今流行りの…?!
※ 【悪役令嬢】視点
「ぅ、そでしょ…?!」
後世に大きく名を残す、まだ名もなき二人の少女が今まさに人生の転換に突入した。そして此処にも一人、また違った意味で名を残すことになるシルティナに続く第二の【転生者】が現れる。
最近流行りの異世界転生モノ。私はあまりその系統が好きじゃなくてどちらかと言えば純文学を多く読んでいた方だ。だけどこの状況では、誰しも己の立ち位置を理解せざる終えないだろう。
目が霞むほどのこれでもかと装飾を施した金銀財宝の豪華絢爛な部屋。ふかふかで人をダメにしてしまう天井付きベッド。明らかに家事の一つもしたことがないような綺麗な白肌。ベッドに流れる馴染み深い黒髪。だけどその長さは異常で、それが自分の髪であることに気づくのは意外と時間がかかった。
そう。何を隠そう私こと新名 蘭は、今流行りの異世界転生を果たしたのだ。
よし、まずは落ち着こう。ゆっくり深呼吸をして高まった心臓を元に戻していく。ある程度収まったらまずは側に置いてあった等身大の鏡で自分姿を映した。
「ぁ、これ『アル真』だ…」
鏡に映った少女の姿を見て、私は前世で大ヒットしていた恋愛小説アル真こと『アルティナの真珠』の世界であることを知った。
この世界では特徴的な黒い髪。深紅の瞳。全て不吉な吉兆と吟われる色彩である。確かに容姿は前世と比べると遥かに整っている方だろう。でも、よりによってなんで【悪役令嬢】なんかに~ーー?!!
ガクンと床に四つん這いになって項垂れる。大体異世界転生と言ったら悪役令嬢なのは分かるけど、でもこのキャラは本当に、ダメなのだ。
なんというか、一言で言って『中ボス』なのである。主人公兼ヒロインであるコレットと対立して描かれる公式のラスボスでもなく、かといってすぐに退場するモブでもない。公爵令嬢という立場からか微妙なポジションに収まってしまっただけの令嬢である。
エディス・テナ・グラニッツ。不吉の象徴である黒い髪と深紅の瞳を持って生まれてきた哀れな令嬢。幼い頃から容姿のことで虐められ社交界デビューすらまともにできなかった。
だけど帝国に存在する四大公爵家令嬢ということで何かと贔屓されていた彼女は、隠れて泣いていた自分を唯一慰めてくれた大公子息に依存するようになる。
婚約してもらおうと毎日大公家に通い、ストーカー紛いの行動を繰り返しては結局コレットの策略にハマって過酷な修道院に飛ばされ公爵家はその後社交界で酷い立場に晒された。
これが私の転生した悪役令嬢エディスの末路。本当は主人公が好きで最後まで読破したのに、転生先はまさかのモブと変わらない悪役令嬢だなんて!!
はぁあぁあああ……
深い溜め息を吐き、ぐんっとそのまま立ち上がる。いつまでもうだうだ言うのは勿体ない。幸いこの身体はどう考えてもまだ子ども。原作が始まる十五才にはまだ幼い。
とりあえずまずは、大公子息のストーカーから止めていこう。なんだろう、この字ズラだけ読むとだいぶ救いようがないな。とほほ…。
気分は下がりつつも台に置いてあったベルを鳴らす。間が空くことなくドアが開き本格的なメイド服を着こなした若い女の子が入ってくる。
え、待って。私がベルを鳴らした瞬間ドア開いたよね? てことはドアの前でずっと待機してたってこと? 窓越しに見える朝日はもうすっかり昇ってるし、まさか朝から…。なにそれお貴族様怖い。
私が若干引いているのを余所目に女の子、アンナは洗顔用の水台を運ぶ。う~ん、確か彼女は一年以上私の専属についててその記憶は朧気ながらある。名前だって全く知らないはずなのに顔を見ただけですぐに分かったし。
でもまぁ、一つ言えるのは私はこの子に好印象しか持っていないということ。一つ思い出せば芋づる式で他の嫌な記憶だって蘇る。その仮定で私はやはり原作通りこの屋敷からは厄介者扱いされていた。
だけどアイナだけは、私の我が儘にも捨てずに付き合ってくれた。…そのせいで他のメイド仲間達に虐めを受けても。
「…アイナ」
「はい。どうしましたか、お嬢様?」
私は、機嫌が悪いときには物にも当たっていた。だから当然ガラスの破片なんかでアイナを傷つけたことがある。
それなのに、まだ私にこんな温かく接してくれている。私じゃないはずなのに、まるで自分のことのように胸が痛んだ。
「今まで、本当にごめんなさい」
深く、頭を下げる。本当はいつも心の中で謝りたいと思っていて、でも中々(なかなか)勇気を出せずにいた。だからこれは、私が清算すべきことだ。
「お、お嬢様?! 一体どうなされたのですか?! いえそれよりもそんな私みたいな召し使いにお顔を下げないでください!」
あたふたと困惑し戸惑うアイナに、私は言葉を続ける。
「私、貴方にいつも酷いことをしたわ。謝って許されることじゃないけど、貴方が望むのなら十分な報償だって「お嬢様っ!!」」
張り上げた声に、いつの間にかうつ向きににっていた顔が上がる。目の前には、ボロボロと涙を流すアイナの姿があった。
「わ゛、わた゛しはっ…、ずっとおじょーさまにお仕えしたいんです! そんな、やめろなんてどうか仰らないでくださいっ…」
「ちがっ、辞めろなんて違うわ! 私は、これ以上貴方に辛い目に会って欲しくないだけ。此処には、貴方の味方になれるような人がいないから。…私も、どうせ力になれないし」
バッと手を握られる。その手からは、アイナのひしひしとした想いが直に伝わってきた。
「そのようなことっ、ございません。私は、僭越ながらお嬢様がお一人で声を殺して泣いている姿を見たことがあります。そのとき、思ったのです。この方のお側にいよう、と。どれだけつらくとも、お嬢様をお一人にはさせないと」
強い意思に、私は思わず目を奪われた。それと同時に感じるこの胸の痛みは、『私』じゃない。きっと、エディス本人の痛みだ。
彼女を本気で心配して、寄り添ってくれる人はこんなにも身近にいたことに今になって気づいた彼女は、どれだけ愚かだったのだろうか。いや、そんな彼女を作った環境のせいもあるのだろう。
「…そうね。ありがとう。アイナ」
「あっ、私ってば勝手にお嬢様の手を!」
ハッとしたアイナが手を離さそうとする前に私がぎゅっと掴む。ほぼ反射だったそれは、確かに強く握っていた。この存在が私から離れないように、縋るように…。
「いいの。アイナの手は好きだから」
「お嬢様っ…!」
感無量の崇拝する眼差しを向けられるのはやっぱり元一般市民の私では慣れないけど、この不安だらけの世界で初めて心を許せる存在に安心することができた。




