商売の基本
・ 【悪役令嬢視点】です。
ハンドクリームの製作を開始して半年。商会の基盤も安定し、宣伝も上々。ジーニアス商会のお陰で全て問題なく進んでいた。
「お嬢様、少し身長が伸びましたか?」
「そう? 言われてみれば確かに少し伸びたかな」
定期的に開かれる家族の食事会に向け準備している間、ま、アイナに言われた通り等身大の鏡に映った私を見ると少しだけ身長が伸びていた。それも小指半分ほど…。
というか、改めて見ると凄い美少女である。着飾っているからもあるだろうけど、これは素材がピカイチだ。
この世界では不吉の象徴として忌み嫌われる黒髪は日本人よりもキメ細やかで手でほどくだけで手入れが完了する。血の色と噂される深紅の瞳もルビーにも勝る煌めきを誇っている。
平凡な日本人顔として生きてきた私とは思えないほどのご尊顔に手を合わせているとアイナがもう時間がないとそのまま私を引きずってくれた。
最初の頃は一挙一動不思議に思っていた様子だったけど、私に関しては考えても無駄だと割り切ったようだ。ちょっとヒドイ…。
「お待たせして申し訳ございません。お父様」
さっきまで子供らしさ全開でアイナにずるずると引っ張ってもらっていた姿とはかけ離れ、貴族らしい挨拶から優雅に席に着く。
こういうマナーは社交性で鍛えられたので端から見ても違和感なく映るのだ。これぞ社畜根性。泣けてきた。
心のうちで一人頷きながら運ばれてくる食事に一つずつ手をつけていく。今のところ銀食器の音だけが無言の空間に鳴っている。
最初はいつもこんな感じなんだよね。なんか話すのか気まずいのか私からも話題がないから話しかけずらいし…。だけど一度声をかけてくれればその後の会話は不思議なことに結構弾むのだ。
「…エディス、商会の方は順調か?」
「はい。これといった大きな問題はまだ報告されていませんし、この調子で販売を開始すれば売上は十分だと思います」
「そうか。…頑張っているのなら何よりだ」
毎度のことながら無愛想に変わりはないようだけど、この人なりの応援の言葉だと慣れれば分かってくる。耳のところが少し赤いしね。意外に可愛いところもあるのだ。
「なにか必要なものはないのか?」
「う~ん…、今のところは大丈夫ですね。できる限り自分の力だけでやってみたいんです。だから、もし助けが必要になったときにはお願いしていいですか?」
「あぁ。私の助けが必要になったときには遠慮なく言いなさい。私は少なからず、お前の父親だからな」
「はい、お父様。私はお父様の娘ですから、頼りにしています」
申し訳なさそうにしていたお父様は、私の言葉を聞いて少し頬が緩んだ。まだ完全な親子までの道のりは長いけど、ちゃんとお互いが歩み寄っている。
そのままポツポツと世間話を繰り返して食事会は終わった。やっぱり食後のデザートは定番のショートケーキで美味しかったけど、流石に毎回同じだと飽きが回ってくる。それに砂糖もどっさりだしね。
たまには甘さが控えめのデザートも食べたいものだ。この世界線は主人公が憑依や転生モノじゃないからそこの文化的なことが未発達なのもわかるけど…。
あれ? ないなら作ればよくない…? 流石にプロの料理人っていう訳じゃないけど前世では趣味でお菓子作りしてたし。あ~、そう考えると色々食べたいもの想像してきた。よし、そうと決まればやろう!
とりあえずハンドクリームの販売が軌道に乗ったら食料品にも手を出してみよう! 今はみんな現状維持って感じだし見込みは十分にあるよね。貴族令嬢のお茶会って何かとデザートメインだし。
色々と妄想に想いを馳せていると今度は山積みにされた大量の宿題がドサリッと目の前の机に落とされた。恐る恐る横を見てみれば笑顔で青筋を浮かべているアイナ…。
「あ、あの~…、アイナさん?」
「はい。お嬢様っ」
これは、お怒りである。侍女であるアイナは私に対して口に出して怒りはしないものの、表情で全てを察せられる。
しかし、いくら中身が大人だからと言って宿題が嫌なのは変わらない。だって参考書丸ごと復唱に古くから連なる貴族の名簿全部暗記だよ?
そんなん私の残りっかすの容量からして限界なんじゃよ…。そもそも十歳になったばかりの子供がやる量でもないだろ!、と一人で内心キレているとさらにアイナの微笑みが深まる。あ、はい。すんません。直ぐに取りかからせて頂きます。
いそいそと宿題に手を付ける。こうなればあの悪童高い公女であろうと従わざる負えない。恐るべし、アイナ微笑み!
結局この日は宿題を全て終わるまでアイナの地獄の使者降臨が続いた。最後に「もう、これからはちゃんと計画的にやるんですよ?」とプンすこ頬を膨らませていたのがまたなんとも可愛かったので良いけどね。
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そんなこんなで楽しく充実した日々はあっという間に過ぎ去り、私は転生して初めての冬を迎えた。
初雪はつい先日というのにもう靴底が埋まるほど雪が降り積もっている。そんな自然の中に隠れてせっせと雪だるまを作るのがこの私、エディス・テナ・グラニッツだ。
前世でも気候上こんなに降り積もる雪は珍しく、最近ではほとんどを外で隠れて遊んでいる。
今日も今日とて雪だるまや雪うさぎをこっそり作っていたけど、ガサガサッという音ともにその遊びは終わりを余儀なくされた。
「お嬢様~ー! またこんな遠いところに行って…。もう。目を離すとすぐこうなんですから」
心配したと怒るこの女性は私の侍女でありお世話係のアイナだ。こうは言っても本気で怒ると格別の怖さがあるのでなるべく怒らせないようにしている。
「あはは、ごめんってば~。もうたくさん遊んだから部屋に戻ろう。温かいココアが飲みたい」
「はいはい。ちゃんと用意してございますよ」
さすが長年暴君の側で仕えていた有能さ。主人の先を行く先見の明である。
屋敷に戻ると待っていたのはホッカホカのココア。なんとコレ、私が開発したのだーー! ジャジャーン!!!
凄いでしょ? 凄いでしょ?! いやー、誰かに自慢したかったんだー。って、もう屋敷の人達には言い回ったんだけどね。今や公爵家限定の特産物ですよ。
いずれは商品として販売するつもりだけど、まだ製造工場の準備が整ってないから来年辺りになりそう。
何てったって原材料から探し出して作ったんだもん! 幸いカカオに似た実があって良かったけど、苦くて大して売れてなかったものを安価で私が大量買いしたのだ!
あれからちゃんと発酵させて、乾燥させて、焙煎して、粉砕して、成型して完成! 道のりは長かった!
お父様みたいな大人受けも狙ってブラウニーなんか作ったりして。…結構忙しかったな。うん。
もちろん私の一番推しはココアだけどね! 温かいココアを夜に一杯。まろやかな味わいに濃厚なチョコレート、ついでに開発したマシュマロを入れればもう文句ないよね。
いやぁ、私天才! よっ、世紀の発明家!
なんて心の中で散々自分を褒め称えた後に最後の一口を飲み干した。ん~っ、美味しかったぁ。
満足した顔でにこにこしているとアイナがまるで子どもに向けるような微笑ましい笑みを浮かべた。むっ、私は子どもじゃないのに。
ぶーと口を膨らませて不満を現せばそれこそ更に火に油。全くの効果なしである。
ちょっと納得いかない気持ちのまま机に溜まった書類に目を通す。最近はハンドクリームの売れ行きが予想以上で販売元の数が増えて大忙しなのだ。
【グラニッツ商会】と名付けた商会の商会長としてする仕事は決済やその他の大きな案件だけだけどそれでも塵も積もれば山となる。
今度正式に皇室にも献上する為、パッケージなど貴族向けに変えたり生産数を増やしたり、人員を手配したりなどと色々忙しいのだ。
下手に雇用を増やして製造方法を盗まれでもしたら笑えない。この世界、商人ギルドはあるものの商標登録がないので幾らでも真似し放題なのだ。
うちの商会か確立するまでのしばらくは独占するつもりだし、公爵家がバックについてるから生産数も一定に供給できるしね。
当の開発者本人は新たな効能を試したいとかなんとかでさらに研究に勤しんでいるからこれからも新商品が続々と出るだろう。
この事業もある程度軌道に乗った来たし、新たに他の分野にも手を伸ばそうかなぁなんて考えてはいる。
一応この公爵家の中には溜まったアイデアが多くあるがその販売実現にはまだまだ遠い。一度に全部を売り出してしまえばそれこそ手が回らなくなるし、維持費も馬鹿にならない。
今考えている事業だけ言えばお茶菓子と衣類になるけど、そこからはどれだけでも派生できる。
薬品、食品、衣類で手広く広げれば新たな大商会としても名乗りをあげられるしいずれは誰も無視できない存在になるだろう。
いやぁ、夢が広がりますなぁ…。来月は私の誕生日で大規模な生誕祭が行われるらしいし、それまでに色んなレシピ作って参加者の度肝を抜かなきゃね。
肝心なのは『限定』と『焦らし』。公爵家でしか味わえない、さらにしばらくは売りに出さないレシピ。これで大体は釣れる!
んじゃ、早速今日も頑張りますか!




