ケーキの評価
・ 【悪役令嬢視点】です。
「…ふぅ。やっと全員の挨拶が済みましたね」
「あぁ。よくやった、エディス」
事前に名前と顔、爵位だけは頭に叩き込んだとはいえ貴族の会話は想像の何倍も疲れた。こういう時は糖分が必須なんだけど、もうそろそろかな…。
時計を見ていると丁度時間通りに新たな料理が運ばれてきた。今度は今までのようなファストフードではなく、本格的な一流シェフ顔負けのデザートの品々である。
まだ社交界に出回っていないデザインのケーキに興味を示しながらも遠慮する貴族の人達に、お手本となって私が一つ手に取る。それは私が一番好きなチーズケーキだ。
濃厚でしっとりとして、食感も下地がサクサクとして楽しめる一品である。お父様も食べ慣れているからか日頃からよく食すモンブランを手にとって口に含んだ。
甘味が嫌いと噂のお父様がケーキを手に取ったのだから興味を惹かれた何人かの貴族が同じく手を伸ばす。ふふっ、一度手に取ったらもう戻れないわよ。
「…なんとっ?! これは見事な」
「一体どのようなレシピなんだ…。いや、シェフは誰だ?!」
「ほんんりと甘く、後味も素晴らしい。是非シェフを雇いたいものだ」
よしッ!!!、と心の中でしっかりガッツポーズをしながら予想取り反応に小躍りでもしそうな勢いだ。
「これは、本当に美味しいね」
ベリア公爵はチーズケーキを選んだのか、一口食べるとピコンと可愛らしい反応が見れた。全く持ってもう…、良い宣伝塔である!
「あぁ。俺はこのフルーツケーキというのが気に入ったぞ!」
「私はチーズケーキというものかな。濃厚でいて食べやすい。デザインもシンプルで美しいじゃないか」
公爵方にも気に入って頂けたようで何よりだ。この五つに絞って良かった。どれだけ美味しくても受け入れられない人は一定数いるから分類して最終的に選抜された精鋭らだ。
作り親としても鼻が高いばかりである。まぁレシピは実際私が作ったわけじゃないからあんまり自慢はできないけどね。
好みは分かれたものの十分に楽しんで頂けたようだし、個人的に質問に来る人も多かった。
「エディス様、これらのレシピは一体どこで手に入れられたのですか?」
「もしよろしければ私どもにもご教授させて頂きたいのですが」
「申し訳ございません。これらは全て私の商会で以後取引する商品の試作品でありまして、まだ公開はしていない品々ですの。もしお気に召してくださったのであれば、商会を通して取引に応じてください」
笑顔を崩さずさり気なく商会のアピールをする。事前契約で販売数を固定したいし、何より社交界で今後流行るものに目がない夫人方の競売には注目が集まる。
社交界で基盤を作るためには彼女らに出来る限り好印象を与えておく方が良い。その為には取引先にも十分厳選しておかないと、間違って敵対勢力同士で取引してしまえば大打撃である。
「おぉ…、なんとっ。早速契約に向けて取り掛かる準備をして参ります」
「エディス様は商売の才が多様でいらっしゃるのですね。私の今度のお茶会に是非ご参加頂けませんか?」
反応は上々(じょうじょう)のようで、後に貴婦人方から何件かお茶会への招待を頂けた。
「ありがとう存じます。ですがまだ商会の方が慌ただしくて、落ち着いたらまた声を掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。お待ちしておりますね」
貴婦人と別れ、目的も完遂できたことでルンルンな気持ちで次のデザートに手を伸ばす。 モグモグと令嬢らしからぬ口いっぱいにほうばっているとじっ…と視線を感じた。それも真上から…。
「お、お父様…?」
視線の正体はお父様で、何故か口角が少し上がっていた。何だろう、この感じ。そう、アレだ。お父様の書斎で飼われているインコを愛でるあの感じだ!
「随分と社交が上手くなったな。だが食べ過ぎは太るぞ」
「なっ…⁉ 余計なお世話です! お父様のデリカシー皆無!」
ただでさえ試食と称してケーキを食べすぎたことによる体型の変化を気にしているのに! まるで鳥が餌を食べすぎてまん丸になるのを面白がるみたいに!
ぷんぷんと怒ってお父様から離れる。私は怒った! もう二度とお父様と口聞いてやらないもん!
「おやおや、見ない内に随分と捻じ曲がった性格になってしまったようだね。アウロス」
「余計なお世話だベリア」
ベリア公爵! やっぱりベリア公爵こそ紳士よ。女性の扱いが上手いのはその分人として魅力的って意味なんだから。
「ベリア公爵っ。お父様が酷いことを私に仰ったんですの! 私はまだケーキを二つしか食べていません!」
「うんうん。エディス嬢は十分綺麗だよ。アウロスの言い方が不味かっただけさ」
私を褒めながらお父様を注意するなんて、やっぱりベリア公爵こそ完璧な貴族である。何としてもこの朗らかな笑顔を布教したい!
そんな不純な考えも思いつきつつ、やっぱりお父様への怒りが募る。私だって子供ながらに体型には気をかける立派な令嬢だ。
「お父様なんて嫌いです!」
「エディス、ベリアの言うことなんて聞かなくていい。こっちに戻りなさい」
さぁ早くと言わんばかりに『来い来い』と手を曲げるお父様にぷいっと顔を背ける。そんな犬みたいにされたって絶対に戻ってやんないんだから。
「嫌です。ちゃんと謝ってくださらないとお父様のこと許しません。女性にとって失礼をかいたのはお父様でしょう? もうお父様にデザートを渡しませんから」
「…はぁ、仕方ないな。悪かった。美味しそうに食べるお前が可愛かったんだ。許してくれ」
ショボン…と肩をすくめるお父様に嘘をついている気配はないのは分かっている。それにその様子があまりに可哀想、もとい飼い主に捨てられた犬のようで怒る気も収まってしまった。
「……仕方ないので今回は許します。だけど次同じことをしたら本気で怒りますからね」
「あぁ。それじゃぁまたエディスの作ったケーキを食べてもいいか?」
さっきのしょがれた態度から一変、相当あのモンブランが気に入ったようだ。そりゃ毎日夜のデザートに出すぐらいだから相当か。だけどここで簡単に許すのも私のプライドが気に触る。
「さぁ、それはどうでしょう」
わざとはぐらかした私の言葉に目に見えて落ち込むお父様に、ベリア公爵はお腹を抱えて涙まで出して笑っていた。その仕草さえも下品に映らないのだから根っからの貴族らしい人だ。
「あはは、あのアウロスが謝るなんて…っ。あははははっ」
「ベリア、笑い過ぎだぞ。お前にはもう二度とケーキはやらん」
いじけたお父様がベリア公爵に勝手にケーキ禁止令を出すが、それはあまりに横暴である。今まで他人事だと思って笑っていたベリア公爵も今度ばかりは本気で焦っていた。
「なっ、それは横暴じゃないか。私だってアレをもう二度と食べられないのは困るよ」
「そうですわ。ケーキの販売権を持っているのは私です」
ふんっとへそを曲げてしまったお父様に余計子供らしさを感じつつ、ベリア様と目配せして笑いあった。聞けば昔は堅物でこうして冗談を言うこともなかったようだ。いつも無口で物静かだったという。今のお父様をみて堅物…ふふっ。
「そう言えば、皇室の方はどうだ?」
お父様が話題を変えてベリア公爵に問いたその質問は私の耳に届き、興味を引いた。だってヒロインの家族だよ? 今はまだヒロインの代わりに他の皇女がいたはず…。
「どうも何も、変わりはないよ。相変わらず皇女殿下の横暴に侍従達が頭を抱えている噂だけさ」
何てことないかのように話すベリア公爵だけど、その声は先程までとは打って変わって貴族歴然としたものだった。
「ハッ、まだ変わらぬのかあの小娘は」
わぁぉ、お父様からこんな心底侮蔑するような言葉は初めて聞いたや。
どんだけ嫌いなんだろう。何か事情を知ってそうなベリア公爵に目配せすると苦笑して過去に何が会ったか話してくれた。
どうやら偽の皇女が大事な式典でやらかしたそうで、その後始末に追われ忙しく駆け回っていたところを引き止められ散々な言われようをしたようだ。
それ以来徹底して皇女に会わないようにしているというものだからその怒りが見て取れる。相当嫌だったんだろうなぁ。それを聞くと偽の皇女の味方はできそうにない。本当に【物語】通りのようだ。
「皇子はどんな方なんですか?」
「あぁ、エディスはまだ知らないのか。第一皇子の方は陛下と同じく戦場にいらっしゃるよ。第二皇子は「待ってくださいっ」…エディス?」
驚いて会話を途中で静止したけど、私の頭は混乱していた。だって…、【物語】に第二皇子なんて存在しない。皇子は前々皇妃との間に生まれた人だけで、ヒロインの義兄はただ一人だけだったはずだ。
それに彼はそこまで武術に秀でている訳でもなく、エンディングではヒロインを補佐する裏方として徹底していた。そんな彼が果たして戦場になんて行くのだろうか?
分からない。ひたすらに理解が追いついていないとお父様の声がハッキリと聞こえた。
「エディスっ‼!!」
「…っあ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって…」
お父様の顔がさっきよりも近い。それに切羽詰まっているってことは私本当に意識を飛ばしてたんだ…。
「生誕祭の準備で十分に休めていなかったんだ。今日はもう早く部屋に戻って寝なさい」
「はい…。ベリア公爵もごめんなさい。どうか最後まで楽しんでいってください」
「うん。エディス嬢も無理をし過ぎないようにね」
ペコリとお辞儀をしてパーティー会場を後にする。あのままではたぶんまともな対応もできなかっただろうから、早めに切り上げて正解だった。
予想の時間より早く帰ってきた私にアイナは心配したが疲れて体調が悪いと伝えたらお風呂を入れてくれてすぐにベッドにつくことができた。
……はぁあ。今日は予想外の収穫があったせいで頭がパンクしそうだ。公爵も、皇女も全てが【物語】通りだった。だけど、【物語】には存在しないもう一人の皇子。
今まで順調に行っていた分、新たな謎に初めて悩まされる。とにかくこの問題は社交界の情報を集めていく上で分かることだろう。
ただでさえ貴族の対応で疲れているのだから、今日は早く寝ようと布団を頭まで被せて深く目を閉じた。




