であればしまいに泣き出すだろう。私だって護衛がいない中そんなことをされれば恐怖を感じるだろう。
だけど少女は、そんな罵倒を受けてもなお動じることがなかった。その恫喝に何の恐怖も価値もないと言わんばかりに、フードの間から垣間見える上半分の仮面はさながら、口元もピクリとさえ動かない。
「おい嬢ちゃん。本当に中に入りてぇなら今度は招待状を持ってきな。冷やかしならぶっ飛ばすぞ」
そんな少女の反応に気が立ったのか更に距離を詰めて脅す門番。男の方もこれ以上近づこうものなら殺しかねない勢いだ。
「離れろ下衆が。もういい、死にたくなければさっさと門を開けろ」
「あぁやんのかぁ⁉! いいぜ、お前を半殺しにした後そこらのゴミ溜めにガキ諸共投げ捨ててやんよ!」
一触即発の空気の中、少女がようやく此方に気がついた。私と数秒目があった後、落胆とも呆れともとれぬため息を一つ。
「ジャン卿、もういいわ」
「ッツ⁉! ですがッ…「もういい、と言っているでしょう」ハッ、申し訳ございません」
『卿』と言う事はやはり貴族だったのだろうか。門番に迷惑料として金貨一枚を握らせた少女は帰り際私の横を通り、「迷惑をかけてごめんね」と謝った。
真摯に申し訳ないと思っているのが伝わったが、それにしては朗らかな笑みだった。あんな状況でも変わることのなかった鉄壁の表情は、いとも簡単に緩んでいたのだ。
そんな不思議な少女のことが気にかかりつつ、門番に招待状を渡して中に案内される。予定外のハプニングにオークションの時間まで押してしまったために護衛に抱っこしてもらって席まで着いた。
その丁度に司会が暗闇の中から姿を表し、仮面で顔を隠した貴族達の歓声が会場を埋め尽くす。人間の汚れた本性が集結しているみたいで、悪意に満ちた匂いがした。
席に着く前に渡された214番の番号札を片手に握りしめて、司会の進行を見守る。
最初に競り出されたのは亡き亡国の国宝と謳われたジュエリーだった。血のように真っ赤な宝石が散りばめられたそれは、多くの関心を買ったのだろう。すぐさま競争が始まった。
誰かが声を上げれば、農民の半生分の金が釣り上がる。貴族の道楽とはまさにこの事だ。あまり見たくない貴族のお遊びに続いて、更に酷い『商品』が前に出された。
「続いては皆様お待ちかね、美男美女、美少年に少女まで此方が厳選した奴隷にあります!」
そう、【奴隷】だ。漫画やゲームなんかでよくある、前世じゃ定番の奴隷。だけど事実、眼の前にいるのは手枷や足枷を付けられ自由を奪われた同じ『人間』だった。
彼らに笑いながら値段をつける貴族に、嫌気を通り越して吐き気がする。
本当は目的のモノ以外買うつもりはなかったのに、こんなモノを見てしまったら…。私が最初の奴隷を競り上げられる前に札を上げようとしたその時。
パシッ……
「駄目です、お嬢様」
今にも札を上げる手を掴んだのは、他の誰でもない護衛の【白銘】だった。
何故【白銘】が自分に背いたのか。それを考えるのは後にして今はとにかくどうにか振りほどこうにも大人と子ども、ましては騎士と一般人では到底力量では敵うはずもない。
「放して頂戴。今上げなきゃあの人はっ…」
「だから、駄目なのです」
そうこう護衛と言い争っている内に等々あの人は他の貴族に買われてしまった。とても綺麗な女性は、親子ほど年の離れた肥えた貴族に…。
無事彼女を競り落とし満足そうな貴族はその周囲にいた他の下卑た貴族達に散々自慢しているようだ。まるで『モノ』を買って満足するかのように…。
「なぜ放さなかったの…っ」
そんな貴族の様子にどうしようもない憤りだけが募り、吐き出せなくなった怒りは完全な八つ当たりと言えど私の行動を止めた【白銘】に向かった。
「奴隷を救いたいお嬢様の御気持ちは十分に理解しています。だからと言って、このオークションに競り出される全ての奴隷を買うことも、その後の職をつけることもお嬢様にはできません。中途半端に誰かを助けるぐらいなら、いっそ見限ってください」
【白銘】の言葉に、…私は何も言い返すことができなかった。
だってそれは全て事実だったから。今回持っている所持金では、全ての奴隷を買うなど到底できない。本来の目的のモノを買えなくなったらそれこ本末転倒も良いところだ。
今の自分の私情を優先して後日公爵家に請求したところで、噂が広まって奴隷の人達に変な期待を集めるだけ。
もしそんな彼らが公爵邸に押し寄せたとき、収集をつけるのは騎士や侍従の皆になる。私の我が儘で、大勢の人に迷惑をかけることはできない。基盤すらない行動は自分の首を閉める行為だ。
それは分かってる。分かってるのに…っ。彼らを救えないことが、自分をとても惨めにさせた。こういう時のために身分も、お金もあるのに、何一つ役立てない自分が嫌になる。
「…ごめんなさいっ。私が考えなしだったの。本当に、…ごめんなさい」
「お嬢様の彼らを救いたいという思いはご立派です。だからこそ、勢力をつけて、確実に助けられるまでになるまでお待ち下さい。我ら【白銘】はそんなお嬢様の支えとして万事を尽くします」
私に、引いてはグラニッツ家に本気で尽くそうとするその頑として忠誠を誓う眼差しに、応えないわけにはいかなかった。
「うん…。分かった。私は彼らを助けるために、今は助けない。ちゃんと実力をつけて、絶対に助けるから」
そう自分に固く誓って、奴隷の競売を見続けた。ぎゅっと目を瞑りたくなることも何度も会ったけど、最後まで見届けた。この悔しさが、報われるように…。
そうしていると等々オークションも終りが近づいてきて、最後に出される目玉商品の一つ前に、【それ】は出された。
先程までのような王室や古来の名称を持つような名のしれた物ではなく、特別な輝きを放つものでもない。何の変哲もない少し錆びれた指輪。
もはやなぜこのオークションに出品されたかですら分からない一品だろう。だが、誰もその指輪がこのオークション一価値を誇る物だということに気づきはしない。
目の肥えた貴族たちでさえ見向きもせず、早く目玉商品を出せとさえ不平不満を垂れている。彼らは今目の前に出された指輪こそ真骨頂だとは夢にも思わないのだろう。
やはりと言うべきか今まで初めは金貨十枚以上から始まっていたはずが、指輪に関してだけは金貨一枚からのスタートになった。周囲を見ても指輪に興味を持つ貴族はいない。
予想より遥かに安く競り落とせる。そう確信して私は司会のスタートの合図と共に札を上げ…、
「白金貨十」
そう、上げようとしたのだ。だけどそれは叶う方法をなくした。私よりも早く、札を上げた人がいたからじゃない。
…『白金貨』十枚という、馬鹿げた金額の前に札を上げる理由がなくなったからだ。