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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第二章 【原作】始動
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片割れの花

 とてててっ…

 「シルさまっ、これどーぞ!」


 私に駆け寄ってきた子供から綺麗な三輪の花を貰う。その子の頬は(すす)けて、手だってボロボロなのに、笑顔はとても眩しい。つい先日まで流行り病で死にかけだったとは思えないほどだ。


 「ありがとう。大切にするわ」


 此処には彼らはいない。滞在中だけだけど、宝物ができたことが嬉しい。花が枯れないように神力を注いで形を保つ。その内の一輪を少女の髪に飾って、私も同じように耳上に()す。


 『お揃い』だと言えば嬉しそうに他の子達に言い回っていた。その様子に私は思わず笑ってしまった。私の「立場」や「神力」なしに人を幸せにすることはとても久しくぶりで、凄く楽に感じたからだろう。


 彼らの歓迎を受けながらも、ディグスと二人で視座かに話をできる場所まで歩いていた。移動途中に話すことはなかったが、特に気まずい空気ではないので比較的居心地は良い。


 「…ありがとな、色々と」

 唐突に感謝の言葉を言われ、一瞬きょとんとしてしまったがすぐに言葉の意味を理解した。


 「構わないわ。私も、救える命があれば可能な限り救いたいから」

 「そうか。…それでも、お前のことを【聖女】というだけで軽率に邪険に扱ったのは事実だ。今一度、ここで謝罪させてくれ」


 ディグスは、本当に律儀な人だ。義理が堅いとも、人情深いとも言うが、今こうして頭を下げて謝罪している姿はとても真摯(しんし)で好感が持てる。


 「本当にもう大丈夫。私も、恥ずかしながら最初は取り乱してみっともなかったわよね。ごめんなさい」


 「いや、お前にもお前なりの苦悩があったんだろう。それをこうして、歩み寄れたんだ。それだけで十分だろう」

 「…ありがとう、ディグス」


 ディグスとの会話は楽しいとはまた違うけど、続けたいとなんの脈絡(みゃくらく)もなく思った。今はただ、この空間がとても居心地が良いと…。


 それから何十分かこれからのことについて話して、そろそろ皆のところに戻るかとディグスの言葉に乗り戻ってきた。


 彼らとの関係はだいぶ良好に改善され、私の提案にも前向きな姿勢で検討すると言ってくれた。正直もうそろそろ周りから面倒な小言を言われそうだったので早めに実行してくれれば助かるけど、そこは時に任せれば解決してくれるだろう。


 「…シルティナ。お前は本当に、俺達の協力者になるのか」

 皆に挨拶が終わって別れ際、ディグスに引き留められる。この問いに、私達の今後の関係性を決定するものがあるのなら…、


 「えぇ。…もう疲れたの。私が全部終わらせるから、貴方達は後のことをお願い」

 私はありのままをディグスに伝えた。此処で嘘を着飾るよりも、素直に伝えた方がずっと良かったのだ。


 「まるで死ぬみたいな言い方だな」

 「死ぬもの。私は後二年で死ぬ。だから、私が死んだ後全てを任せられる後任が欲しかったの」


 私がもう決めていたことだ。断言できた。その言葉には、私の確かな決意も含まれている。言うなれば覚悟の結晶だ。


 私は悲観することなく言った言葉にディグスはグッと何か言いたそうな顔をして、それでもやっぱり決意したように私に向き直る。


 「…、なぁお前も、俺達の元に「…あぁあ、俺があれだけ可愛がったのにシルちゃんってばまぁた浮気してる~」」




 ドクンッ………ツ


 心臓が、破裂したかのように跳び跳ねた。そのすぐ後に熱が身体中を駆け巡り、熱さを体感する。


 軽薄そうな口調なはずなのに底知れない奥深さが込められたそれは、たった一瞬にして私を絶望に落とした。さらに最悪だったのは、私が悲鳴を叫ぶ前にもう一人の悪魔が声を聞かせたこと…。


 「ラクロス。耳障りだから静かにしてくれる?」


 「そう言うオルカも内心ブチ切れてるじゃん。俺達のシルちゃんはさぁ、雑魚(ざこ)とかす~ぐ(たぶら)かしちゃうし、ほんと首輪(くびわ)着けたいぐらいだよ」
















 …………、、、なん、で…? 







 なんで…っ、なんでこの二人が?!!! お互いの会話に何の不自然さもない。まるで本当に、昔馴染みのような…。最悪を越える最悪の前に、彼らと私の目が合う。いや、正確には私を目に捉えたとき、私は…


 「逃げてっッツ!!!!!」


 心が悲鳴を上げる前に、私は叫んでいた。本能的なまでの速さで出た言葉は、その機能を果たす前に意味を失くしてしまった。



 ビシャッ…ッ


 顔に血生臭い匂いが飛び散る。さっきまで笑いあって、楽しさを感じた空間が、別の温かさに汚れていく。


 ………、トスっ



 私の目前にいたディグスの首が、血の流れに沿って地面に滑り落ちる。


 「ぃ、や゛…。いやぁ゛あっ!!!」

 私はその場にへたりこみ、ただその惨状を目に焼き写すしかできない。頭の中ではなんで、どうして、そんなことばかり考えている。


 悪魔は貪欲だ。まるで障害物を片付けるみたいに、なんの躊躇もなく私の前で彼らを亡骸に変えていく。


 そして此処一帯を血の海に変えてしまった後、ようやく私のもとに下りてきた。彼らの返り血にまみれた私と、対照的に一切の血も被っていない二人。これではどちらが【悪】か分からない。


 転がっているディグスの首をそのまま踏み潰し、悪魔はケタケタと(わら)う。真っ白に咲いていた花は深紅に染まり、片割れは地べたに痕跡を残していた。 


 「ぁ、…あぁあ゛っ。うぁ゛あぁあ゛…ッ」

 声にならない声が喉を通って音となる。


 認めたくない。こんな現実を、認めてしまえば全て無意味になってしまう。どうか、こんな地獄に私を一人ぼっちにしないで…。


 「シルちゃん、ちゃんと『ハンセイ』してる?」

 私の嘆きなんてお構いなしにラクロスが投げかけた問いは、あまりにも無慈悲なものだった。たった今、彼らを虐殺した悪魔が何を言っているのだろう。


 反省とは、自分の行動を悔い改め改善することだ。それじゃぁ私の反省は、彼らと言葉を交わしたことか、救われたいと願ったことか…。それとも私が、生まれてきたことなのだろうか。


 「ど、ぉして…? どぅして、彼らを殺したのっ…!」


 「そんなのシルちゃんと結託して『悪いこと』しようとしたからに決まってるじゃん。俺らが忙しくて寂しがってるときにさぁ、ホンっトむかつく」


 底冷えする声は、いつものラクロスとは思えない程怒りを秘めていた。まるで私がそれを悪いことだと理解しようとしない駄々っ子みたいに、それが当たり前のように。


 「もぅ、ころさないって…。『殺さない』って言ったじゃない…っ」


 唇を噛み締めて、二人を見上げる。その声に含まれるのは、怒り、悲しみ、失意、崩れんばかりの、…馬鹿みたいな期待だ。


 「シルティナが先に約束を破ったんだよ? 俺はむやみにはえは殺さないけど、宝物に群がる害虫の駆除は当然だよね」


 「…まだ、小さな子もいたわ」

 「あぁ、蝿は繁殖が早いから。早めに殺しておいて正解だ」


 「これ以上、何も言わないで…。貴方は何も変わってない。ずっと、変わらないままなのね」


 人を【価値】とも認識していない。それが子供でも、大人でも、男でも、女でも、オルカの目に映るときには全て一色くたにされてしまう。


 出会ったときから、それは何も変わっていない。だから、これ以上その口であの子達を汚さないでほしい。


 そうやって私が自嘲じみた乾いた笑いを見せると、被っていたフードとともに身につけていた仮面を剥ぎ取られる。強引な手付きに身体は強張り、その隙にオルカに抱えられていた。


 私の服にべったりとついた血がオルカの祭服にも移る。それを気にする素振りもなく、オルカはそれから一切の表情を変えずに転移陣を起動した。


 次に私が目を開いたとき、目の前には暗い地下のような場所が広がっていた。あの『お仕置き部屋』とはまた違う、全く新しい部屋。


 続いてすぐにラクロスが現れる。自分の魔術陣でもないようで、小国が丸々一つ買えると噂の転移魔導具でも持っているのだろう。


 オルカが私を抱く手つきはとても優しく、それでいてとてもおぞましかった。だから、唐突にその手つきとは打って変わって私を床に叩きつけたとき、痛みより安堵感の方が勝ってしまった。やっと獣の捕食地帯から抜け出せたような、本能的な安堵感だった。


 叩きつけられた衝撃で地面に横たわる私を、大の男二人で見下ろす。のろのろと少しでも上半身を起こそうとしたとき、私の身体が複数に渡って貫かれた。比喩ひゆじゃない。本当に、貫かれたのだ。


 「い゛ッ、ア゛ァあぁ゛ぁあぁ…ッ!!! ィ゛ッっ、ぐあぁツ!」


 叫んで痛みを逃そうにも、痛みの程度が今までの比じゃない。脳はショート寸前に、視界に入ったのは皮膚を破り身体を貫通(かんつう)する鉄くず。こんなものを、知覚(ちかく)できる限り五本以上貫かれた。


 「ィや…ッ゛。はーっ、は、ぐッ…。イ゛、ギッぁっ⁉!」


 痛い。痛い痛い痛い痛いッ。貫かれた鉄くずは、私の自己回復を(さまた)げる。それどころかその鉄くずごと組織の一部として無理やり回復させようとするものだから、私の中に異物が取り込まれる感覚に脳がバグった。


 唐突(とうとつ)に突き刺さった鉄くずは、きっと魔法の産物(さんぶつ)だ。鉄くず自体に神力を感じないから、おそらくはラクロスの仕業だろう。私がおぼろげながら顔を上に向けると、私から一瞬たりとて視線を外さない悪魔が二人いる。


 助けを叫ぼうなどという思考は奪われた。そもそもこの部屋は実質的に存在するものではない。あらゆる箇所からオルカの濃密(のうみつ)な神力が溢れている。きっとこの部屋は神術で切り取った空間の一部だ。


 つまり、この部屋に入る扉も出口もありはしない。私は彼らが満足するまで、もしかすると一生、この部屋を出られない。痛みに悲鳴よりも酷い嗚咽おえつを漏らす私を見ても指一つ動かさない彼らと、私が死ぬまで…。


 数十分もすると、流石に彼らも動きを見せた。叫び続けた疲労で失神した私を、さらになぶる為に。身体を鉄くずで地面に()い留められ、抵抗できない私に対し好き放題(ほうだい)甚振(いたぶ)る二人。


 「ぅぅ゛う…っ、や゛ぁあ! も゛ぅ、やめっぃ゛あぁあ゛あぁッ゛!!!」


 ラクロスは豪快(ごうかい)に手足を魔法で火傷(やけど)を負わし、オルカは静かにポキポキと指を一本ずつ折っていく。意識を覚醒(かくせい)させることが怖い。とても恐ろしい。失神することだけが唯一の逃げ道だった。それも、たった数秒の間だけ。


 私の自己回復と、オルカの治癒で全てがやり直される。地獄とはまさに此処だ。これ以上のものはない。終わりはなく、時間の経過すら分からない。私を、完璧に壊す作業だけが行われていく…。


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