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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第三章 思惑(しわく)は交わる
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正統な血筋

※ 【ヒロイン視点】です。

 


 ガタンッ…、ガタッ……


 騒がしい外とは裏腹に、馬車の中は静まり返っていて気まずい。あれから馬車に乗るよう言われたけど、それ以降何も話してくれないし…。それにこの人が私に良い感情を持っていないのは、確かだ。


 馬車は小一時間ほど揺れて、着いた目的地は凄く(きら)びやかお城だった。こんな、お伽噺(とぎばなし)にしか聞いたことのない本物のお城に困惑(こんわく)する。


 「ぁ、あの…ッ」

 私はこれからどうすれば良いのかと彼に聞こうと思ったけど、その前に馬車を降りてしまった。そのままスタスタと歩いていく後ろ姿だけが残り、このまま馬車の中にいていいのかすら分からない。


 「皇女殿下、此方に手を」

 「は、はいっ…」

 いきなり馬車の外から手を差し伸ばされたけど、その声の温かさに信頼できる気がしてその手を取る。


 手を差し伸べた人は、騎士の身なりをしていてそれから私にお部屋の案内をしてくれた。終始(しゅうし)丁寧で、道中(どうちゅう)に私の質問にも色々と答えてくれた。


 「騎士様、私は一体どうしてこのような場所にお呼ばれしたのでしょうか…?」

 「騎士様など、敬称けいしょうはお止めください。貴方様は現皇帝陛下の実子(じっし)であり、この帝国の皇女殿下なのですから」


 改めて、私の『本当』の立場を実感する。と言っても、まだ素直に受け入れられた訳じゃない。それでも【聖女様】が言っていたことは本当だったのだと、ようやく信じられた。

 

 「私が、皇女だというのは本当だったんですね」

 「はい。我々は陛下の命により長年貴方様を捜索してまいりました。私どもの力が足りず、このような月日が経ってしまい誠に申し訳ございません」


 深々と苦悩(くのう)の顔で頭を下げる騎士様を、責めることなんて私にできるはずがない。騎士様は本当に私を探してくれたんだ。そして、私のお父さんも…。


 私に家族がいたことが、凄く嬉しい。この広大なお城の中に私の実のお父さんがいる。ただそれだけで、心臓が跳ねるように高鳴る。


 お母さんのことも聞いたけど、もう亡くなったのだという。だけど、私を産むために亡くなったのだと聞いてそんなにも愛してくれたことに涙が溢れた。


 ちゃんと私にも、家族があったんだ。お父さんはお母さんが本当に好きで、それから貴族の打診(だしん)があったにも関わらず再婚はしなかったらしい。そんな愛し合った人達のもとに私は生まれたんだ。


 「皇女殿下と皇宮まで同行(どうこう)されていた御方が十歳のとき養子として皇族に迎え入れられた第一皇子であるイアニス殿下です」


 「あ、やっぱりそうだったんですね」

 私が納得したと思ったら騎士様は少し驚いた顔をした。私、なにかおかしなこと言ったのかな…?


 「殿下のことをご存知でしたのか?」

 「いえ、一緒にいた女の方が『殿下』と言っていたので…、それで」


 騎士様の様子を見ながら、できるだけ失礼のないように言葉を選ぶ。この場所で私が頼れる人なんて、騎士様しかいない。何か間違いを犯して、機嫌でも損ねたときには…。


 そんな不安に駆られモドモドと話す私を、あまり気にしていない様子で何か考え込んだような表情を騎士様は見せた。


 「女の方、ですか…。イアニス殿下は基本女性を毛嫌(けぎら)いされているはずですが」

 「え? それにしては、凄く丁寧に接していたと思います」


 騎士様の反応を見る限り事実なのだろうけど、私が見た限り【聖女様】にはとてもうやうやしかった。でも、女嫌いの人なら私に対する態度も理解できる。


 「そうなんですね。あとは、先代皇妃の嫡男(ちゃくなん)である第二皇子ウィルス殿下がおります」


 この第一皇子の話題の話が終わり、もう一人の私の兄弟に関心が()かれる。そして同時に、率直(そっちょく)な疑問が一つとして湧き上がった。


 「あれ? イアニス殿下が十歳のとき養子に入ったのならウィルス殿下は第一皇子じゃないんですか…?」


 私が何の気兼ねもなく放った問いに、騎士様は今度こそ足をピタリと止めた。その表情は(こわ)ばりとはまた違い、困ったような苦笑いに近かった。 

 

 「あの、騎士様…」

 私が固まってしまった騎士様に声をかけると言うか言わまいか悩んだ素振りを見せ、最終的に観念したかのように少しずつその真相を答えてくれた。


 「陛下が決められたんです。国境戦からお戻り頂いたすぐ後に共に連れて帰られたイアニス殿下を第一皇子とする、と。もちろん当初は大貴族の方々からの猛抗議で凄まじかったですよ…」


 「それじゃあ今は…?」

 「今は随分と落ち着いていますよ。イアニス殿下の功績は至る所にございますし、派閥も此処数年で大きく変わりました。そのせいで後継者争いが本格化しているんですけどね」


 実際に巻き込まれたかのような、苦労人の顔をして話す騎士様に私はなるほどと頷くことしかできない。派閥と言っても、流石お貴族様だな~ぐらいの感覚だ。


 「もちろん皇女殿下にも皇位継承権はございますよ。陛下は今のところ皇子殿下を支持する動きはないので、本当にお望みならば私もこの命を賭けてお支えします」


 「私がですか? そんな、私は皇位には興味がありません…」

 ついさっきまで貧民街の花売りをしていた私が、皇帝なんて想像すらできない。だって本来ならもっと、遠い遠い存在なはずなのだから。


 それに騎士様の命を賭けてまでつく座にそこまで価値があるとは絶対に思えない。自分で言いながら顔を(うつむ)けると騎士様は私に励ましの言葉をくれた。


 「ゆっくり馴染んでいけば大丈夫ですよ。とにかく、皇女殿下は本来与えられるべき権利を享受されれば良いのです。咎めるものなど誰一人おりません」


 騎士様は優しく温かい笑みで、ふわりと微笑む。その表情に、ドキリとしたしまったけどこれは不可抗力に等しい。騎士様のような格好良くて優しい人に微笑まれたら誰だって胸は高鳴ってしまうだろう。


 「ふぇっ…、ぁ、あの、私が知る限り皇室にはもう一人、皇女殿下がいるんじゃないんですか?」

 私は急に恥ずかしくなって急いで話題を反らす。最初変な声を出してしまったのが余計羞恥を(あお)ったが、騎士様は歩みを再開してゆっくりと話してくれた。


 「…、確かにおります。しかし彼女は貴方様と取り替えられた為に偽物です。近いうち処分が下るでしょう」

 「処分、ですか…?」


 いきなり物騒(ぶっそう)な言葉が聞こえて、ズシリと私の心に重石(おもし)が乗し掛かった。皇族の処分なんて、処刑以外に残虐な罰など、あまり良いものを聞かない。


 「本来すべき職務を全うしていたのならまだ情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあったのでしょうが、彼女は皇族の権利だけを享受しワガママ放題で暴れていましたからね。皇宮中の使用人にもあまりよく思われていないようですし」


 なんてことないように言う騎士様は、清々(せいせい)した顔をしている。彼女も私と同じ取り替えられただけで、貧民街から救われた私とは全く真逆の心境なはずなのに…。


 「そんな…っ。彼女も私と同じ被害者なのに…」


 「いいえ。状況が違います。貴方様は皇族の正当な血筋をお持ちでありながら、平民としての暮らしをし、彼女は正当な血筋でないにも関わらず我が国の品位を落とすような行為を繰り返されたのです。この事実が明るみに出れば、国家反逆罪等の罪状が一つや二つは上乗せされるかも知れません」


 厳しい面持ちで彼女について説明する騎士様に、まるで同情する価値などないと言われているようだった。


 「そんなに、…酷いんですか?」

 知りたい。私と同じ状況で人生を変えられた彼女について、もっと、知りたいと私は思った。一体どんな人なのか、どんなことをしていたのたか。


 同じ立場の私たちだからこそ、共感し合えるものがあるかもしれない。そんな一抹(いちまつ)の希望を抱えて私は問いた。


 「…まぁ。大事な国家交流の場に相手国の顔に泥を塗り巨額(きょがく)の損失も出ましたし、社交界での統率も放棄、既に婚約者がいるにも関わらず公衆の面前(めんぜん)で大公子息にアピールしたりと、彼女のせいで皇室の評判は年々に酷くなっています」


 「…なんというか、凄い、方ですね」

 聞けば聞くほど、凄いという感想以外出てこない。確かに、これ程まで色々とやらかしては騎士様も苦労顔になるのだろう。 

 

 いつだって立場が上の人の後始末は下の立場の人間だ。それを考えると騎士様の言いたいことも分かってしまう。


 「そう仰っていただけるのであれば幸いですね」

 騎士様は苦笑して、その後も会話に花を咲かせた。私がこれから過ごすというオパール(きゅう)につくまでの時間、簡単なことからこれから必要な知識まで全て教えてくれた。


 「ぁ、騎士様。その、…この先なんと呼べばいいですか?」

 オパール宮に着いて、騎士様が一度皇城に戻ると言うのでこれからもなるべく話せるように名前を聞く。


 「ヘルメスで大丈夫ですよ。それでも気になるのでしたヘルメスきょうとお呼びください」

 「わかりました。ヘルメス卿、また私とお話ししてくれますか…?」


 帰り際、私は期待を含んだ問いを投げ掛けでしまう。ヘルメス卿が断れないのも分かって…。私、嫌な人間だ。


 「もちろんです。皇女様がお望みのときに、お好きなだけお話ししましょう」

 「はい。また次の機会を楽しみに待ってます」


 案の定一切の不満を持たない笑みで受け入れてくれたけど、私の心の中には少しの罪悪感が残ったまま…。


 ヘルメス卿の後ろ姿を見送ってから、オパール宮で私を迎え入れる準備をしてくれていた人達とようやく顔を見合わせることになった。

 

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