喧騒(けんそう)とした会議で
怪物に脅かされぬ夜を私は数ヵ月ぶりに過ごしたせいか思った以上に熟睡した翌朝。
何だかんだ言って朝から元気なノースの声が聞こえないことにどこか違和感を抱え、【メシア教】討伐の作戦を決める会議に出席した。
出席者の殆どは現役の騎士としても活躍する人間で、その中にちょこんと座る私の場違い感ときたら否めなかった。
だけどこんなもので臆する程小さな胆力ではない。経験で言えば私の方が何億倍も積んでいる。
早速始まった会議の内容は誰がどこの役割を担うか。私を喚んだ割には本命はその後ろについてくる聖騎士にあったようだ。私はあくまで後方での補佐と支援。
会議が長引くほどに殆どは私を無視し始め各々が好き勝手言い始めた。やの部下が死んだだの、被害を被っただの…。初めは比較的穏やかな表情で見守れたものの、小一時間も続くと嫌気が差してきた。
辺境伯もまたかと溜め息を吐いてるし、このままこの調子がずっと続くと言うのなら黙ってはいられない。
「皆様。私からも一つ提案をよろしいですか?」
今まで散々私を眼中から除外してきた彼らの目が一気に集まる。
私からこうして口を開くのはこの会議が始まって以来初めてだし、何よりほぼ喧騒になりかけていた中冷静に意見を申し出たことも要因の一つにはありそうだ。
「勿論です。是非お願いします」
辺境伯からの後押しもあって、私はようやく冷静さを取り戻した彼らの前で一つ、くすりと微笑んだ。
「今回の作戦、全て私にお任せくださいませんか?」
ザワリと目に見えて騒々しくなった会議場で、四方八方から疑心の視線が集中しても尚微笑みを崩さない私がいる。
「それは、全て聖騎士に委任すると言うことですか? しかしそれでは此方の面目というものが「いえ、聖騎士は貸せません」」
「…では、どういう意味ですか?」
言葉を遮られた者が若干の怒りを含ませて問いたものに、私はハッキリとした答えを返す。
「私一人で向かいます」
「…聖女様、それはできかねます」
辺境伯が彼らを代表して断りを申し出るが、私の中で答えはもう決まっているのだ。
「勿論、皆様が私の実力を信じられないと言うことは重々承知しております。ですが、先程から耳を澄ませていれば皆様随分とお好きに言ってくださって、これでは作戦もなにもないではないのでは?」
「どういうことですかッツ?!!」
声を荒げる武骨とした貴族に露骨な私への侮りを感じる。
生憎私をお飾りで派遣された子供だと思って端から眼中に止めていないのだろう。慣れているとはいえ、決して気持ちの良いものではないな。
「三度。三度此方からは討伐隊を送りました。そちらも幾度か挑戦したのでしょう。その中には惜しくも前進で尽きたこともあるはずです。しかし、結果何が変わったのでしょう? 依然【メシア教】と名乗る邪教徒はその勢力を増すばかり…」
「それは…っ!」
全て事実であるために図星を突かれた者達が必死に弁明しようと乗り出したが、私はそれを封殺するように言葉を続ける。
「仮に、ここで【メシア教】を一掃できたとしましょう。しかしその生き残りがまた影を潜めて復教しないという確信は? ないでしょう。今の状況がそれを語っているのですから。私たちが今すべきなのは、邪教徒の殲滅ではありません。説得し、内側に取り込むことです」
「しかし聖女様。差し出がましいようですがそう簡単に説得できる相手では」
「誰が口上での説得と言ったのですか? 私が述べているのは、武力行使を用いた『説得』です」
「ならば尚更我々が!」
あぁ、もう本当にうるさい。面子だの報復だの、結局は自分達の見栄のために駄々をこねる大人達の相手にはほとほと面倒に思えてきた。
「…貴女方はもう既に彼らと拮抗していると知られているではありませんか。それに例え成功したとしても、ほんの隙を突かれた際たった一人の騎士でも命を失えば再戦の始まりです。そうすれば彼方も文字通り命尽き果てるまで戦い、勝利することはできても決して無視することはできない被害を負うことになるはずです」
「失礼ですが聖女様にそれほどまでの御力があるのでしょうか? 無礼な言い方だとは重々承知の上、それが証明されるのなら私はその案に賛成です。私達はもう既に数度争い、両者痛み分けの状態が続いています。聖女様の仰られた可能性も十分にあり得る」
スッと手を上げたのは確か辺境伯直々の部下とも名高いベルノード子爵だ。この人はさっきの無駄な口論にも口を挟まず観察していたし、やっとまともなことを言ってくれた為好感度はかなり高い。
「ありかとうございます、ベルノード子爵。私の実力ですが、それは実際に体験されてもらった方が理解も早いと思いますので皆様、少々お力添えをよろしいでしょうか?」
「私は構いません。皆も、いいな?」
辺境伯が真っ先に賛同したことで牽制をかけられたのか渋々(しぶしぶ)頷く面々。それでもまだ納得いかないといった人間もいるようだけど…。
「わかりました。ただし、少しでも足りうる実力だと判断できなかった場合我らの策に乗していただきたい」
結果は目に見えてわかっているからと言う態度に、少し腹が立っているのは事実だ。まるで私を『お飾り』みたいに扱って、本質を理解しようとしない彼らにほんの少しだけ、怒りを覚えている。
「はい。それでは、どうぞ皆様気絶しないよう頑張ってくださいね」
私の言葉に不可解さを覚えた者も少なからず、されど意見を申し出る前に私の濃密な神力が空間を満たした。
別に神力は膨大なエネルギー弾とでしか使えない訳ではない。魔術の応用にも似た使い方ができるのだから、当然『威圧』と言った使用方法もある。
その効果は魔力を用いたものと何ら代わり映えはなく、歴代最高の神力を持つ私であれば完璧に制御した状態でもこの部屋にいる全員を伏せさせることも容易い。
「…っッツ?!! ぐ、ぁあ…!!」
散々見下されたが、今こうして恐怖の視線を向けられるのはやはり心地よいとは言えない。
こんなもので快感を覚えることはできないし、そんな図太い神経を持てる器ではない。やっぱり私は、何処まで言っても小市民だ。
だけどここで威圧を解くほど弱い訳じゃない。何事も中途半端程危険なものはない。私は本当に失神寸前まで追い詰め、ようやく威圧を和らげた。
人は証明できないものを嫌う。自分の理解の範疇に及ばないものこそ、畏怖の感情を抱くのだ。だから今、彼らの目に映るのは言わずもがな理解できた。
神力を多く産まれ持った運の良い子ども。何も知らず、神殿に利用される傀儡だと認識していた存在が日々戦場で死と隣り合わせに生きてきた屈強な男達を一切の手を使うことなくひれ伏させたのだから、その価値は大きく繰り上がった。
子どもらしいと思っていた絶やさぬ笑みも、事実を知った今ではどこか薄気味悪く見える。
小さく転んだだけで死んでしまいそうな身体に、自分達を遥かに上回る力があることに、彼らは皆いつの間にか微かな恐怖を抱いていた。
「……っはあ、これで十分だろう。意義のある者は?」
やはり歴戦と言うべきか一番最初に冷静さを取り戻した辺境伯が全員の異を汲むが、それに反論するものなどもう誰一人としていなかった。
「聖女様。此度は我々の見識が浅く、お心持ちを害してしまい大変申し訳ございません」
「いえ。私としましては此方の提案が通るのであればそれだけで十分ですから。くれぐれも、これ以上何か申し出てがあるようでしたどうぞ私のお部屋にいらしてください。ちゃんと、適切で礼儀を持った、『お話合い』をしましょうね」
目一杯頑張って笑顔を作ったのだけどそれに答えてくれる人は誰一人としていなくて、それはそれで少しムカッとした。
だってついさっきまであれだけ叩きまくってくれたくせに、都合が悪くなるとすぐ黙るだなんてまるで子どもみたいだ。
私だってそんなことを許された覚えがない。なんでこの世界の住人である彼らが許されて、無理やり此処に止められている私が許されないのか。
全くもって理不尽だと憤っても、それを流せるやり場なんて何処にもなかった。
「聖女様、作戦の実行は如何様になさるおつもりなのでしょうか?」
「そうですね…。二、三日後程でしょうか」
「承知いたいました。私どもは陰ながら万が一の為にもお力添え致します」
「ありがとうございます」
社交界のお世辞程意味のないものはない。笑顔で感謝を告げたその脳内では何を考えているのかわからないように、彼らも少しぐらい『おこぼれ』をもらいたいと群がってくる蟻なのだから。
そうして会議はお開きとなり、私は部屋に戻って一息つく。とは言っても此方に持ってきた神殿の書類仕事を傍らでやっているのだから休憩とはお世辞にも言い難い。
適当に時間を潰すためとは言え二日間ひたすらにペンを走らせるこおに、私は気だるさで参っていた。
此処に神官の一人でもいなければ思い切り背伸びでもできただろうに、ずっと同じ姿勢を繰り返しているせいで身体が痛い。
此処に来て唯一良いところがあるとすれば食事だ。神殿にはない豪勢な食事は私の胃を重く刺激し食欲を満たす。こんなに満足した食事は久しぶりすぎて思わず感極まって泣いてしまうところだった。
やはり食事は人間にとって最も開放的な【欲】でありそれを制限することへのストレスは凄まじいのだろう。長年の反動で胃が小さいのも気にせず無理やり詰め込んだせいで胃もたれに苦しんだのは言うまでもない。
若干の気持ち悪さのまま部屋のソファについて、少し早い時間ながらも神官達を下がらせる。部屋に一人、ようやく自由の身になったところで私は目的の為、動いた。
神術で姿形を隠して事前に確認しておいた裏経路から屋敷を出る。まだ夜は早いと言っても街灯のない細道までくればさながら雰囲気だけはある。
数十分程歩いた頃ぐらいだろうか。いつの間にか細道を抜けて大きなごみ捨て場のような場所についていた。それに加え先ほどから微弱に感じていた気配が一気に色濃くなった。もうこの辺りだろうか。
「貴方達に話があります。ご存じの通り一人で此処に来ました。姿を、現して貰えますか?」
私の声だけが不自然に夜の闇を木霊した後に、一人代表的な男が姿を現しそれに続いて続々と私の周りを包囲するように現れる。
「護衛一人もつけず、…随分と舐めてくれるな。【アルティナ教】の聖女」
まだ若い、この教団の代表と思われる男が皮肉めいた言葉を投げ掛けたが、私は彼のことをおぼろげながら記憶していた。【原作】の後にメシア教の創設者として顔を広げた男。
私は原作の設定に確信を抱き、さてどうしようかと悩む。ここまでは計画通りだけど、この後のことを何にも考えていなかった。
できれば彼らには【原作】の終わるその時まで息を潜めて活動を続けてほしい。ただそんなことを『聖女』である私が申し出ても聞き入れてもらえるか。まず無理だろう。
それでもひとまず『対話』でもしてみようと、伏せた睫毛を戻して彼らと向き合った。私のこの選択が、最悪の事態を引き起こすなんて考えもせず…。




