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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第二章 【原作】始動
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証明された【恐怖】

 お互いに距離をとった間合まあいに、私達はお互いの思考を巡らせていた。彼らからすれば私を今此処で殺しても、人質にとっても有益となる。


 しかしそれは私にとってとても都合が悪く、言うなれば彼らとの接点が露見になった時点で詰む。本当に、最悪の最悪で詰むのだ。


 今もジリジリと私を捕獲したいと緊迫めいた空気が物語っている。確かにこの状況だけ見れぼ『鴨が葱を背負ってきた』ようなものだ。


 もちろんいきなり武力行使で来るのなら躊躇ちゅうちょすることなく応戦するが、私が望むのはあくまで『対話』なのだ。


 このままではらちが明かないと思い両手を上げる。いわば警察に『動くな』と言われたときの姿勢である。


 此方に戦闘せんとう意思いしはない。それを伝えてもなお警戒が緩まないのは、まだ私を人質にする選択が残っているからだろうか。


 「突然の来訪らいほうに無礼は承知の上、私が望むのは貴方達との対話です。どうか、私の話だけでも聞いていただけませんか?」


 「…油断を誘うためのおとりならやめておけ。どうせあのクソ騎士達の策略さくりゃくだろ」


 「いえ。あの方達とはちゃんと話をつけてあります。それに例え彼らの策略に乗り囮となるよりも、私が単身で片付けた方がずっと早いのでその必要性がありません」


 思っていたよりも冷たい声が出た。仮面で上半分の顔を隠していても、さっきまでの笑顔が消えて一切の表情筋が使われなくなったことで彼らも異様さを感じ取ったのかたじろく者も何人かいた。


 「ハッ…、神殿で何にも知らず神の真似事なんかしてるガキが何の冗談だ。こっちはテメェらのそのお上品なクソ神官どもに踏みつけられて死んだ奴の集まりなんだよッ」


 滅多に聞き慣れない罵声ばせいだったが、それを言われたとことで私の心は微塵みじんも動かなかった。だって私にはなにも関係ない。


 私は多くを救うために身を焦がしているのに、その途中で溢こぼれ落ちていったものを一々数えられる余裕なんてないのだ。


 「落ち着いてください。私が貴方達に提案するのは一つ。数年間【メシア教】の活動を潜めてください。そうすれば、その間かん必ず【アルティナ教】を廃するとお約束致します」


 空気がビリビリと揺れる。警戒は最大に、それでも内側では激しく揺れているのがわかる。


 他でもないアルティナ教の第二最高権力者である私が発言したことだ。関係者の耳に入れば【魔女裁判】に掛けられてもおかしくない。


 「…信じられねぇな。お前みたいなガキの甘言にはいそうですかって言うと思うか? 俺らをあまり見下げるんじゃねぇよ。こっちは命賭けて戦ってんだ」


 …彼の発言は正しい。この世界は綺麗なだけじゃ到底生きられないことを私が一番知っているから、彼の考えることも分かる。

 

 だけど、今はそれがただひたすらに鬱陶しいと考えてしまうのはきっと嫌な人間に成り下がった証拠だ。


 「この提案を退しりぞけると言うのでしたら、此方もそれ相応の手段に出させていたたきます。多少の犠牲も致し方ありませ「あ゛??」」


 私が言葉を言い終える前に、膨大な荒めいた波長の魔力が暴発する。ただ味方に一切の影響を与えてないということはコントロールに関しては問題ないのだろう。かくいう私もちゃっかり防御している。


 「なぁ、お前今なんて言った? 多少の犠牲? なぁ、ふざけんなよおい。お前みたいな空腹も知らねぇ奴が踏みにじっていい命なんて此処にはねぇんだよ!!!」


 神術で作った防御陣ぼうぎょじんには物質的な攻撃を阻害そがいする効果はない。あくまで魔法や神術といったものに限定されるのが物惜ものおしいところだ。


 一瞬で距離を詰められあえなく私の服は男に持ち上げられナイフが首筋に突きつけられる。私の物言いに非があったことは認めるが、あまりの乱暴さに少し咳せき込んでしまった。


 それでも…、私が『それ』に感じていたのに【恐怖】は見当たらなかった。どれだけ頭の中を探しても、男をおそれている感情はない。


 あぁ、…こんなものなんだ。そう思ってしまうのは、恐怖に麻痺まひしているからだけじゃない。私が人の心を失くしてしまっているからだと気づくのに、そう時間は掛からなかったことは悲劇だろうか。


 確かに彼らの瞳には仲間を害する敵を薙なぎ倒す殺意が鮮明せんめいに見え透いている。他にも周りに待機している彼らからも彼らなりに本気なことは私にも分かる。


 だけど、どうしてもそこに【恐怖】を感じることはできなかった。だってこんな生温なまぬるいものが『恐怖』だなんて私からしてみれば笑い過ぎて思わず、涙が出てしまう…。








 ######



 あと数mmで私の喉元(のどもと)に届く刃は、そこから一切の動きを見せない。彼らは悲鳴を上げるどころか表情一つ変えない私の様子に若干の戸惑いを訴えていた。


 「…お前は、状況が理解できていないのか? それとも、…自分は絶対に安全圏にいると盲従(もうしゅう)でもしているのかッ?!」


 つい焦れたのか間近で若いと言ってもそれなりに背格好があり、単純な私との身長差が20もある大の男に怒鳴り付けられる。普通の十四才なら耐えきれない状況は、私という例外を作った。


 「いえ…、殺していただけるのならむしろ本望(ほんもう)なのですが」

 変わらない無表情からニコりと微笑めば相手はまるで不可解(ふかかい)な顔になった。


 端から見れば私は今にも殺されそうな哀れな少女のはずなのに、実際はなんてちぐはぐな構図(こうず)なのだろうか。


 「私も貴方達と何ら変わりありません」

 「ふざけるな。お前は雨晒(あまざら)しからしのげる屋根で、今日食う物にも困らなくて、高尚(こうしょう)に俺達から(むし)りとった金で贅沢(ぜいたく)まみに暮らしてッ」


 なんてことなく自然に口出た言葉は彼らを静かに激昂(げっこう)させる。だけどその言葉を言い終える前に私は遮った。


 「…私は、首を()められた時人間がどんな反応を起こすか、どんな声を上げるか、どんな感情を持つのか、身に染みて知っています」


 間間(あいだあいだ)を区切って、噛み締めるように言った。文字通り、身に染みているその感覚を、私に『しあわせ』のレッテルを勝手(かって)気儘(きまま)に張った彼らに…。


 「ハッ、そんな小賢しい嘘をよくも…」

 「私は、肉を引き千切られるあの戦慄(せんりつ)とした痛みを、身に染みて知っています…」


 初めは良くできた嘘だと(たか)(くく)っていた男だったが、私の言葉が続くごとに表情が変わってきた。私自身、簡単に説得するつもりで言った言葉が思いの外深く乗し掛かって制御(せいぎょ)が聞かなくなっている。


 「おい、いい加減に…」

 「私はッ! ……私は、水に沈められ(もが)き苦しむほどの恐怖をっ、…身に染みて知っています」

 男が制止すらことすら許さず、私は胸の内にある思いを叫びあげた。


 あぁ…、やっぱり【恐怖】とはコレだ。記憶の(はし)に上がるだけでも奥歯がガチガチと震えて、自分が一体どうやって普通に息ができていたのか不思議なほど、呼吸を乱す。これが、【恐怖】だ…っ。


 「…まさか、お前」

 私の服を掴む手が緩んで、敵意に満ち溢れていた目はすっかり毒気を抜かれて、まるで哀れな被食者(ひしょくしゃ)を見るような同情(どうじょう)すら含んでいた。


 「だから、言ったでしょう…? 私も貴方達となんら変わらない、『人間』だって…」

 そんな彼に私はなんとか呼吸を落ち着かせて、無理やりにでも笑って見せた。それが私の唯一の、得意なことだから…。



 

 ポタ…、ポタッ……

 (こぼ)れ落ちる涙も無視して、私は嘘偽(うそいつわ)りで満ちた笑顔が崩れかけようと、笑い続けた。



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