四大公爵家の面々
・ 【悪役令嬢視点】です。
ザワつきながらも貴族としての礼儀で深く頭を下げる面々。これで同じく平然としているのが同格の爵位を持つ公爵の名を連ねる人達なのだろう。
「まぁ…、あの御方が本当にエディス・テナ・グラニッツ公爵令嬢なの?」
「噂とは随分違うようね…」
「公爵閣下のエスコートを受けていらっしゃるということは、やっぱりそういうことよね…?」
ヒソヒソと聞こえる貴族達の会話に、確かに私の存在が位置付けられたことが分かった。これでもう私は公爵家の『お荷物』なんかじゃない。列記とした血筋を備え持つ公女だ。
私がハッキリと前を見て自信がついたのを見ていたお父様は、私の方を向いて少しだけ、柔らかく微笑んだ。
「皆、顔を上げて欲しい。今日は娘の十一歳を迎える生誕日であり、…我がグラニッツ公爵家の大切な後継者誕生を祝う日でもある」
お父様の言葉に、会場が静まり返る。その当事者である私も皆等しく、固まった。
え、…あの、私何も聞いてないんですけどぉ?!!、と声を大にして叫びたかったのをすんっごく我慢してとにかく表情を取り繕う。まるで最初から全て知っていたように。もはや開き直りである。
貴族達の反応はそれはもう慌ただしいもので、通常後継者の継承発表はもっと遅い。それにお父様はまだ再婚の可能性があり、私も幼く何より『女』だ。
何人か爵位を受け継いだ女性はいようと、帝国でその風習はまだ強く根付いていない。私の噂も相まって一層それはあり得ないことだと認識されていたのに…。
こんな重要なことを私の相談もなしに広めたお父様を今度はぐぬぬ…と恨めしい目で見ればまたふっ…と笑われた。ぜったい馬鹿にしてる!
若干騒ぎは残ろうと、お父様がそのまま進行を進めたことで何とか貴族達の挨拶まで持ってこれた。挨拶は基本高位貴族からで、この際は同じ公爵家が筆頭に来る。
今日参加したのは四大公爵家の中でも『剣』を司るアグレイブ公爵家と『知』を司るクラネス公爵家。
残念ながら『政』を司るメールアリア公爵家の参加は見られなかったけど、そもそも私の生誕祭に公爵家が来たのが初なのだ。それだけで今年の生誕祭の異例さが分かる。
「お初に御目にかかります。グラニッツ公爵家嫡女、エディス・テナ・グラニッツと申します」
「アグレイブ公爵家当主ロノイア・エド・アグレイブだ。しっかし噂のお転婆娘がこんな可愛いらしいお嬢さんだったとはな!」
ニカッと大貴族なのに貴族らしくない笑いを浮かべるロノイア公爵は、まだまだ現役で活躍している戦士を彷彿とさせる。流石皇室から『剣』を司る公爵家の当主だ。
何より言葉に一切の悪意がなく、単純に私への純粋な行為を示した言動だと分かるからこそ、信頼できそうだと感じた。お父様も学友だったらしく珍しく内側に入れているしね。
貴族の社会で純粋でいることはとても難しい。澄んだ水の中でしか生きられない魚を濁った湖で飼うようなものだ。だけどそれがその湖ごと自分のテリトリーにしてしまえる人間だったら、それはもうその魚の天下だろう。
「こっちのデカいのが長男でちっこいのが次男だ。末っ子はまだ赤ん坊でな。今日のパーティーには欠席しているが、仲良くしてやってくれ」
そう言って指を指した方向には「はぁあ…」と呆れた溜め息を吐く真紅の美青年と今はまだ遊び盛りの真っ赤な髪色をした少年。
すごい。属性がこうも分かれるとは…。たぶんだけど次男の子の方がロノイア公爵の遺伝が強いんだろうなぁ。
長男の人の方は、うん。随分まともそうできっと毎度尻拭いをさせられている可哀想な人だ。なんかこっちの方が同族意識か愛着心が湧いてきた。いつだって上司や後輩のミスの尻拭いをするのが社会人の沙汰なのだ。
「お誕生日おめでとうございます。エディス御令嬢。紹介に預かりましたアグレイブ公爵家嫡男ロシアル・エド・アグレイブと申します。以後お見知りおきを」
「お初に御目にかかります、ロシアル様。今日は沢山の品々を用意いたしましたので、是非最後まで楽しんでいらしてください」
「それでは楽しみにしております」
まだ成人は迎えてないはずなのに既に大人らしい微笑みを浮かべるロシアル様にこれは婚期が忙しそうだと更に同情心が芽生える。一度転生するとこうも母性本能が強まるものなのだと新たな発見である。
「俺はロイア・エド・アグレイブだ! 誕生日おめでとう! 俺より一歳しか変わらないのにもう後継者なんて凄いな?! 俺の兄ちゃんだって継承式は去年だったんだ!」
どうやらこんな良識あるお兄さんがいる一方、まだまだ子供らしいのが弟の性であるのが世界共通のようだ。
当の本人とロノイア公爵は屈託のない顔で笑っているがロシアル様は顔面蒼白モノである。
たぶん私への無礼…、というよりはお父様を気にしてそうだ。まぁお父様貴族のマナーには殊の外厳しいからね。
「ロイア! 申し訳ありませんエディス嬢っ。次に御会いするときまでは必ず叱って参りますので」
「いえ、大丈夫ですよ。ロシアル様もそのようにお堅くならず、お話になってください。私はあまりこういう場に顔を出さず顔見知りが少ないので、仲良くしてくだされば幸いなのですが…」
「宜しいのですか?」
一応事実なので嘘は言っていない。それにあまりロシアル様に気を張っていただくのも申し訳ないのだ。
うら若い青年には一度休息を取る場所が必要である。そう、決して二匹の怪獣の後始末に追われる毎日ではなく!
「はい。勿論です」
「それでは、よろしく。エディス嬢」
「よろしくお願いします。ロシアル様」
意外と砕けた口調で笑うとロノイア様にそっくりで、このギャップに惚れ込む女性は数多そうだ。まぁ私はそんな対象には見えないから案外良い交友相手にはなりそうだ。何より話しが通じるという点で多いに好感度UPである。
「兄さん! 俺もエディスと話したい!」
「お前はまだマナーがなってない。友達になりたいならせめてこのような場だけでもちゃんと挨拶できるようにしろ」
「う゛ぅぅ…、兄ちゃんのケチ」
「アグレイブ公爵家の面々は相変わらず面白いですね」
兄弟の押し問答の中、間に割って入ったのは中性的な顔立ちをした美形。お父様達の気兼ねない反応を見れば自とその人物の正体が分かる。
「お初に御目にかかります。クラネス公爵様」
「おや、私を知っていたのかい? 小さな姫君」
『小さな姫君』なんて歯が浮つくような言葉をいとも容易く口に出来る辺り女性の扱いがとても上手いのだろう。まぁあの顔に押されたらほとんどの女性が落ちそうだけどね。
「お父様の反応からそうでないかと推察したのですが…、違いましたか?」
そんなことを考えながらも表面上では子供らしく不安そうな表情を作る。大体こうしとけば変に疑われないしね。
「いや、違わないよ。クラネス公爵家当主ベリア・ユナ・クラネス。私の名前だ」
「それなら良かったです。もし間違っていたらと思うと少し怖かったですわ」
「それにしては随分と堂々とした挨拶でとても可愛らしかったよ。此方は私の息子のシリアンだ。どうか仲良くしてやってくれ」
朗らかに笑うベリア公爵が背を押し紹介した彼は、紛うことなき美少年だった。それはもう、美少年である。私と変わらない年頃だろうか。
白く柔らかい肌、パチクリとした大きな瞳、公爵の美貌をぎゅっと煮詰めたような顔立ちにこれは夫人も相当美人だなと踏んだ。
残念ながら体調を崩していて出席はしていないようだけど、今度ぜひ会ってみたいものである。美人は目の保養にとても良いのだ。
「初めまして。クラネス家長男シリアル・ユナ・クラネスです。可愛らしいエディス嬢のお誕生日を心からお祝いします」
うっ…! か、可愛いぃ‼!
これはもう殺傷能力すらも兼ね備える可愛さ! 少し照れくさそうに笑うのが更に可愛さを増している。
うん。これはもう可愛さの頂点である。断じて、断じてショタではないが貢ぎたい衝動に駆られるというものである。
「ありがとうございます。シリアル様。折角出席くださったのですから、今宵は存分に楽しんでくださいね」
「はい。お父様、列も並んでいることですから一度席を外しましょう」
「うん、そうだね。ほら、ロノイアも行くよ」
「嫌だ。俺はエディスともっと喋りたいんだ」
「はいはい」
駄々をこねるロノイア公爵の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていくベリア公爵。
それをキラキラと尊敬する目で見つめるロシアル様にもう手遅れかもしれないと思ってしまったのは仕方ない。というかあの巨体をいとも簡単に引き摺れるベリア公爵も凄いや。
とにかく色々騒がしい人たちを回収してくれたベリア公爵には感謝して、列に並ぶ貴族達に挨拶していく。
形式通りの挨拶に加え少しドレスや料理のことも聞かれ、それに丁寧に答えていくと良い印象を与えられたのかほとんどの人が好印象を持ってくれたようで最初の滑り出しとしてはとても順調である。
料理の品々は問題なく追加注文も入っているようだからあとはもう少しで運ばれてくるデザートだけだよね。 これには結構時間を掛けて作り上げた試作品だから期待が募ね。無事成功してくれれば良いんだけど…。




