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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第二章 【原作】始動
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勝利の微笑み

※ 【悪役令嬢視点】です。

 さて、まずはやらなきゃいけないことから片付けますか。私はふんすと鼻息を上げて気合いを入れる。


 第一に取り掛かる事案は大公子息殿下、ミシェル・ラド・ウィリアムズへの謝罪である。なんと二年も前から迷惑行為もといストーカー行為を繰り返していたらしく、その事実をアイナ伝手(つて)に聞いたときには呆れるあまり言葉もでなかった。


 今の年齢が十二歳として、一体十歳から何をやっているんだか…。結果として全て私が清算しなければならない羽目(はめ)になったのだ。一発張り手でも噛ましてやりたいがその当事者はもうどこにも存在しないのだからやり場はない。


 では、ここで一筆。

 『ミシェル・ラド・ウィリアムズ様


 長年の不届きとも言える迷惑行為及びストーカー行為に深く反省し、つきましては二度と干渉のないことを此処に固く誓います。


 エディス・テナ・グラニッツより』


 我ながらこの筆跡は素晴らしい! 特に最後の『.』が全ての芸術点に加算されている、気がする!


 だいぶ適当かつ簡潔に書いたけどこれを送ったという事実さえあればいいのだ。だって私この人になにも悪いことしてないもん! もはや残念なまでの開き直りだがぶっちゃけこれが本音である。


 さ、終わった終わった~ー。手紙を御者(ぎょしゃ)に頼んでようやく一息。ご飯の時間である。ルンルンで食事を待っていると沈んだ顔でトレーを手に持ったアイナが帰ってきた。


 「アイナ、どうしたの?」

 「ぁ、お嬢様…。申し訳ございません…、っ。このような、」


 アイナが目を移したトレーを見てみると若干カビの生えたパンに具の一つも入っていない冷めたスープ。


 濁った色の牛乳に、どこも注視(ちゅうし)しなければ気づかない程度のものだが、明らかに子どもに出していい食事ではなかった。


 前はよくこんな程度の低い嫌がらせで癇癪(かんしゃく)を起こしてたっけ。冷静に考えるとめちゃ恥ずかしいな、私。


 でも、うん。こんな幼稚園児レベルの嫌がらせ、私にとっては僥倖(ぎょうこう)でしかない。ひたすらに申し訳ないと頭を下げるアイナの手を引いて、私はある場所まで向かった。


 #####


 時はずれて、ある深夜の寝室に一通の手紙を持った執事が入室した。


 「ミシェル様、グラニッツ公爵令嬢から御手紙が来ております」

 「捨て置け」


 ベットで読んでいる本から目を離すことなく執事に言い放ったのは子どもながらに達観したミシェル・ラド・ウィリアムズだ。


 「ですが、今回のお手紙はいつもとはまた随分趣向が変わっております」

 「どうせあの公爵令嬢にそこまでの知能はない」


 完全に皮肉った物言いも、この二年の執拗なストーカー行為を振り替えればもはや安い方に思える。そんな主に同情しつつ、執事はこの感動を一刻も早く伝えねばと口を開いた。


 「端的に言って、とても素晴らしい内容になっております」

 ピクリとミシェルの身体が固まる。


 長年大公家に仕える執事への信用はあるが、あの公爵令嬢からの手紙にそんな大層なものがあるとは到底信じられなかった。しかし、期待はしていないが若干の好奇心に逆らえずミシェルは問う。


 「…どういうものだ?」


 「エディス・テナ・グラニッツはミシェル・ラド・ウィリアムズ様に今後一切目の前には姿を現すことなく、関わらないことを此処に誓います。その(ほか)にも手紙にはこれまでの迷惑行為について恥じ、猛省(もうせい)していると潔いほど簡潔に書かれておりますね」


 「ハッ、どうせまたあの公爵令嬢の奇行だろ」

 「しかし、この手紙からは本当に反省の様子が伺えますが…「もういい。…出ていけ」」


 執事の余計なお節介に付き合って入られないと先にミシェルの方が折れた。主の複雑な心境も理解しつつ、決して深くは関わりすぎないようできる執事は身を引く。


 「わかりました。それでは失礼致します。お休みなさいませ、ミシェル様」


 執事の足音が段々と遠ざかるなか、これ以上読書を続ける気にはなれず(なか)ば強引に寝台(しんたい)に灯った明かりを消して枕に頭を下ろした。







 ######



 横幅の広い廊下に小さく響く靴の音。たまに通り過ぎる使用人からは驚いた視線を向けられつつ、私は目的地に到着した、




 コンコンッ……、


 躊躇うことなくその部屋のドアをノックする。後ろにつくアイナは目に見えて慌てているけど、こういうのは最初が肝心なのだ。後からとなぁなぁに済ませていれば状況はなにも変わらない。


 「エディスです。お話があります、公爵閣下」

 「……入れ」

 「失礼します」

 入室の許可も出たことで中に入ると、執務机に向かって仕事をしている四十代にしては張りの整った私の『父親』がいた。


 「用件を言え」

 入室してから一度も私と目を合わせずさっさと追い払いたいとでも言うように吐き捨てた公爵に、私はもう数年も会話をしていなかったことを思い出した。


 まぁ厳密には『私』じゃないんだけど、お母さんを早くに亡くしたエディスには辛かったのだようと、少しだけ同情した。


 「公爵閣下に、これをご覧になって頂きたくて」

 トレーを持ったアイナを前に出す。公爵はようやく此方(こちら)に目を移した。そして、固まる。


 「それは、なんだ…」

 「私の食事です。先ほど専属侍女であるアイナが厨房(ちゅうぼう)から渡されました。これに、処罰を申し上げたく参りました」


 「まさか、我が公爵家にこのような低俗な輩がのさばっていたとはな」

 怒りを押し止めるように声を出した公爵に、賭けに勝ったことを確信した。


 これで公爵が何も反応を示さなければそれはそれで第二、第三の手を考案するつもりだった。だけど、一度で片付けられるのならそれが一番いい。


 「記憶に新しいものでは、異物の混入したシチューなどがありました。これは公爵家の立場を大きく揺るがす行為です。公爵家が(かろん)じられていると捉えても可笑しくありません。どうか、賢明なご判断を」


 なるべく丁寧に、(ないがし)ろにされたのは私ではなく、グラニッツ公爵家であることを強調して。目線をしっかり合わせることで説得力を押し出し、これまでの惰弱(だじゃく)で能無しのエディスの印象を払拭した。


 「…そうだな。アダー、厨房の料理人を一掃し、屋敷の使用人を入れ替えろ。今後二度と、このような事態が起こらぬようにな」


 「承知いたしました。エディスお嬢様。此度はこのような惨事、使用人総括である私めに責があります。誠に申し訳ございません」


 使用人総括のアダー。公爵家に長く仕え、公爵の補佐を完璧にこなす有能と名高い人。本当に何も知らなかったようだし、ここで貸しを作っておけば後々役立つかもしれない。


 まぁ公爵の補佐なんて忙しいのは目に見えてわかってるし私も経験があるからこの人にはあまり怒れないしね。


 「謝罪を受け入れます。今後二度と、公爵家の品位を損なうようなことがなければ私はそれでよいのです」

 「お嬢様の深いおふところ、感謝してもしきれません」

 なんか感動したのかアイナとのデジャブを感じる。でもこれで貸しは作れた。


 「…見違えたな」

 私が内心お祝いパーティーをしているといきなり私を見ていた公爵からそんな言葉が聞こえた。いやまぁそりゃ、中身丸ごと違うし。大人と子どもだしね! 


 「その件に関しては、謝罪致します。今までの未熟さを恥じ、今後は精進する所存にございますので、どうか温かい目でお守りください」

 「…そうか。分かった。それで、大公子息殿下はどうするつもりだ?」


 「大変反省し、謝罪と今後の関わりを断つ手紙を朝に出しました。どれだけ遅くとも一週間後には彼方(あちら)にも伝わるでしょう」

 具体的に述べることで公爵は本当にハトが豆鉄砲で打たれたような、口を開いた面白い顔をしていた。


 「そう、なのか…。本当に、変わったんだな」

 「もう不吉な公女として噂される現実を受け止め、変わろうと思ったのです。いえ、変わりたいと」


 「あぁ、そうだな。お前は私の娘でありグラニッツ公爵家の人間なのだから。今後もこのようなことかあれば言え。全て私が片付ける」

 「ありがとうございます、公爵閣下」

 「…敬称はいい」

 「ぇ? …あ、そうですね。お父様」


 なんとこの()ねた顔をした公爵、娘LOVEの人だったようだ。あんなの漫画だけかと思ってたけど、クマ見る限り忙しくて家庭の事情何も知らなかったサラリーマンに若干似てるし、本当は構いたかったのかな。


 そりゃ問題ばかり起こして家に引きこもりの娘なんて頭痛の種でしかないよね。それ考えるとどうしようもなかったって言いたいけど、やっぱりどちらかが一歩でも歩み寄っていれば結果は違っただろうにと哀れまずにはいられない。


 私達は執務室を出て、部屋に戻った。数十分後、ちゃんとした温かい料理が運ばれた。私達の完全勝利だ。その喜びでアイナと顔を見合って、笑みを溢した。



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